4.書記、勇者との開幕戦を開始する
「エンジさま! リウは日課の狩りをするので、お先に戻るにぁ」
「うん、気を付けてね!」
「はいにぁ~!」
眠っていたリウはスッキリしたのか、勢いよく岩窟の中へと戻って行く。
俺は眠り草以外の特性を知りたくなったので、他の花に触れまくってみることにした。どこまで広がっているか分からない花畑。遠くには行かず、なるべく岩窟に近い花だけに絞ってみた。
眠り草のすぐ近くに痺れ草があり、触れるとすぐに痺れた。触れただけなのに全身に回るのが早い。
これは猛毒草だろうか……。
(まずい……意識が朦朧として来た)
すぐ全身に麻痺が回り目の前が真っ暗になった。
しかし意識ははっきりしていて、【耐性S】の他に【編集】という文字が浮かんで来た。
(……何だこれ?)
迷っている余裕は無い。少しでも気を抜くとそのまま闇に沈みそうだ。
迷わず頭の中で編集を選ぶ。
すると途端に全身を駆け巡っていた麻痺はすぐに消え失せた。
手の平から何かの力を出せそうな感覚になった。魔法の類に変わった感じだ。
眠りの能力と麻痺能力。これらを編集出来るようになったのは心強い。
「エ、エンジさま~~!! いい所に! た、大変にぁ~!」
戻りかけにリウの方から向かって来た。
熱烈に迎えられたのかと思っていたが、慌てぶりはただ事じゃない。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「ひ、昼間なのに襲って来たにぁ~~!!」
「襲って来た? 例の不明な敵が?」
まさかログナの学院に討伐依頼でもあったのだろうか。
(それとも、ラフナンがここに来たか……?)
「はいにぁ! 食べられそうな山菜や木の実を摘んでいたら、ピカピカなのを着ていた人間が向かって来たにぅ」
「ピカピカ?」
「と、とにかく人間が数人来ているにぁ!!」
朝方にいつも襲って来ていたのは、ここを訪れようとしていたログナの人間なのでは。
「石も木の矢も飛んで来ていないんだね?」
「にぅ! でもでも、早く何とかしないと~」
リウの姿を見られた以上、ここがバレるのは時間の問題。
だが入って来られるわけにはいかない。ここは先手を打つことにする。
「いいかい? 俺が外の人間を追い返して来るから、リウは奥で隠れてて」
「はいにぁ!」
「あ、その前に……」
覚えたてではあるが、リウの頭を撫でながら試す。
「にぅ? ふぁぁ……むむぅ~何だか眠く……」
上手くいったようで、撫でたらすぐに眠気を感じたようだ。
寝惚けるような動きを見せている。
「おっと、危ない危ない。お、奥で休んでてね」
「ふみぅ」
魔法に変わっているなら離れた所にいる相手に放てないものだろうか。
そんなことを思っていたら、外から甲高い声が響いた。
「我が名は勇者ラフナン! 拠点を不法に占拠している賊!! 隠れていないで、今すぐそこから出て行くんだ!! こちらとしても手荒な真似はしたくない」
自ら勇者と名乗る辺りよほど正直な性格をしている。賊と決めつけているのもおかしい。たとえギルドの依頼で来たとしても、あまりに来るのが早すぎる。
ここは大人しく引き返してもらおう。
「何もしないと約束して欲しい! それなら今すぐ外に出る!!」
「いいだろう! 何者かは分からないが、キミには何もしないと誓おう!」
さすがに勇者と名乗る以上卑怯な真似はしないだろう。そう信じて姿を見せることにした。
岩窟から外に出ると、勇者と俺を騙した仲間たちの姿があった。
「おい、まさか追い出された書記か? ラフナンさん、あいつですよ!」
「勝手に拠点に住むなんて、国への反逆なんじゃ?」
「……なるほど、冒険者でもないエンジくんか。そうだろうと思っていたけど、一丁前にここで生活を始めていたとはね」
放置していたはずの拠点に来るなんて、勇者は暇なのだろうか。
「何しにここへ?」
「以前からここに見回りに来ていた者がいてね。どうやら岩窟に得体の知れない獣が棲みついていると。危ないから近づけない……そう言われたら依頼を受けるしかないだろう?」
リウは確かに獣で間違いない。
しかし見回りで石と木の矢を投げるのはどうなんだ。
怖くて近づけないから威嚇していた、の間違いじゃないのか。
「そんなことの為に仲間を引き連れて来たなんて、大げさすぎなのでは?」
「だから見てのとおり、回復士は連れて来なかった。書記のキミと獣がもう一匹程度なら、警戒する必要も無かったね」
回復士の女の子が一緒じゃないのはそういうことか。
「普通の獣じゃなく、可愛い女の子ですよ」
「あぁ、それは失礼したね。そういうことだから、今すぐそこから出て行ってもらおうか!」
相変わらず回りくどく、言い方だけは無駄に丁寧な勇者だ。
「むにぁ? あれ、エンジさま?」
「――ま、まだ出て来ちゃ駄目だよ、リウ」
「にぁにぁ!? ピカピカな敵!」
なでなで眠り魔法で眠らせていたリウが、予定より早く目を覚ましてしまった。
すぐに落ち着かせないと。
「に、逃げるにぁ~~!!」
「落ち着いて、リウ! そっちに逃げたら駄目だよ!」
「はみぁっ!?」
リウは無駄につややかな光沢の鎧に驚いてパニックになっていた。
しかも間近に迫っていた複数の人間に驚いてしまったのか、慌てて外に向かってしまう。
「おぉっと、逃がすかよ!」
「にぁあ……は~な~せ~!!」
「コイツ、バタバタしてて面倒すぎる。ラフナンさん、どうします?」
「そのネコ族が棲みついていたとすれば、追い出さないといけないな。しっかり尻尾を掴んで逃がさないでくれ」
(なんてこった、あの子が捕まってしまうなんて)
「放せ~~!! エンジさま~助けてにぁぁ~~!」
「書記に助けを求めたって無駄だ!」
手荒な真似はしないというのは口だけだった。
「その子に酷いことをしないでくれないか」
「もちろんしないさ。ただ、逃げられても困るんでね。捕まえてさせてもらった」
初めから捕まえる気で来たくせによく言う。
「今すぐ放して、俺の所に――」
「それは出来ないな。書記のキミはともかく、ネコ族が噛みついて仲間が傷つけられるかもしれない」
「何もしないって約束したはず!!」
恐れていたことが起きてしまった。
勇者のくせにへりくつを言うとは、思った以上に面倒な奴かも。
「……キミには何もしないが、獣は何をするか分からない。これはあくまでも自衛によるものなんだ。聞き分けてくれないか?」
俺と勇者が立っている位置、リウと勇者の仲間がいる所は数メートル以上離れている。
勇者の仲間は魔法耐性が高くない戦士とハンター。
こうなれば頭の中でイメージして、魔法を放つしかない。
「さて、エンジくん。大人しく獣と出て行くなら――」
(麻痺を魔法に編集、離れた場所に放つには名前を付けて対象に向ける)
頭の中で思い悩んでいると、イメージと共に方法が浮かんで来た。
「対象は人間二人に絞り、獣には干渉しないものとする……」
「ん? キミは一体何を言っている?」
勇者からすれば独り言のように聞こえるだろう。
しかし気付かれてない今なら簡単だ。
「敵なす者々、放つはパラリシス!!」
リウに向けている敵意の者たちに向けて手の平をかざし、麻痺の魔法を放った。
「なっ!? 何をしたんだ? 書記エンジ!!」
「あの子を解放してもらいますよ」
手の平には僅かながら静電気のような感じが残った。
数メートル離れた場所に、魔法を放ったことの反動かもしれない。
「うぁっ……!? う、動けな……」
「ラフナンっ……!」
ラフナンの言うことを聞いていた男たちに効果が発動。
その影響か、リウを捕まえていた男の手が痺れで震えている。
「みぅっ!? う、動ける~! エンジさま~~!!」
(良かった、リウには影響が無い)
「麻痺? まさか、魔法なのか?」
「早く仲間の元へ行った方がいいと思いますが、どうします?」
「……くっ!」
捕まっていたリウはすぐにそこから逃げ出し、そのまま岩窟の中に身を潜めてくれた。
「く、くそっ!! いいか、下手な真似はするんじゃないぞ? エンジはそこで待っているんだ!」
俺では無く仲間の元に戻り際でも、どうすればいいのか迷っているようだ。
「……逃げも隠れもしないので、早く仲間を介抱した方がいいと思いますよ」
麻痺の効果は絶大だ。
どれくらい続くか分からないが、声も出せない程苦しそうに見える。
「う、うるさいっ! こんな時にあいつがいないなんて、役に立たない……あぁっ、くそ!!」