38.書記、ログナに帰国する
ラフナンによって森のほとんどは焼失された――はずだった。
少なくとも賢者の氷魔法を全身に受けるまでは……。
それなのに、
「ぬぅ。我がアイスストームがてんで効かぬな。まさかこの炎……」
「おーい、アースキン! 俺も消火を手伝いますよ~」
「ぬあっ!? エンジか!? しまった、手元がっっ……」
「うわっ――!?」
【アースキンの氷魔法 アイスストーム 属性氷 範囲魔法力C 詠唱に難あり】
これは――
思わぬところで氷魔法をコピー出来てしまった。威力はあまり無く、詠唱に難があるとか。
氷魔法の段階を上げないと改善されないし、使えそうになさそうな感じだ。
「す、すまん! ん? エンジよ、お主は書記のはずだが……異常なくらいに魔防が高いのだな! 私では敵わなかったというわけか。はっはははは! 益々気に入りそうだ」
「ど、どうも……」
レシスと賢者アースキン……二人ともあまりコピーのことを疑わず、素直な性質なのかもしれないな。
◇◇
「ええ!? 全部幻?」
「ご主人! ルオは、ルオの森をあの人間に見せていただけなのじゃ。あの炎も大したことが無かったのじゃ」
「あれ、でも、アースキンの水魔法や氷魔法で炎を消していたように見えていたけど……」
「うむん! それも本当じゃな。あのピカピカも、途中で気付いたようじゃな」
さすがは賢者だった。
実力がありながら、勇者ではなく獣を守った。
賢者は別の意味で本物かもしれない。
「ご主人はあのピカピカと娘を連れて、近くの人間を制して来るのじゃ! そうでなければ、ルオも本当の木々を植えられぬのじゃ」
「ログナのこと?」
「ご主人がずっと気にしていることをハッキリさせれば、ここを変えやすく出来るじゃろう?」
「……うん、そうだね。それじゃあ、ここの守りはルオとレッテたちに任せるよ!」
「あの人間の気配を感じないのじゃ。しばらく問題ないのじゃ!」
フェンリルであるルオには全てお見通しだったらしく、勇者ラフナンの襲撃や召喚攻撃を静観していた。
俺の心残りみたいなものを見抜いていたらしい。
ルオの声を賢者に聞かせた後、俺は賢者とレシスを伴ってログナに向かうことになった。
「じゃあ行きましょうか」
「うむ。お主にとっては故郷であり、戻るのに何も臆することは無いだろうが、この私がいれば何も問題は無かろう」
「頼りにしていますよ! 賢者殿」
「……ふ。強さも知力も私より高いお前がそれを言うのか」
ログナとギルドに追放されてから、早数か月くらい。元々はログナが捨てた山奥の拠点から始めた国作り。
主に獣たちが集まりつつある中、獣好きな賢者を受け入れたことで事態が動いた。
事あるごとに襲撃をかけて来る勇者ラフナン。
そんな彼を移動魔法でどこかに送ってあげた。
結果をいい機会と捉え、賢者の協力のもと、ログナに話をつけにいくことに。
果たしてギルドの依頼は真実で、勇者にどこまで支援をしていたのかを知るのが目的だ。
「あ、あの~……」
「どうした、レシスよ」
「うん? 何かあるかな?」
「私もログナに行って大丈夫なのでしょうか?」
それまで大人しくしていたレシスが不安そうに尋ねて来た。
彼女に何か不安なことがあるのだろうか。
「何か問題か?」
「レシスは追放されていないし、何も無いよね?」
「え、えーと、問題では無くて……勇者のパーティメンバーだったので、何か言われちゃうのかなぁと」
レシスが心配しているのは恐らく、勇者の仲間たちが詰め寄る可能性があることを言っている。
勇者からすれば、俺によってレシスを奪われたという間違った解釈をされていた。
だが、仲間たちが利巧ならそうは見ていないはず。
今のログナが国として機能しているかも怪しいので、とにかく行くしかないけど。
「心配しなくていいよ。何か言われるようなら、俺が守るから!」
「プ、プロポー――」
「うん、違うからね」
レシスの思い込みの激しさはスルーするとして、アースキンと共に徒歩で向かうことになった。
「にぅ~……リウも行きたかったのにぁ」
「ごめんよ。今回は人間だけで行く必要があるんだよ。次からはリウも一緒に行こう」
「にぁうん! ゼッタイ行くにぁ!」
なんだかんだ言って山奥に逃げ込まなければ、ネコ族のリウとは出会えていなかった。
それだけに彼女とは離れがたい気持ちが常にある。
用事によっては一緒に行動出来ないのが寂しい。
賢者と回復士と三人でログナに戻るのは、何となく冒険に似た感じに思える。
「ふむ……長らく仲間と呼べる者と共になったことは無いが、悪くは無いものだな」
「あれ、狼族はそうではなかったんですか?」
「彼女たちは仲間ではなく、愛すべき獣だ!」
「……あ、そうですか」
とんだ変態賢者を味方にしてしまった気がするが、そこは見逃しておこう。
「な、何だか私だけ申し訳ないです~」
「そんなことは無いと思うよ。レシスは防御に関しては、俺と賢者よりも最強だし」
「そ、それは照れ臭いです~えへ」
落ち込んでいるかと思えば、立ち直りが瞬時のレシスは何も心配いらなそうだ。
まだ国では無い山砦アルクスから遠くない距離にある故郷の国、ログナ。
不本意な形で追い出され逃げてしまったが。
入国してからは相応の覚悟をしてもらうことにしよう。




