96.レシスとネコと魔力温泉 前編
まさかここまでレシスが怒るなんて予想外だ。
いつもの彼女なら「えへへ」と言いながら、どこかに走って逃げていくのに。
「アルジさま。こんな小娘を放置しておいては、この先また難敵が現れた時に、厄介な展開となることが目に見えていますわ。ここに置いて行かれては?」
「なっ、何てことを言うんですか~!!」
「あなたのおかげでアルジさまは新たな魔法を得られましたけれど、眠りこけたあなたにお仕置きをされたそれだけで、アルジさまに向けて睨みつけるなど……許されないことですわ!!」
「だってだって、びっくりするじゃないですか~~!!!!」
「……話になりませんわ!」
「ま、まぁまぁ。レシス、悪かったよ。わざと指を噛んだわけじゃなくてね……」
わざと噛んだが、その事実は言わないでおこう。
「にぁぁぁ……エンジさま。リウ、どこかで尻尾を洗いたいにぅ」
「うん? 尻尾がどうかし――」
「レシスに甘嚙みされて、尻尾がふやけてしまったにぁ……気になって仕方が無いにぅ」
「あぁ、そうか。レシスに……でもなぁ、こんな場所に洗う場所なんて……」
「ふみぅ……お、落ち着かないにぁ」
レシスの指のこともあるし、リウの尻尾もか。
しかしこんな訳の分からない魔所でそんな洗い流せる場所なんて見つかるわけが……。
『あーっ! 見つけたんですよーー!! エンジさん、リウちゃん!!』
「き、急に大声を出さないでくださる!?」
「にぁ?」
「レッテも気になるでーす」
さっきまで俺を睨みつけていたかと思えば、何か閃いたかのようにして声を張り上げるとか、レシスの行動がまるで読めないな。
あまり期待出来そうに無いが一応聞いておくか。
「何を見つけたって?」
「それはですね~夢を見ていたら、なんとっ! ここの近くに温泉の部屋がありまして、そこを見つけちゃったんですよ~!! だから今からそこに行きませんかっ!」
夢の中で見つけたとかレシスらしい発言だな。どこかの村や町の中ならともかく、魔所と呼ばれるこんな所にそんな場違いな部屋があるわけがないのに。
「はぁ? 全く!! アルジさま、やはりこんな小娘は何の役にも立たない人間ですわっ!! こんな魔物がうじゃうじゃと出て来る所の、どこにそんな部屋があるっていうのかしらねっ!!」
「本当なんですよぉぉぉ!! ルールイさんだって、サッパリしたいんじゃないですか?」
「夢の中というのは、あなたの勝手な妄想に過ぎないことですわ! 夢を見させるわたくしが証明して差し上げますわ」
「な、何をするつもりなのかな、ルールイ」
「わたくしの得意技で、永遠にその小娘を眠らせて――」
「ひぃぃええええ!? 嫌です嫌ですよぉぉぉ!! エンジさん、案内しますから信じてくださーい!」
寝言を聞いていた限りではレシスの夢の中にそんなシーンは無かったはず。しかしもし少しの間に見えていたのだとしたら、信じてみる価値はありそうだが。
「リウ、洗いたいにぁ」
「レッテも爪を洗いたいでーす!」
しばらくというか、魔所に来るまでと来てから落ち着くことが無かった。もしそんな部屋が存在するなら入ってみたい。
「ルールイ。と、とりあえず、レシスを一度だけ信じてみないか?」
「アルジさままでもが、小娘の妄想に味方しますの!? ア、アルジさまに免じて大人しく致しますけれど、こんな小娘は今後も何をしでかすか、たまったもんじゃありませんわ!」
「そうなれば、俺が厳しく言うから」
「……分かりましたわ」
「じゃあ、レシス。その部屋に案内してもらえる?」
「お任せ下さいっ!」
期待なんて出来るはずも無いがリウもレッテも休みたそうにしているし、レシスの特殊スキルを信じてみるしか無いな。
リウは尻尾をひたすら気にしていて、確かにそのせいで調子が悪そうにしているし、レッテも魔獣相手に疲れたのか疲れた表情を見せている。
一体どこにそんな部屋が存在しているのかと、誰もがレシスに疑いをかけながらついて歩くが、レシスはすぐ近くで立ち止まってしまった。
「ん? まだ全然進んでないけど?」
「わたし、エンジさんに投げ飛ばされている最中に見えたんですよー! だからすぐ近くのはずなんです」
「あれ、投げ飛ばした時ってまだ意識はあったんじゃ?」
「それがですねー、リウちゃんに飛ばされる間に眠ってしまったんですよ」
「そ、そうなんだ……」
魔獣まで投げ飛ばした間の通路に隠し部屋か。水を司る亀の魔獣だから無いことは無いな。
『こ、ここですっ! 壁にへこみがありますよ!!』
レシスが指した壁は確かに周りの壁とは少し違った感じがしている。
壁のへこみに触れてみると、仕掛けが作動しそのまま部屋の中に入る形となった。
◇
「にぅぅ!! 温泉にぁぁぁ!!」
「温泉に入るでーす!!」
「ふ、ふん。たまにはいいですわね」
「どうですか? ありましたよねー!」
「いや、驚いた。レシス、ありがとう」
温泉は久しく入っていない。せいぜい湧き水で体を拭くぐらいだった。
部屋中を湯気が立ち込めているが、魔所の部屋ということは何か魔法効果が得られるのかもしれない。
湯に触れてみると特に変わった感じにはならないと思われたが、魔力が戻っているような不思議な感覚が得られている。
そうなるとここは魔力回復の温泉ということか。
「――んん?」
何やらさっきから妙な視線を感じまくりだ。
「エ、エンジさん……あの~……」
「レシス? どうかした?」
「エンジさんも一緒に入るのでしたら、それはそれで~あのその~……」
「……入る?」
リウやレッテたちの姿はすでに目の前には無く、彼女たちの楽し気な声だけが反響しているようだが、何故かレシスだけが俺の顔を気にしながらずっと傍で立ち尽くしている。
「ふ、服をですね~……脱ぐってことはですよ……? エンジさんの~ごにょごにょ」
「うん? 一体何を言おうとしている?」
「――はぅぅぅ!!」




