85.駆け出し魔法士、属性石を預かって送り出す
「ほぅ、ここがガ・クオン寺院とやらか。中々に荘厳な雰囲気を出しているでは無いか!」
アースキンはいつになく賢者らしいことを言っては、俺やレシスに話しかける。しかしアースキンの出番……いや、助っ人としての活動は突然に終わりを告げる。
「な、何!? この先は危険すぎるから俺は戻れと、そういう意味か?」
ピエサからの宣告は賢者のレベルでは俺の負担が増えるというものだった。
「何度も聞かないデ。アナタはワタシが責任モッテ、フェルゼンに送る。そうするべき」
「むぅぅ……エンジの意見はどうなのだ? 俺がいては駄目か?」
「んー……脅威がいつ襲って来るか分からないし、アースキンにいてもらいたいのは山々なんだけど、国の守りを固めて欲しいっていうのがあって……」
「ぬ、国の守りが手薄か。俺がいなくては成り立たない……。そういうことか! むぅ、そうか」
ドールとはいえ、女であるピエサに言われても引き下がらなかったアースキン。それを俺に言われて納得したのか、素直に頷いている。
「国にはクライスがいるとはいえ、騎士だけでは心もとない。俺が戻り、固めるしかないな。よし、善は急げだ! ピエサよ、俺を乗せていくがいいぞ!」
「……フェンダーにあなたの石を渡しテ。そうすることで、アナタと共にあることになる」
「む? 属性石を渡せばよいのか? ふむ……エンジに預けることが、賢者と共にあるか」
「じゃあ、預かっておくよ」
「うむ」
この先属性石を必要とする仕掛けが無いとも限らないのか、それともそれ以外で必要となるのを見越しているのかは不明だが、ピエサの言葉に従ったアースキンは俺に属性石を全て手渡した。
「にぁ~帰っちゃうのにぁ?」
「うむ! リウよ、エンジを頼むぞ!」
「にぅ」
「あれれ、ここで逃げ帰っちゃうなんてあんまりじゃないですか!」
「逃げるのではないぞ。属性石を俺と思って、エンジの傍にいてやってくれ」
「あの石がアースキンさんですか!? そ、それじゃあ、分身のようなもの!?」
「……違うぞ。だ、だが、そういう意味と取っていい。とにかくレシスも節度を守れよ」
レシスの反応にわざわざ反応しなくてもいいのに。
「わたしはエンジさんに、いつでもどこでも頼りにされてますよ~? えっへん!」
頼りにはしてないけど。
ただまぁ、レシスの天然さと不確定な動きと能力には、別の意味で期待している。
「そうなのか。で、では、ピエサよ……ん? 何をしている?」
「フェンダー……少しかがんで欲しい」
「え? な、何かな?」
「――チュッ……」
直後、周りの彼女たちの悲鳴が響く。
どうやらキスをされたらしい。彼女は人間に見えてそうじゃないと分かっているのに、こんなことをされたらさすがに照れる。
案の定他の彼女たちは、ピエサに対して急激に敵対心を高めたようだ。
「フェンダー……ワタシの能力を役立てて。コレはそのタメ。帰って来たらモット、褒美……またネ」
「あ、うん」
意外過ぎる相手にキスをされ呆然と立ち尽くした俺をよそに、彼女はアースキンを背に乗せてこの場から離れて行ってしまった。
「は~~……やっといなくなった! それにしても、それにしてもですよ!!」
「レッテはそんなに彼のことが嫌いかな?」
「賢者、人間は信用出来ないのです。ヌシさまは違うです。でも、そこの女も何かしでかしそうで、ウチは心配になるです」
「人間か。得体の知れないのは俺の方だと思うけどね」
「そんなことはないです! レッテは、ヌシさまに惚れたのです!! ずっとずっとお傍にいたいです」
「そ、そっか。ありがとう」
魔法をコピーして能力もコピー出来るようになった俺は、賢者のように誰かに崇められる存在でもない。それでもこの世界にある魔法を全て極められれば、何かが見えて来るのだろうか。
「エンジさま? 何かお悩みかにぁ?」
「リウ? ううん、大丈夫だよ。アースキンを帰してしまったけど、この先は実際何が起こるか分からないからね。リウも気を付けてね」
「はいにぁ! でもでも、リウはエンジさまのお役に立つほどの動きを見せていないのにぁ……」
耳をへたらせて落ち込む仕草を見せるのはリウらしいといえばらしいが、この子がいなければ出来ないことの方が多いし、リウにはいつも元気でいてもらわなければ。
「ふにぁっ!? にぁ~……優しいにぁ」
「そ、そうかな? 特に気を付けて撫でてるつもりは無いんだけど」
「エンジさまは、騎士のお兄さんとも違う優しさがあるのにぁ」
「十分役に立ってるよ。リウはもっと成長出来るはずだからね!」
「エンジさまの期待が高いのにぁ?」
「もちろん!」
リウには安心感がある。ずっと一緒にいたからかもしれないけど。
「リウ、もっともっと成長して、エンジさまのお役に立ってみせますにぁ! そしてリウもムフフ……」
「うん?」
ラーウス魔所の入り口ともいうべきガ・クオン寺院の扉を開いてから、一方通行の通路をひたすら歩いている。
リウと俺のサーチにはこれといって魔物の気配を感じることが無く、ピエサに従って帰したアースキンを危ない目に遭わせるといったことにもなっていない。
寺院の外観こそ何かの模様が描かれていたが、中に入るとそれらしき気配はうかがえなくなっている。
「アルジさま、油断は禁物ですわ」
「ルールイは何か感じる?」
「禍々しい魔法を放つ魔物の存在は、確かにあるものですわ。人間の中にも邪悪な者がいるのと同様に、魔物の中にもあるということを胸に留めてくださいませ」
「そうするよ」
いつもは体を妙にくねらせて来るルールイだが、さすがに何らかの異変を感じ取っているのか、珍しく神妙な顔つきで俺に注意を促して来た。
「魔所で見知らぬ魔法をコピーし放題!」なんて気楽に来たはずが、もしかして彼女たちが警戒するほどの魔物でも出て来るのだろうか。
「エンジさん。道が二手に分かれてますよ~! どっちに行こうかな~?」
「二手に? レシスはまだ動かないように!」
行き着く先が同じとは限らないだけに、二手に分かれる必要はあるのか悩みどころだ。




