42.書記、空谷で蝙蝠娘に襲われる
林道を進み、戦いが繰り広げられているであろう場所にたどり着いた。ザーリンが全く興味を示さなかった理由がすぐに分かった。
どうやらどこかの国の人間同士が戦いを繰り広げていたようだ。
「あ~……」
「関係の無い人間同士を助けるつもり?」
「いや……」
「ふみゅぅ。人間は戦ってばかりなのにぁ」
レシスのことばかりではなく、基本的にザーリンもリウも人間が好きではない。そのせいか、近くまで来ておきながら興味を失っている。
魔法合戦だったらあわよくば……と思っていた。だけど無関係な国の争いに首を突っ込むのは、今は避けるべきなのかも。
「戦いが落ち着いたら近くにある国に行こうか」
「最初からそうしとくべき」
ザーリンは手厳しいな。
「……ごめん」
「エンジさま、人間がいない所に行きたいのにぁ」
「そうするよ」
俺がもし最初から冒険者として旅をしていたとするなら、もっと様子を窺ってどっちかと接触を試みたのかもしれない。
しかし外に出ない書記をしていたせいもあってか、わざわざ突っ込む考えには至らなかった。魔法をコピーしたいが為に争いに巻き込まれるのは、もっとも避けなければ。
「人のいない所か~……そうなると谷とかになるのかな」
「そこにぁ!」
「そこに」
リウと俺とでサーチした何かの争いには結局関わることなく、さっさとその場から離れた。魔法合戦ならまだしも、武器使用の戦いには絶対防御があっても行かないのがいい。
戦いの場を離れ、人どころか獣の気配も感じない空谷を見つけた。
「にぁーーー!!」
――にぁー。
――にぁーー。
リウの声がこだましている。
「す、すごいのにぁ! リウの声が返って来るのにぁ!!」
人が全くいない谷というのも初めてだ。そのせいか、音に敏感なリウは楽しそうに自分の声を共鳴させて、何度も嬉しさを確かめている。
「……フェンダーは、この先気を付ける」
「え? 何に?」
「人間が居なくても、何かいる。ネコの声に反応した」
「リウの声に? え、どこ?」
「自分で何とかして」
ザーリンは相変わらず具体的な答えを教えてくれない。そしてまたしてもフェアリーの姿に戻り、目の前から見えなくなった。
空谷を歩き進むと両側の岩に大小様々な穴が空いている所に出くわした。何かの居住にも見えなくもないが……?
「人がいるのにぁ?」
「さすがにあれが窓とは考えにくいし、少なくとも人じゃないと思うよ」
「ふんふん?」
「何かいるのかな」
ザーリンは気まぐれに注意をしてくれたけど、一体何がいるというのだろうか。そう思っていたらリウの尻尾が上を向いていて、へたっていた耳が鋭く反り始めた。
背中を丸め尻尾の毛も逆立ち、戦闘態勢に入っている様相を呈している。
「フゥゥーー!!」
「んん? リウ?」
「来る……来るにぁ――」
こういう時のリウは厳しさを見せていて俺を守りながら、その目はすでに見えない何かに向かっている。
「エンジさまっっ! 避けるにぁっ!!」
「――っ!?」
な、何だ?
「ウゥゥーー! エンジさまーー!!」
何かの攻撃を受けたのは間違いがない……そう思っていたら、リウの姿が真下にあった。自分の体は何ともなく、痛みも無いのに何かに抱えられている感覚だ。
「――って……ええええっ!?」
「大人しく、素直にお掴まりになって頂けないかしら。こう見えて腕力に自信なんてありませんの」
「す、するする……」
「いい子ね」
何が起きているのかはすぐに察することが出来た。痛みこそ無いが、どうやら捕まってしまったようで、しかも空を飛んでいる。
「うわうわうわ……嘘だろ!?」
「暴れては駄目よ?」
心地のいい声に叱られているが、どうやら体ごと持ち上げられているようだ。空を飛んでいるということは、竜かあるいは他の何かか。
リウに警戒をさせておきながら俺を上空に連れて行くとは。
「あなた、ウチをずっと眺めていたでしょう?」
「へ? ウチ?」
彼女のことかな? それとも……。
「穴のことだけれど?」
「もしかして窓?」
「ともかく、ウチにご招待するわね。あなたにとって残念だけれど、ネコに入られたくはないわ」
「ここの谷って、まさか……」
「人間はいないけれど、わたくしたちの棲み処ではあるわね。あなた、人間でしょう?」
ここは素直に頷いておく。
「変わった人間が入って来たって、みんなで盛り上がっていたの」
古代の力が使える時点で変わっているんだろうけど、ネコ族のリウに守られているし、目立っているってことなんだろうな。
「もうすぐ着くわ。心配しないでもあなたを攻撃するつもりなんて無いわ」
「それなら……」
「むしろ、あなたの方が何かを狙っているように見えるのだけれど」
「いえいえ、そんな……」
「いいわ、ウチに入ったら面倒を見てもらうのだから、そんな余裕は生まれなくってよ!」
一体何を言っているんだろうな。
バサバサと音のしない大きな翼で飛び続け、気づけばひと際大きな穴の前に降ろされていた。大小見えていた穴は家か何かの窓のような物だったに違いなく、俺を見つめる視線をそこから感じてしまう。
「さぁ、おいでなさい」
「お、お邪魔しま――」
空に浮いていたせいか足元がふらつく。瞬間、ふわっとした出迎えが俺の眼前に広がりを見せて来た。
「しょうがない人間ですのね。フフッ……」
この感触、まさか――な。




