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魔女は語り始める


「貴方が思ってるほど勇者様ってのは幸せじゃないのよ」


 青年は胡乱げな目を向ける。腰には先刻賜った、絶大な力を秘めた聖剣が存在感を放っている。 

 勇者といえば富と名誉、そして最強の体現者だ。それに対し幸せでないとはどういう事か。青年は先ほどの言葉を放った魔女に続きを求める。

 魔女は一度だけ青年が帯剣する聖剣に視線をやり、また涼しい顔をして語り始める。

 –––魔女の瞳から悲壮の念を読み取れる者は、存在しなかった。


「ひとつ、昔話をしましょう」


 これは、ある時代の若かりし頃の勇者の話。しかし語られるのは決して栄光に歓喜する青年の姿ではない。

 シチューが好きで、虫が嫌いで、幼馴染が すきだった。けれど勇者という業を押し付けられた不憫な子の話である。


「滑稽な話よ、自分勝手な人たちの話。嗤ってくれて構わない。でもね、貴方は知っておくべき話だわ今生の勇者様」

 勇者なんて、地獄への片道切符なんだから。魔女の微笑みは途絶える事を知らない。


「さぁ、どこから話ましょうかねぇ。そうね、やっぱり最初からよね。彼が勇者となった、その時から」

 かくして魔女は語り始める。


 ◇


 その日、聖国中に、いや魔物という脅威に脅かされる全人類に教会から朗報が届いた。聖国にある大聖堂にて信託が下りたのだ。

 曰く『人類に仇をなす 巨悪に対抗しうる力をもった者が現れた 留意せよ其の者の右の甲に証をいれた』と。

 留意、それ程気を付けなければ見つからないのか。教会と各国は全力で信託にある人物を探した。巨悪に対抗しうる力の持ち主、すなわち勇者を。



「ヴィルドラ・フォン・アウグスそれが汝の新たなる名である!心せよ。ヴィルドラの姓は歴代の勇者が踏襲してきたもの、これより貴様は一切の敗北が許されない」


 王城であるにも関わらず品のない野太い声が響いた。拡張器も使わずに発したその声の主は王国軍最高将軍ジョンケン・ブルースである。


 アウグス、それは女神に撰ばれし今生唯一の勇者の名である。彼の運命は既に決した。戦いから逃れることはできない。しかしアウグスの瞳には強い意志が宿っていた。特に取り柄のない数ある寒村の一つ。その村から救国の勇者が現れたのだ。村のみんなは大いに喜んでくれた。家族と、メルダ–––彼の幼馴染–––は涙を流し引き留めたが、最後には必ず帰るという約束のもと送り出してくれたのだ。村の期待、国の期待、そして巨悪に怯える人類の期待。それを一身に背負うことが彼には誇らしくてたまらないのだ。


 これより

 人々は、勇者となった者に巨悪を滅ぼし世に安寧をもたらす義務を課す。

 国々は、勇者となった者に平和の象徴として無敗の義務を課す。

 運命は、勇者となった者に相応しい試練を課す。

 世界はいつだって勇者に強いるのだ。かくて悲劇は始まった。




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