37.書記、賢者を得て勇者をどこかに送ってあげる
書記の俺に対する勇者の執着心は異常すぎる。
「書記エンジィィィィィィ……!! 何故お前の元に賢者が!!」
全身を震わせながら怒りを露わにするほどのものなのか。今回の襲撃には複数の召喚士と猛獣使いと賢者アースキンを連れて来た。それだけにラフナンは相当な自信を持っていたはず。
本来なら真っ先に俺に向かって来てもおかしくない。俺を悔しがらせたい思いばかりが先行しているせいで、油断を生じさせたのかも。
「森を燃やし、獣を多く引き連れて来た。それが悪かったからでは?」
「なぁにぃぃ!?」
嘘でもハッタリをかけるか。
「ラフナンさん! ここはログナの廃墟拠点ではなく、"国"として認められた土地です。今後俺のことで関わりを持つつもりなら、ここではない所で勝負を」
「国? 追放の書記であるお前が認められただと? 嘘も大概にしとくんだな! 獣ばかりかき集め、山を勝手に森にするなど大罪に値するぞ! ログナが認めても俺は認めないからな!!」
相当頭に来ているみたいだ。勇者なのにこんなにキレやすくて世界的に大丈夫なのだろうか。
「お、おい、エンジ。あそこまでラフナンに言って平気なのか? ここはまだ、ログナの……」
アースキンには嘘は通用しないな。正直に頼もう。
「まだ認められてないですよ。でも、賢者であるアースキンにいてもらいたい地でもあるので、ハッタリでも何でもついて正当化する必要があるんです。協力してもらえますか?」
獣好きな賢者は置いといても、中途半端な輩が来ても彼なら何も心配することがない。
「む、むぅ……嘘は良くないことだが、それ以上にラフナンがしたことはらしからぬ行為。獣や森に罪など無いのだ。燃え広がっている炎は私に任せ、エンジはあいつの頭でも冷やしてやってくれ!」
アースキンはそう言うと、焼失しつつある範囲に向けて氷魔法をかけ始めた。俺との戦いの時に見せてくれれば良かったのに。
そう思いつつ、俺だけで勇者の元へ近づくことにする。
「エンジさん、どこへ行かれるんですか?」
「ラフナンのとこ」
「だ、駄目ですっっ!! あんな状態のラフナンさんの所に一人で行ったら、何をされるか……」
「大丈夫。それについては考えがあるんだ。それに、真面目な話……いつまでも来られても困るからね。彼には"外"を見て来てもらって、そこで頭を冷やして貰おうとね」
「え? 外ですか?」
ラフナンにかけること自体禁じ手かもしれない。それでも移動させる森には既に機巧都市は存在しないし、近くには賢者がいたルナリア王国がある。
その辺りに飛んでもらって考えを改めてもらおう。
「……フェンダー。その考えは正気?」
「駄目かな?」
「フェンダーの魔法は本人と味方には有効。敵に対して保証出来るものじゃない。あなたが送ろうとしている森には飛ばないかもしれない。それでも送る?」
「ザーリンだって、ここにしつこく来られても困るよね?」
「……防ぎの能力だけは高まっている。あなたが求める壁次第」
しょっちゅう襲撃に来られては後々面倒だ。敵対心と憎悪を高めてしまいそうだけど、森を燃やされた以上彼に対し容赦しては駄目だ。
「勇者をいなくさせたら、そしたらまた旅に行くよ。その時はザーリンも来てくれる?」
「……行く。あなただけでは魔法の成長に期待出来そうにない」
「は、はは……そ、それなら、とにかく行って来る」
ラフナンを飛ばしたとして場所は保証出来ない……か。意味合いが違うとはいえ、勇者をどこかに追放するということになるのか?
「あ、あの……」
「うん?」
「ラフナンさんを反省させるだけですよね?」
「もちろんそれだけのことであって、痛みを伴わせるとかじゃないよ。勇者としての強さは備わっているだろうし、見知らぬ地に行ったとしても少なくとも俺よりは生き延びられると思う」
「そ、そうですよね。傷つけるわけじゃないんですよね。それを言ってしまえば、ここの方がひどい目に遭わされているんですけど……」
レシス自身ラフナンに邪魔者扱いされていたとはいえ、勇者の仲間として冒険していた。それだけに今でも思うところがあるのだろう。
レシス自身が慈愛に満ちた子なのかもしれないけど。
「わざわざ俺に殺されに来たのか? 書記!」
「何故俺にそこまでの敵対心が? ログナのギルド依頼はそんなに高額ですか?」
「黙れ! 俺は勇者だぞ? あそこにいる賢者と同等……いや、物理的な強さは勇者に分がある。思えばお前が俺から古代書を盗み、古代書の中身を奪ったことが原因だっ!!」
ミスって転記してしまっただけなのに。盗んでもいないし中身だって後からついて来たわけで。それにしたって、こんなにも執着を持たれるものなのか。
召喚士たちや猛獣使いはすでに撤退、ここには勇者ただ一人だけ。
一体どうするつもりなんだろうか。
「俺は盗んでもいませんし奪ってもいません。納得出来ないかもしれませんがいつまでも来られるわけには行かないので、ラフナンさん。あなたをここから退去させてもらいます!」
「書記ごときがほざくな!! この距離で魔法を放つつもりだろうが、その前に斬ってやる!」
やはり向かって来るんだな。大した装備も持って来ていないとはいえ、腰か背中のどこかに隠していた細剣を見せながら前のめりになって向かって来た。
【編集 移動魔法エンラーセ 勇者ラフナン 今回だけ使用 即時発動】
「――な、何だっ!? 書記っ、こ――」
危なかった……。
軽量の剣だったせいか、剣先が目の前に見えていた。編集したのがすぐに適用されて、そのまま飛ばした感じか。
範囲サーチをしてみてもログナ周辺にはいなく、歩いて戻って来られそうな所にはいなくなっている。
「はぁぁぁ~~……危なかった」
「き、消えた……んですか?」
目の前でラフナンの姿がいなくなったら驚くのも無理は無いか。
「いや、生きているしどこかに移動しただけだよ。彼のことが心配?」
「エンジさんはこの後またどこかに行くんですよね?」
「そのつもりだよ。魔法というか、外のことを知らなくてはいけないからね」
「わ、わたしも行っていいですか? ここで待つよりも一緒に行きたいんです!」
勇者ラフナンを心配しているのもありそうだけど、レシスも冒険者ということかな。まずは俺を追い出したログナに行く。
それから勇者のことを調べることにしよう。




