29.書記、機巧の国に招待される
「変にぁ変にぁ~~」
「リウ、サーチは出来た?」
「全然出来ないのにぁ……ふみゅぅぅ」
俺たちは乗り捨て馬車の様子を窺っていた。そこに突如として石や木片が。
――幸いにして体を張って何とかリウを守ることが出来た。
そのままリウの盾となり、彼女には範囲サーチをしてもらっている。リウのスキルである範囲サーチは、俺との共有スキルだ。
リウよりもさらに範囲を広げてサーチ出来るわけだが、素早さで優るリウに任せていた。それなのに襲われた者の感知が出来ないのはどういうことなのか。
「人じゃないのは確かだろうけど、こんなに正確に遠隔攻撃が出来るなんて、知性の高い獣人なのかな?」
「むむぅ……気配が無いにぁ~」
獣人、人間。いずれにせよ敵意があれば僅かながらの気配があるはず。気配無き敵は、俺の防御に気付いたのか、矛先を変えて今はリウに向けて攻撃している。
そこに――
馬車の様子を見に行っていたレッテが戻って来た。
「ヌシさま、ヌシさま! 敵は獣人じゃないのです」
「じゃ、人間?」
「人間でも無いのです。気配が無く、それでいて正確無比に遠隔攻撃をして来る辺り、もしかすると……」
「レッテには心当たりが?」
「ヌシさまのお力は魔法がメインかと存じますが、心当たりの敵だとすれば魔法は効かない相手かもしれません」
レッテに言われて気づかされるが、俺の強さの大半は魔法によるもの。もちろん物理的な攻撃が出来ないわけでは無い。
しかし物理攻撃で対するとなればザーリンの狙い通り、リウやレッテのような獣人が傍にいなくては、何も出来なかった可能性があった。
「――んっ? 攻撃が止まった……?」
「きっとあの国からの使いが現れるですよ~」
「ど、どこの?」
「ふにぁ……さっぱり分からないにぁ」
「ネコに分かるものか。ヌシさまに守られるだけのネコが!」
「むぅぅぅ!!」
リウのスキルにもかからないという時点で、俺でも分からなかっただろう。またしてもリウとレッテの口喧嘩が始まりそうなので、俺自身もサーチ。
馬車の馬は体温熱があり熱感知を捉えることが出来た。だが遠隔攻撃をして来たらしき相手だけが見えて来ない。
ルナリア王国からそんなに離れたわけでもない道で足止めを喰らう。思ってもみなかったことだ。
「ヌシさま! レッテは今から咆哮をあげますよー! 耳を塞いでお待ちくださーい」
「えっ?」
レッテはすでに素を露わにしていることに気付いた。狼族のイメージとかけ離れたほどの気安さが、彼女にはあるみたいだ。
レッテは口いっぱいに息を大きく吸い込んでいる。
「リウ、耳をたたんで思いきり塞いで!」
「にぅ?」
「ガァァァァァッァァァーー!!」
レッテは狼族で間違いがない。
……そう認めてしまうほどの咆哮があげられた。
周辺の虫や生物すらも息をひそめ、存在を隠すくらいの衝撃が起こった。
「ふにぅぅぅぅぅ……な、何なのにぁ」
「これが狼族のスキルか」
【レッテ 狼族 族長の娘 物理攻撃S 物理耐性A 知性A 魔法なし】
【固有スキル咆哮 一途な相手にとことん甘える】
彼女に触れたわけでは無かったが、咆哮を目の当たりにしたことで自然とコピーが出来ていた。
(族長の娘ってどういうことだ? それにしても魔法の類は一切ないというのも潔い)
「ヌシさま! 敵が会いたがっていますよー! これすなわち、招待なのです」
「え、誰?」
「レッテの咆哮で遠隔攻撃をして来たモノたちは、一斉に引いたですよー」
「そうなんだ。それで、敵はどこにいるのかな?」
「ではではっ! ご一緒に参りましょー! レッツ、レッツー機巧の国へ~」
咆哮をあげた同一の狼とは思えない程、レッテはすっかりとくだけている。機巧の国……つまりは、機械仕掛けの存在だけで成り立つ国があるらしい。
「レッテはその国を知っていたの?」
「ルナリア王国にほど近い国は、知っているのです!」
「ありがとう、助かるよ」
「後で、後でー耳に触れてくださーい! 嬉しい、嬉しいのですよー」
「は、ははは……」
懐いた狼は一途に甘える――そういうことか。
リウを気にして見ると、咆哮に若干の怯えをしたらしく両耳を手で押さえながら俺の傍から離れようとしない。
「リウ?」
「ふみぅ……狼は苦手にぁ。エンジさまはリウが必要無いのかにぁ?」
「そんなはずはないよ。リウと会って、今があるからね。ずっと傍にいてくれたら助かるよ」
「にぁうん!」
そう言いつつ、俺とリウは間近に迫って来る機械仕掛けの家々にひたすら驚くばかり。
タルブックのような湖上国家も変わっていたが、機巧の国というのもレッテがいなければ訪れることなんて無かったに違いない。
賢者ではなく書記の俺を招待する。
あの攻撃は何かの意思を伝える為だったのだろうか。
魔法の類は無さそうだが、応用技術をコピー出来れば……。
そうすれば魔法に編集出来るかもしれない。
……攻撃による招待は俺にとっては、魔法の段階をまた一つ上げるチャンスに思えた。
「ヨウコソ、機巧国……メカニークへ――」




