35.書記、獣好きな賢者を味方にして勇者を震えさせる
「――バ、バカな! 罪なき森の主に火を放つだと!? どうしてそのようなことが出来る!!」
「はは、戯言を放つとは賢者アースキンらしくないな」
「ラフナンこそ、誇りある勇者ではないか! しかし最近聞こえて来るのはどれも罪なき者への侵略ばかり……。我らは選ばれし者なのだぞ? それを――」
「驕ってはいないさ。だからといって盗人を許すわけにはいかない。全てはソイツから起こしたものに過ぎない。ふん、君も知性を備えた賢者なら何が正しくて悪いのか。それくらいは見極められるはずだが?」
「し、しかしだな……」
エンジは召喚士たちを撤退させ、トレースを使って勇者たちの跡を追った。しかし賢者を連れた勇者は、ルオが作り出した森を焼き払おうと企んでいた。
狼族を味方にしていた賢者。だが勇者と合流後に反対され、狼族の彼女たちはログナに置かざるを得なかった。その度に勇者の間違った思考を幾度となく説こうとしていたが……。
「アースキン。君も味方を得たいなら獣などではなく、同じ人間を傍に置くことだ」
「……検討する」
勇者の変化に戸惑いつつも、賢者はそれ以上口出ししなかった。
「ちっ、召喚士どもめ。書記ごときに敗れたのか。やはり獣共々役に立たないな」
「ラフナン。まさかお主の中で魔を飼っているのではないだろうな?」
「そんなことどうでもいいよ。それより、猛獣使いが白狼とやらに襲撃を果たしそうだぞ。君も成果を楽しんでくれ」
「…………」
◇◇
跡追いをしなくても分かりやすいくらいの、勇者らしからぬ行動。
山の麓辺りから広がっていたルオの森がことごとく燃やされている。
「あんなことをする人じゃなかったのに……どうしてこんなことに」
「……それは俺のせいかな?」
「違うと思います。エンジさんとのことがきっかけ……ううん、そうじゃなくてもあんな執着さは」
きっかけというと――
間違って古代書を転写してしまったことだろう。しかし書記の俺に執拗に攻撃をしてくるなんて、勇者にとっての汚点にしてはあまりにも。
勇者や賢者も同じ人間。言葉の通じない獣ではないのにな……。
「にぁぁぁ!! エンジさま、大変だにぁ! 森がパチパチって燃えているのにぁ」
「あれ? レッテは一緒じゃないの?」
「狼なら白狼に加勢するとか言って、傍に行ってしまったのにぁ」
フェンリルであるルオが炎程度でどうこうなるものでは無いと思うけど。でも森は徐々に焼失し始めているし、どうするつもりなのか。
「そういうエンジさんは何もしないのですか? ザーリンが言ってましたけど、今のエンジさんは見習い程度の魔法を使えるから問題ないらしいじゃないですか!」
「いや、まぁ……見習いだからね」
幻で作り出したか実在かは不明の森。
守ることは可能ではあるけど、勇者がして来ていることを何故かルオは静観している。
そう思えるだけに今すぐ火を消す行動に出るのは尚早な気が。
「あれ? あの人、燃えている木々に水魔法をかけていません?」
「……あれは賢者か?」
「ラフナンさんと一緒にいるのに、仲間じゃないんでしょうか?」
「にぁぁ! ピカピカの人にぁ! エンジさま、ピカピカの人は悪者じゃない気がするにぅ」
「え、うーん……まぁ」
同じやり方で勇者を懲らしめても何故か復讐心が高まっている。となれば、別のやり方で悔しがらせるのも手だろうか。
獣好きの性癖は好意を持てそうに無いが、リウが人間に対してヘイトを持たない所を見れば賢者をこちらに入れるのも悪くないかも。
リウの言葉を信じルオコピーを、賢者の前に出現させる。
【白狼のルオを編集 スキル咆哮を付与】
よし、コピーのルオを賢者の所に……。
「にぁっ!? あれれ? ルオが二匹!?」
「あれれ……そうすると勇者の前で炎に耐えているルオは?」
リウ、レシスは驚いて唖然としている。
「心配ないよ。賢者に近づくルオは俺が作り出したコピーのルオだからね」
獣好きな賢者にとって狼、しかもフェンリルと対峙することは何よりのご褒美。フェンリルと信じて疑わない賢者なら、賢さを維持したまま俺の気配に気付いてくれるはず。
「ふにぁ~エンジさま、すごいのにぁ!」
「オークと同じ方法でコピーですか? それだと本物のルオのように心はありませんよね?」
「いや、あの賢者に言葉は必要無いと思うよ」
俺の予想は的中。勇者の目を盗んだ賢者は俺の前に姿を見せた。
「お前……! そうか、ラフナンの目の敵とされている書記がお前だったわけだな」
ラフナンよりも獣を信じたか。分かりやすい男だな。
「俺はここで国を作ります! その為には獣を愛する賢者の力が必要です。ここで一緒に作りませんか?」
「な、何と!? 書記のお前が賢者を誘うというのか? し、しかし、魔法の勝負はすでに決した。さらに言えばフェンリルもすでに仲間としている。ここはすでに獣の楽園! 迷う必要は無いではないか」
獣たちが変態的な賢者に懐くかは別として。旅に出ても心配のいらない賢者がいてくれれば、心強い。
「まずは勇者にあなたの実力と威光を示してください。俺ではなく、森の守りは賢者であると見せしめてくれませんか?」
「……いいだろう。アレはかつて共に過ごした勇者では無くなっている。まずは氷魔法であいつの炎を凍らせて差し上げようではないか!」
勇者が勇者じゃないという意味は分からないものの、喜び勇んだ賢者は待ち望みの氷魔法をこの場で展開し始めた。
「な、何っ!? な、何故……アースキンが書記の所にいるんだ!? ど、どうして、どうしてだ……」




