3.書記の新たな能力?!
「にぁぁぁ!? あ、あれ? 石も木の矢も飛んで来ていないにぅ?」
「平気かい? えーと……」
「リウにぁ! ここをねぐらにして長いのにぁ! ネコ族の女は一人前になる為に、一人旅を――うにゃっ!?」
今のところ鉄の盾で凌げているが、間髪いれずに小粒な石と木の矢が降り注がれている。
リウは体を震わし俺の後ろに隠れていたが、徐々に落ち着いて来たようだ。
俺に安心したようで素直に素性を明かしてくれた。
ねぐらで暮らしていたネコ族は中々に逞しいらしい。
◇
襲撃されてからどれくらいの時間が経ったのか。正体不明の攻撃はピタリと止んでいた。朝方の静けさを取り戻したと同時に、隠れていたリウは俺の前にぴょこんと飛び出す。
嬉しそうにネコ耳を倒して、そのまま俺にすりすりと寄って来た。
「お兄さん、お兄さん! お名前なんにぁ?」
「あ、そうだった。俺はエンジ・フェンダー。ログナという街で書記を生業としていたんだ」
「書記さん? 書記さんは何が出来るのにぁ?」
「文字をこの羊皮紙にこうやって、別の紙の文字を書き写すんだ」
「ふんふん?」
俺は持って来た羊皮紙を手にして、どう書くのかをリウに見せてあげた。
ネコ族の彼女がどの程度理解しているのか不明だ。だがきちんと聞いて覚えてくれそうなところは、とても嬉しく思えた。
「さっきの守り方は凄かったにぁ。あれも書記さんの力なのかにぁ?」
「いや、違うよ」
「ふみぅ……」
まだ何とも言えないし、確実だと言えない以上は否定しておくべきだろう。俺の答えを聞いて寂しそうにしているがこればかりは仕方が無い。
「ところで、いつも朝方に攻撃が?」
「あい! 敵はきっと早起きさんなのにぁ。でもでも、昼間と夜は忙しくて来ないことの方が多いにぅ」
敵はモンスターあるいは、冒険者だろうか。
いずれにしても用心をしなければ、ここで生活なんて出来やしないだろう。
ねぐらをよくよく眺めると、どこからか拾って来たような錆びた剣や大小様々な盾が、そこかしこに落ちている。人間が何とか暮らせそうな食料が所々に置かれているが、それもこの子が手に入れたものだろうか。
「……ここはログナの訓練拠点のはずなんだけど、リウはいつからここに?」
「人間がここから去って、いなくなった時からいたのにぁ」
訓練として使用していたのは少なくとも俺が学院に通っていた時だ。その後は拠点としてしばらく使っていたはずなのに、随分と寂れた感じがある。
「リウはここに長く暮らしているって言ったよね?」
「にぅにぅ!」
ネコ族とは滅多に接しないとはいえ、こんなにも愛らしいものなのか。
この子の反応がいちいち可愛いなんて。
「じゃあ、あの攻撃はいつから?」
「ふみゅ? 覚えていないにぁ」
「じゃあ襲って来るのは朝だけだね?」
「あい! それ以外は平和そのもので安心なのにぁ~」
襲って来る敵で考えられるのは、食料狙いの山賊かゴブリンくらい。とはいえ、分からないことを長く考えても始まらない。
まずはここで生活出来ることだけを優先的に考える――それしかなさそうだ。
「俺もここで生活したいというか、眠っていたいんだけどいいかな?」
「リウは狩人見習いにぁ。強くも無ければ守れないですけど、書記さんがいてくれるなら心強いのにぁ」
ネコ族の狩人見習いだったか。見た感じまだまだ小さな女の子のようでもあるし、俺が助けないと駄目そうだ。
「リウがいてくれてありがたいよ! 俺も見習いなんだ。これからよろしく頼むよ!」
「エンジさま、よろしくお願いするですにぁ!」
「い、いや、さまは付けないでいいよ」
「命の恩人さま! ぜひぜひ、そう呼ばせて欲しいにぁ~」
思わぬ場所で思わぬ味方を得ることが出来た。
内心ではログナを追い出されてどうすればいいのか不安だった。
しかし人懐っこいネコ族がいたのは俺の心まで助けられた気がしてならない。夜遅くにここまでたどり着いただけで、まだここの全体的な広さまでは把握することが出来なかった。
明るい内なら周りも確認出来るし、何が出来るのかを試すことが出来るかもしれない。
「拠点……じゃなくて、ねぐらの奥を見てもいいかな?」
「もちろんにぁ! 片づけをしていなくて、奥の奥はモノが散らかり放題にぁ……でもでも、奥の奥のもっと奥には明かりが無くて~ふにぅ」
「突き当たりまでは進んでいないんだね? それじゃあ松明を持って一緒に行ってみようか?」
「駄目にぁ! リウは火が怖いですにぁ……」
さっきまではしゃいでいたリウは、途端に元気を無くしてしまった。火が怖いということは、松明があることも気付いていないのだろうか。
「そういうことなら心配いらないよ。リウは俺の後ろから付いて来てくれるだけでいいよ!」
「あい!」
考えてみれば昼間に狩りをして、夜は眠るだけの生活。それだけだと松明が灯りとして役立つことにも気づかないままになるか。
俺は岩肌に備え付けられていた松明を手にする。するとどういうことか、全身に何らかの力が注がれたような気がした。
――その直後のことだ。
突然自分の全身が明るく光り始め、頭の中には【耐久性F】といった文字が浮かび始めた。
「にぁにぁ!? エンジさまが光っているうぅ~!」
「――な!? 何だこれ? この明るさは……松明?」
「これならエンジさまのお傍を歩いているだけで進めるにぁ!」
明るさは松明程度とはいえ、外からの光が届かない岩窟の奥に進むには十分すぎる明るさだ。
鉄の盾もそうだったが、勇者の古代書を転写したことが関係していそうな気がする。見て触れたモノをコピーしているような、そんな気がしてならない。
自分自身の灯りを頼りに奥まで進む。
「とにかく行ける所まで行ってみよう」
「な、何か出て来ないですかにぁ……」
リウは耳をへたらせながら、俺の腕に完全にがっちりしがみついている。ここでリウの耳に触れたら、ネコ族の聴覚もコピーしてしまうのだろうか。
さすがにそれは試せないが触れたモノをコピー出来るのだとしたら、あれもこれもと試してみたくて仕方が無くなるだろう。
「にぁっ! エンジさま、向こう側の方が明るいにぁ!」
「あっ、待って! 何があるか分からないのに、進むのは――」
てっきり行き止まりかと思っていた。しかし仮に外に出られるとしたら、ログナのどこかと繋がっているのだろうか。
「エンジさま、来て来て~~! お花がたくさん~」
「花? ログナにそんな場所があったかな?」
真っ先に進んでしまったリウの元へ急ぐと、彼女の言うとおり地面いっぱいに色とりどりの花が広がっていた。
彼女は少し離れた所にいて嬉しそうに走り回っている。
ここは国外なのだろうか。一面花だらけの先は靄のようなものが立ち込めていて、先に何があるのか見ることが出来ない。
「エンジさま~~! ここのお花から、とってもいい香りが――はにぁ? な、何だか身動きが取れなく……」
「リウ! 今行く!!」
もしや痺れ草が紛れ込んでいたのだろうか。リウの傍にたどり着くと、彼女はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。どうやら痺れ草ではなく眠り草だったようだ。
「リウ! リウ!! 起きて、起きないと駄目だよ!」
「むにぁ~……」
言葉だけでは起きないようなので、彼女に触れて起こすしか無い。触れたからといって、彼女の能力をコピー出来るとは限らないしやるしかないだろう。
触れるのに戸惑うが、彼女の体を揺らせて起こすことにした。
「リウ、起きて!」と言いながら、彼女の背中辺りを揺さぶりながら起こす。人というかネコに触れても、内在する能力をコピーするとかはさすがに出来ないのだろうか。
――それとも転写スキルにも何かしらの制限が……。
「ふぁぁ~……あれ? エンジさま、ここはどこ~?」
「花畑……かな。リウが触れた花はどれかな?」
「それならこれにぁ! 気を付けないと、また眠くなってしまうにぁ……」
「はは、それなら大丈夫」
リウに言いながら俺が眠ってしまっては説得力も無くなってしまう。触ってみないことには確かめられないので、眠り草に触れてみることにした。
「――うっ?」
「エ、エンジさま!? 気をしっかり~眠ったら駄目にぁ~」
眠り草に触れると一瞬眠くなりかけたものの、すぐに耐性が付いたのか眠くなることはなかった。
そして頭の中に浮かんで来たのは、【耐性A】というイメージだった。もしかして俺がリウに触れたら、彼女は眠ってしまうのでは。
「エンジさま?」
「リウ、ありがとう」
思わずリウの手を取ってお礼をしてしまった。
「にぁにぁ!? ふにぁ~……何だか気持ち良すぎて眠く……」
やはり眠り草の特性をコピーしている。この先の場所を確かめるのは後にして、まずは岩窟の中にあるモノを全て確かめてみよう。