63.黒い光を手にした勇者
「それじゃあ、俺は学院に向かいます。アースキンも気を付けて!」
「あぁ、待て。エンジよ、これを持って行け」
「……それは属性石?」
「うむ。ザーリン……妖精である彼女から属性石を受け取ったのだが、今必要なのはエンジの方だろう? それを使うことで、威力を倍に出来るのではないか?」
「しかしそれは賢者向けに作ったものなので……」
「それも聞いたが、とにかく持って行け。それと、光の属性石もだ。これも妖精の彼女が言っていたが、エンジは光の力を持っていないのだろう?」
「――! それはそうですが、それもザーリンが?」
「ああ。ログナに妙な結界魔法が張られているらしくてな、仕方ないがエンジに持たせてもいいと言っていたぞ」
ゲンマにいた時、絶対防御のスキルを奪い、光の力を奪ったザーリンだったが、これも何かの狙いでアースキンに託したのか。
光の属性石には、アースキン向けということで絶対防御ではなく、守りの光といった弱い魔法しか入れていなかった。
これが何か役に立つということなら、持って行くしかなさそうだ。
「気を付けろよ! それと、毎度のことながらすまんな」
「昔は昔。今は俺の仲間なんですから」
「そうだな」
それにしても大概にして欲しい。
ログナにどれだけの、いや、俺に対しての憎しみというしつこさはもはや、勇者と呼べないくらいだ。
山奥のアルクスはまだ正式な国興しをしていないが、ログナはすでに属国にし、俺の国でもある。
それを知ってか知らずかは分からないが、痛めつけられたはずのラフナンと魔法兵サランのしぶとさは、魔物の襲撃よりもタチが悪い。
これも光の獣が倒されたことによる影響があるのだとすれば、レシスの杖にも何らかの弱体化がなされている可能性がある。
ログナの義務学院はログナの城のようなもので、中枢に建物がひしめき合っている。
今でも冒険者を育成するために、相当数の人が学院に留まっていると思われるが――
『くらえっ!!』
――!?
街の通りには人の気配が無く、すんなりと学院に近づけた……そう思っていたが、待ち伏せがあったようだ。
『本意じゃないが、エンジを弱らせるのが俺たちの役目だ!!』
『一斉発動! エクスプロジオン!!』
おいおい、街中で爆発魔法を発動とか正気なのか。
範囲系の炎魔法なだけあって、一人では発動が出来ないらしく4、5人で魔力を集めて向けて来た。
爆発魔法は想像以上に、俺のいる周辺を巻き込んで爆発した。
仮にもここに住んでいる連中なら、いくら人がいないといっても威力を抑えてもいいはずなのに、ラフナンの脅威の方が勝るのか、遠慮なしに放たれた。
『や、やった……これで、ラフナンさんにいい報告が……』
「「「おおおー!!」」」
エクスプロジオン 属性炎 対象から範囲数メートルを巻き込んで爆発させる 威力B
魔力消費S 連続使用不可 術者スキルに依存 コピー完了
なるほど、一人で発動出来るけど魔力消費力がすごいのか。
コピーすると同時に周辺を巻き込んだ爆発を無かったことにしたが、連中はまだ気付いていない。
ログナの街並みは気に入っているし、俺だけでなく周りを巻き込むのは見過ごすわけには行かないな。
そうはいっても、ラフナンに取り入れようとしている連中に反撃するのは違う。
ここは素直に眠ってもらうことにする。
「残念だけど、俺に魔法は通じない。爆発魔法で街を破壊しようとしたのも許せるものじゃない」
『ひ、ひぃぃぃ!! ば、化け物だぁぁぁーー!』
「このまま学院に戻らせるつもりは無いので、惑わされながら大人しく眠っててもらいますよ」
『うああああ!? め、目が回る……く、来るなぁぁぁ!!』
『コ、コウモリの大群だとぉぉぉ!? や、やめろ、やめろぉぉぉぉぉ!!』
ルールイから得た音波に加え、オベライ海上で出遭った魔物からコピーした幻惑魔法を組み合わせて、連中に発動。
実際の所、どういう幻惑を見ているのかは俺には分からない。
単に眠らせる前段階で幻惑魔法を放ったが、思った以上に現実悪夢に惑わされているようだ。
最終的には精神がまいって、疲労と共に気を失うと思われたので、連中を通り過ぎて学院の中に進むことにした。
アースキンの話では、ギルドにいた手練れの連中と召喚士、ラフナンに心酔する連中ごと一緒にいると聞いていたのだが――
『よぉ……落ちこぼれの書記』
痛めつけても反省するどころか、何度でも俺に挑んで来る姿勢だけは、不屈の勇者と呼んで違いないのか。
まるで魔王の玉座にでも座るかのように、ラフナンは学院長の椅子に座りながら、俺を出迎えた。
それも、予想していた通り、レシスが手にしていた光の杖を片手にしながらだ。
レシスの姿が見えないが、どこかに閉じ込められているのか。
周りを見回していると、わざとらしい仕草を見せ、卑しい笑い声をあげた。
『ハーハッハハハ!! 書記の分際で、誰か探してるのかな?』
ラフナンの笑い声は、耳障りな高笑いを俺に向けている。
口調は今の時点で、俺を嘲笑った時と同じ静けさを保たせているようだ。
「その杖はレシスが手にしていた杖だ。お前のものじゃない」
光の杖を手にしている時点で、レシスを守るものが無いことを意味している。
レシスは傷を負っているのだろうか。
『何を言いだすかと思えば、見当違いなことを言いだす。盗人の書記は知らないだろうけど、この杖は元々は勇者である僕のものなんだけど、誰のものだって?』
とんだ戯れ言を――と思ったが、光の杖はレシスが手にしていた頃の輝きを、失っているように見える。
光は光でも、その光はまるで黒い光そのものだった――




