27.書記、賢者に勝負を仕掛ける 後編
絶対防御のスキルはレシス本人からコピー。その甲斐あってか、敵の強さに関係なく防いでくれている。
「全く濡れていないというのは、どういうカラクリだ? 手加減をしたにしてもお前の身体には何らかの影響が現れるはず……」
「いやぁ、俺は書記なので水に耐性がありまして。書物が濡れるのは人一倍敏感なのでそのせいもあるんじゃないかと」
「そ、そうだろうな。そう思ってわざと水魔法にしたんだ」
「さすが賢者! お優しいですね」
耐性なんてものはもちろん無い。要はすでにコピー済みというだけという話。コピーした魔法よりも弱い魔法を喰らったところで、身体には何も及ぼされない。
この手の相手には下手に出る方がいいことも学んでいる。
「火の魔法でも風でも氷でも何でも使えそうですけど、得意な属性がありましたらじゃんじゃんお願いします!」
「……お前分かっているのか? これは互いの獣を賭けた戦いなのだぞ! いくら魔法がほとんど使えないからといって、受けるだけではあまりに分が悪すぎるではないか!」
「俺はリウを渡す約束なんてしていませんよ?」
「それこそ戯れ言に過ぎない。つけあがる前に、特別に俺の力を見せてやろう!」
単に出し渋っているのか、それとも体裁を繕っているだけなのか。言葉ばかりを並べて来るのはさすがに面倒くさい相手だ。
「……ふぅ。アースキンさん、これをどうぞ」
「ん?」
少しばかりじれったくなってしまったので、麻痺魔法パラリシスを軽く放ってみた。
「ぬあっ!? な、何だ……手、手が痺れているのか?」
「麻痺魔法です。書記は長い時間同じ場所にいることが多いので、麻痺魔法を使えるんですよ」
「ほ、ほう? そうなのだな」
嘘であるともあながち言えないが賢者というだけあって、動けなくなるほど効いているわけでもなさそうだ。
勇者の仲間たちにはそれなりに効きめがあった。しかし持続時間も長く使い勝手が悪いことを考えれば、魔法スキルを上げないと駄目かもしれない。
「麻痺が使える書記か。それならば、俺も上位魔法を使わねばならないな」
ようやく本気を出してくれるみたいだ。
「――ガーネットに封じられし焔! ファイアーストーム!!」
「うっ?」
「書記に放つには酷だったが、書物を手にしているでも無いだろう? 高熱の暴風を受けきれるか!!」
勿体ぶっていたのかようやく賢者は火の攻撃魔法を放ってくれた。
これを一身に浴びれば――
「あ、ああぁぁ……」
「水魔法を展開して火傷程度にまで抑えてみろ! そうでなければその身は持たないぞ!!」
【ファイアーストーム 炎属性ランクA 対象を火傷以上にする 持続時間は短い】
(これをコピーして編集……は、後にするとして火花に上書き完了っと)
「なかなかいい魔法持っているじゃないですか。少しだけ熱かったです」
「き、効いていないのか? もしやこれも耐性を……?」
「そうですね。書記にとって水も火も使われるわけにはいかなくて、耐性をかなり上げていたんですよ」
「そ、そうだったのか……く、何てこと」
何もコピーをしていなかった以前の俺なら、恐らく賢者が放った魔法に太刀打ち出来なかったはず。確実に言えるのは、賢者はそこそこの実力があるということだ。
一人だけでこれだけの魔力と魔法を放てるのだとすれば、仲間を求める必要は無いのかも。
「まさか耐性を備えていたとはな。……落ちこぼれと言ってすまなかったな。エンジ、許してくれ」
アースキンはそう言うと握手を求めて来た。全然手の内を見せてくれないどころか、耐性があると知っただけで認めるとは。その辺りは勇者とは違うらしい。
「いえ、こちらこそ……う?」
「ふ、はははは! 書記は人を疑うことを知らぬようだな。手を介して、毒をなすことも可能だ!」
【ジェリー・アースキン 賢者】
【物理攻撃B 魔法攻撃B 物理耐性C 魔法耐性B 賢者の法衣ランクB】
【属性石の力を借りて攻撃が出来る 口数が多く人を欺くことが出来ない 獣好き】
賢者の方からパラメータを与えてくれるとは。
世界のどこかに賢者が何人いるのか分からない。しかし彼はそんなに強くないような。
どちらかというと装飾品からの恩恵が強い。
獣好きなのは分かったからこれはどうでもいいとして。魔法が込められた石を介するスキルだけは、何かに転用出来そう。
「うわはははは! どうだ、毒魔法など初めて感じ……」
「え? 今何かしているんですか?」
「バ、バカな!? ……まさか毒も耐性を?」
見事に嵌ってくれた。
賢さはあっても、案外間の抜けた性格をしているかもしれない。
「賢者も暗黒系統を使えるんですね。でも、俺に毒は通用しないです」
「くぅっ! 書記にしてやられるなんて!! な、何でここまでの差が生まれているというのか……」
「アースキンは一度覚えた魔法を鍛えたりしないんですか?」
「何? 魔法を鍛えるだと? 魔法とはそんなに便利に出来ていないモノだ。覚えたらそれきりだが、俺は属性石を介することが出来るからやりようによっては……」
魔力も魔法も石に封じておけば、攻撃に特化しない術者でも使えそうだ。
「あ、忘れてた。アースキンさん、俺からもお返ししますよ」
せっかく毒を放ってくれたので、賢者にもあげることにした。
「……ん? んあっ!? ほ、法衣が……や、やめてくれ!! 頼む! 俺はこれだけで体裁を」
「その石はどこで手に入りますか?」
「そ、それならば、ゲンマという城塞都市を目指してみるといい。とにかく毒を止めてくれ!!」
「それと一つお願いが……」
「き、聞こう」
勇者ラフナンと違い、俺との力の差を感じたアースキン。
素直に応じてくれた。
もっと放てそうな攻撃魔法がありそうだったが魔力量に差があったことに気付き、毒で欺くつもりがあったらしい。
「――なるほど。では、タルブック魔法兵の誤解を解けばいいのだな?」
「お願いします」
「いいだろう。これも勝負事だ。それから、約束通りに狼族をエンジに預けることにする」
リウを賭けたつもりも無く、彼の脇を固める狼たちをどうこうしようという気は一切無かった。それなのに、何故こうも律儀なのか。
「すでにお気に入りのネコ族と旅しているのは分かるが、狼族もネコ族に劣らず従順だ。特に、ここの戦いを見た狼はな」
「で、でも、そんなつもりは……」
両脇を固めていた狼族。
――ではなく、訓練場の戦いを見に来ていた狼族の中から特に望みの強い狼を預けられることになってしまった。
「言葉は通じるんですよね?」
「当然だ。だが、彼女らは特定の者にしか心を開かない。エンジが預かる狼も外に出さえすれば口を開くだろう」
魔法戦で見ていたのは賢者が引き連れていた狼族だけ。リウには飛び火にならないように自由時間を与えていた。
リウは火に怯えを感じることがあっただけに見学はさせていない。心配するような魔法戦にはならなかったが、火の上位魔法に変化させ、属性石のことが聞けたのは収穫だった。
それにしてもネコ族と狼族か。
喧嘩しないことを祈るしか無さそうだ……。




