64.黒い勇者と書記魔法士 1
レシスが手にしていたからこそ眩い光を放っていた杖だったのに、今では見る影もない。
ラフナンが言ったことは真実とも取れないが、嘘とも言えないのは、レシスが勇者とかつての仲間だったからに他ならない。
彼女自身が言っていたことはあまり気にしていなかったが、勇者に同行していた頃、洞窟の中にあった古代書の近くに落ちていた石。
それを拾って杖につけたと言っていた点だ。
古代書を守っていたのは魔物だとも聞いていたが、光の獣に関係しているとすれば、光を失い黒く光っているのも合点がいく。
「レシスをどこに捕らえたんだ?」
「……人聞きの悪いことは言うものではないな。レシスは僕の大事な仲間であり、書記ごときの仲間になるほど愚かな女では無いんだ」
「その余裕ぶりは勝機でもあるのか分からないが、彼女を解放してくれないと信じることは出来ない」
サーチをしている限りでは、近くにサランの気配を感じない。
今まではラフナンを支援する形で寄り添っていたのに、黒い光を手にしたのがサランの手引きだとすれば、それだけの力があると信じているということか。
「ハハハ、エンジくんは疑り深いな。それも書記には必要なことかもしれないが、まぁいい。彼女をここに!!」
ラフナンの近くに控えているのは、俺に麻痺や眠りをくらった仲間などではなく、学院から逃れることが出来なかった冒険者たちだ。
恐怖に怯えながら、従っているようにも見える。
彼らが奥の部屋から出て来てすぐのことだ。
重々しい鋼鉄の扉が開く音と同時に、両脇を固められた女性の姿が見えた。
深々とフードをかぶって顔を隠していた彼女はすでになく、赤みがかった長い茶色の髪をリズミカルに揺らしながら、奥の部屋から堂々と歩いて来る女性だった。
そして、女性――レシスが俺に気付く。
手にはもちろん杖は無く、手持ち無沙汰にしているようにも見える。
『あっ!! エ、エンジさん! ど、どうしてここに……?』
良かった、別れる前と変わっている様に見えない。
それどころか、危機感を感じていないようだ。
「レシスを迎えに来たんだ。もちろん、俺だけで」
これを言うと変な誤解を招くし、彼女も天然ぶりを炸裂してしまいそうだがやむを得ない。
「はっ! と、とうとう、その時が!」
「と、とにかく、今すぐラフナンから離れて!!」
「何故ですか? ラフナンさんに酷いことはされていないですよ?」
「杖! レシスが手にしていた光の杖を取られているじゃないか!」
「あぁ、だってそれはそうですよ~! ラフナンさんに借りていたんですから。取られたわけでなくてですね……」
レシスの表情を見る限りでは嘘は言っていないが、彼女が手にしていた時は確かに彼女を守っていた光の杖だった。
それが今や、ラフナンによって黒い杖。
光の獣が討伐されたことも関係していそうだし、その国との関わりがあるかも気にはなるが……
「話は済んだかな? そろそろエンジくんには邪魔をしないでもらいたいんだ。だから――ここから、消えろ!! 落ちこぼれめ!」
「――!」
黒い光は辺り構わず激しい暴風と、凍てつきの吹雪を繰り出して来る。
建物の中にありながら、ラフナンに近づく忌みの相手を、全て吹き飛ばす勢いで現わしているようだ。
この力は間違いなく、今までのラフナンじゃない。
魔法には違いないが、ラフナン自身が放っているというよりは、杖そのものからの畏怖が強い気がする。
「ハーハッハハハハハ!! レシスも杖も俺のモノだ! 落ちこぼれごときに渡すかよ!」
「え? ラ、ラフナンさん? わたしはラフナンさんのモノでは無いですよ」
「心配するな。盗人エンジから、この黒い杖でお前を守ってやるよ!」
「黒い……杖? あ、あああ……な、何で、く、黒く光って……」
どうも様子がおかしいが、光の杖を返して渡したのは間違いないようだが、彼女が手にしていた時は白い輝きを見せていたということなのか。
今のところ、黒い杖からの攻撃ではコピー出来る属性は確認出来ない。
この戦いは杖の奪取と、光の回復……そしてラフナンを、ログナから追放する必要があるようだ。




