82.駆け出し魔法士、獣を魅了する
レッテといえば白狼のルオよりやや劣るものの、ルナリア王国においては一、ニを争っていた狼族の実力者――と、アースキンから聞いたことがある。
彼女の能力でもある"咆哮"についてはすでにコピー済み。オリジナルに比べれば物足りなさは感じるけど、俺自身が使うことは滅多に無いのでいいとして。
「ヌシさまっ!」
「ど、どうかした?」
「どうですか、どうですかー?」
「ん~? えーとね……」
アースキンの傍にはレシスとリウ、ピエサの姿が。彼女たちにとって賢者が珍しいのか、彼の話を熱心に聞いている様に見える。
逆にルールイとレッテだけは徹底的に賢者と距離を取っているけど。
ルールイは興奮したままで空を飛び続け、レッテは明らかにアースキンと距離を取り続けている。
そんな中、俺からレッテに近づいたことが嬉しいのか、さっきから豪快に尻尾を振り続けてルールイは俺から何かを待っていた。
「こ、こうかな?」
行動で示してみると。
「ひゃぅぅっん!! ハァハァ……」
「間違った?」
「ち、違わないです! と、時々でいいですから、ネコ以上にウチのことも構ってくださいっ!」
「そうだね、ごめん」
「も、問題ないでーす」
リウの場合、耳に触れて欲しいことを素直に伝えて来るのですぐに分かる。しかしレッテは狼族。態度で示して来るだけに正確な答えは不明だ。
分かりやすく尻尾を揺らして来たから尻尾を撫でてみたが、どうやら正解だったらしい。
「ところで、ヌシさま」
「うん?」
「ウチはあの変態賢者と長くいたのですが、どれほど強いのか知らないのです。ヌシさまと同じように、魔法を使う人間です?」
「見たことなかったっけ?」
「王国での戦いでは、ヌシさましか見ていなかったのでーす!」
「そ、そうなんだ……」
ルナリア王国では誤解を解くため、賢者に魔法戦を挑んだ。
強さはそこそこだったが、役に立ちそうな攻撃魔法が得られなかったのは周知の事実。
「ヌシさまの強さを見せて欲しいのですー!」
「どうやって?」
「手加減でもいいので、ここからあの賢者に向けて魔法を放って欲しいでーす!」
「不意打ちで魔法攻撃をするってこと?」
「そうして欲しいですがー、上に飛んでるコウモリに伝えて来てもらいたいのでーす!」
「あぁ、そういうことならいいかな」
実際に彼の魔法を受けるのは、ラフナンが襲って来た時に受けたことがあるくらい。ほとんどは敵からの攻撃魔法によるものだ。
まさか味方の攻撃魔法を受けることを求められるなんて。
レッテにとって、獣好きすぎる賢者が果たして信用に足りる人間なのかどうかを見極めておきたいといったところだろうか。
「アルジさま、承知した! ということのようですわ。遠慮なく、やっつけてくださいませ!」
「いや、軽くやるよ。レシスがいるから被害は無いとはいえ、彼の強さは分かっているつもりだからね」
「ヌシさま! ドーンとやっちゃってくださーい!」
「――っと、向こうから攻撃して来た?」
「ヌ、ヌシさま、氷の塊が無数に飛んで来ますです!!」
「レッテ!」
アースキンが放って来た魔法は氷魔法の連続攻撃。離れた所からの攻撃の優位性もあったのか、レッテからすればいきなり氷が降って来たと感じたようだ。
俺としては怖さは全く無く、素直に受けてコピーするだけだったが。レッテが傍にいる状態を考えていなかった俺は、焦る彼女に覆い被さって守るしか出来なかった。
まともに浴びた魔法のイメージがすぐに浮かんで来たところを見れば、どうやら賢者の新しい魔法のようだ。
【ダイヤモンドダスト 氷属性 発動まで要時間】
【威力A 範囲極狭 リチャージD コピー完了】
なるほど。しばらく会わない間に彼も魔法を鍛えていたのか。
魔法の修行をしないのかと言ったことがあったが、素直に練習をしていたのかもしれない。
「レッテ、大丈夫?」
「ハァハァハァ……ヌ、ヌシさまぁっっ!」
「おわぁっ!?」
「ずっとずっとお傍にお傍にーー! ヌシさまに守られるなんて、レッテは幸せ者ですー!!」
アースキンからの魔法攻撃をコピーすると同時に、魔法に驚いたレッテを守った。
そのせいでどうやら彼女は俺に魅了してしまったらしい。
勢いよく抱きついて来たレッテの力はとてつもなく強く、非力な俺ではどうする事も出来ない。
彼女に抱きしめられている状態のまま、アースキンからは連続した魔法の光が放たれる。
このままの姿勢ではレッテに影響が及ぼしそうだが、予想に反して全く別の魔法が浮かぶ。
【ヒール 回復魔法C 対象範囲C 編集可能】
ダメージを負わせたと思ったのか、アースキンはすぐに回復魔法を放って来たらしい。
その辺りはさすが賢者というところ。
せっかく回復魔法をかけられたので編集しておく。
【編集 ヒール ダメージを負っていない場合は、体力を微増させる】
こんなところか。
俺からも何かの攻撃魔法を放っておきたい所だが、レッテが抱きついたまま離れてくれないし、ここまでにしとくしかない。
「ほら、レッテ。そろそろ起き上がろうか」
「か、かしこまりましたー! それと、変態賢者の強さはよく分かりましたです」
「うん、よろしく頼むよ」
「はいでーす!」
賢者アースキンの強さを推し量るつもりが、まんまとしてやられてしまった。
変態改め、賢者アースキンとして呼び直してあげなければ。




