19.書記、新たな敵と遭遇する 1
一人で動けることをいいことに、まず来たのはタルブックの図書館だ。
「――ログナより、ここの国の方がしっかりしていますね」
「どの辺がそう思われるのですか?」
「湖上に都市が浮いているなんて、山の人間からしたら信じられないですよ」
「……ふむ、なるほど。ここの書庫には我が国の歴史がございますので、存分に……」
――とまぁ、ザーリンに言われた通り目に飛び込む建物や書物には、必ず触れる様にしていて今に至る。おかげで図書館そのもののイメージを見ることが出来ず、書物を読むしか出来なかった。
建物からコピー出来るものは限られる。とはいえ、初めて来た場所のモノは全て手に入れてみたいと思うのは間違いじゃないはず。
どういうわけか書物に手を触れさせない様になっている。これはどうしてなのか。
「どうかしましたか?」
「……何故ここまで守っているのかなと思いまして」
「あぁ、カバーのことですか? 旅の者には不思議に見えるかと思いますが、我が国は外敵……たとえそれが他国の客人であっても油断はしておりません。水に守られているとはいえ、逃げ場が無いも同然ですから」
外敵扱いをされるとは思わなかった。
そもそも書記だからって、いつも転写するとは限らないのに何故ここまで言われるのか。
「そうですか。俺は書記なんですが、それでも触れては駄目ですか?」
「書記……? なおさらご容赦ください。あなた様の目で見て、記憶の片隅にでも一時的に置いてくださればよいかと」
「……分かりました」
どんなに強固なカバーで書物を守っていても、人の手でかけられたカバーには僅かな隙間がある。俺はそれを見逃さなかった。
――ということで。
【タルブックヒストリー 魔法耐性A 場所固定 移動不可 権限者のみ編集可】
(何だこれ? 何で魔法耐性が付いているんだ。場所の移動が出来ないのは何となく分かるけど、ここまで守るものなのか)
コピー出来なくも無いがこんな所で目を付けられても仕方が無いので、見るだけに留めた。しかしきっちり書物を読み漁ったので、図書館を後にしてこの国のギルドに立ち寄ることにする。
《警戒中につき、国民以外立ち入り禁止!》
図書館を出ると目の前には、警告文が張られていた。
何故こんなことになっているというのか。
「そこの者! そこで何をしている? 我が国は現在警戒レベルが上がっている最中だ!」
「え?」
「何者の仕業か分からぬが、命の水である湖が腐食して涸れてしまったのでな。このままでは外敵が侵入し放題である。すでに入られていることも否定出来ぬ」
新たな敵……まさかこの国のことでは。しかも気のせいか、俺を見る兵や道行く人たちの視線が訝し気だ。もしかしてすでに怪しまれているのか。
「少なくとも湖が回復しなければ警戒を解くことは出来ない。旅の者には不便を強いることになるが、ご理解頂こう」
「分かりました……」
ギルドらしき建物の前に立っている二人組。
そこからかなりの威圧を感じる。
何もコピー出来ていないが、とりあえず宿に行くしかなさそうだ。
「……サラン、あの男を見張れ。畏怖の気配を感じる」
「はっ! 直ちに」
「何かおかしなことがあれば、ホールドを放て!」
「御意」
何の成果も得られないままギルドを離れて宿に向かっていると、明らかに尾けられているのに気付く。しかし何もコピーしていないし、気にしないで宿に入ることにした。
「あっ! お帰りなさいませにぁ~!」
「エンジさんも観光を楽しまれていたのですね」
「そ、そんなとこかな、うん」
リウもレシスも何事も無い感じで話しかけて来た。ということは、彼女らは警戒対象じゃないみたいだ。二人とは対照的に、不機嫌そうなザーリンが耳打ちして来る。
「……何もコピー出来ていないのは何故?」
外の状況に関わらず容赦がない。
「実は見張られてて……」
「それが?」
「いや、だから……」
どんな厳しくてもコピーはして来いということらしい。
厳しさが半端ないな。
「分かりきったこと。フェンダーはこれから先々で敵が出来る。ここは始まりに過ぎない。何を恐れているのか」
「下手に触れようとしたら、取り囲まれそうだったから……だから」
「それならシェラを連れてもう一度ギルドへ。あの女にコピーを知られるのは仕方のないこと。それならいっそのこと、あの杖も支配すべき」
何かも全てお見通しだったようでザーリンは驚きもしなかった。まだまだ未熟なコピースキルなのに、多勢に無勢状態になるのは避けたい。
「早く。ここにも見張りは来るのだから、あなたとシェラで防衛を下げればいい」
「そういうことなら」
レシスの絶対防御をコピーしたとはいえ、兵に囲まれた時は対処出来るのか不明だ。
「レシス。これからギルドに向かうんだけど、君もいいかな?」
「はい。私も行ってみたいと思っていたところなんです! 是非是非!!」
国内の警戒状況をまるで知らないのか、レシスは嬉しそうに駆け寄って来た。
「初めてなんです!」
「うん?」
「こうして何の危険も感じずに街を歩くことが……です」
ヤバいくらい危険な目に遭わせそうで謝りたい。
「エンジさん、私を加えて頂いてありがとうございます!」
「ま、まぁ……勇者より頼りにならないかもだけどね」
「そんなことないですっ!」
この子は純粋に信じているだけで、疑うことを知らないだけなのかも。
「ここはログナとは違う賑やかさがありますよね!」
「確かにね」
「あっ! 宿に入る前に、テントだらけの通りを見つけたんです。色々売ってるかもしれません。行ってみませんか?」
そういうところは抜け目がないらしい。
「そうしようか」
「そこの角を曲がって行けば、通りに出られるはずですっ!」
「どれどれ……」
レシスが指差した角の壁に手をかけた時、不測なことが起きた。自分の手は即座に弾き返され、レシスの杖が反応して光ってしまった。
「きゃぁっ!? えっ……な、何?」
「な、何だ? 防御壁?」
「ど、どうして、エンジさんに反応したんでしょうか?」
「何でだろうね……」
弾かれたものの、すぐにイメージが浮かんで来た。
【タルブックの壁 物理耐性S 魔法耐性A オリジナル絶対防御により破壊可能 コピー不可】
さすがに壁をコピーするつもりは無い。
しかしここにも耐性が施されていたようだ。
「害為す敵め! そこを動くな!!」




