176.ログナの支配者
「お、終わったにぁ?」
闇と闇光の戦いがようやく終わった。
周辺を巻き込んでいた黒い影は一斉に消え、辺りは一瞬の静寂が訪れる。
そのタイミングを見計らっていたかのように、ネコ耳をへたらせた彼女が心配そうに近付いて来た。
「終わったよ、リウ!」
「にぅぅぅ!! エンジさま、さすがにぁぁ! リウはエンジさまをずっとずっと信じていたにぅ!」
「ありがとう! リウと出会っていなければ、俺は追放されて逃げ出しただけのただの書記に過ぎなかったよ。君が一所懸命にそばにいてくれたからだよ!」
ログナを追放され山あいの山砦跡に逃げていなければ、どうなっていたか分からない。コピーの能力に目覚め、支えてくれたのもリウが世話をしてくれたからだ。
「にぁっ! エンジさまは努力したからなのにぁ! リウだけの力じゃないにぅ」
謙遜しているが、リウの耳はいつも以上にぴんと立っている。
(これは存分になでなでしてやらないと)
そう思いながらコピーで作り出し、すでに見まがうことなく馴染んだ腕を伸ばそうとすると、腕の動きを止めるくらいの歓声が沸き上がった。
「にぁにぁっ!? なんにぁ?」
立っていたネコ耳が途端にへたれていくくらい、俺たちの周りには大勢の人たちで埋め尽くされていた。
上がって来る声のほとんどが、「町の救世主です!」「最強の魔法士様のおかげで助かりました」とか、「あなたがくれた光の石を町の名物にします」といった感嘆の声ばかりだ。
これにはさすがに顔を真っ赤にして、何も言えずに照れるだけだった。すでにログナと俺の自治国であるフェルゼンを支配しているとはいえ、ここまでもてはやされるのは恥ずかしすぎる。
「は、はは……ど、どうも」
ブリグとゲレイド新国。
そのどちらも救ったことに違いは無いものの、英雄になったつもりは無い。
――とはいえ、あのサラン・ミオートなる存在を失くしたことはそれほどまでのことだったということになる。魔法をコピーしまくり、どれくらいの魔法を極めたのかは不明ではあるが、人々から褒められるほど嬉しいものは無い。
これでようやく――
「ヌシさま。ようやく帰ることが出来るでーす!!」
「わたくし……アルジさまになら、いつでもどこでもこの身を捧げてもよろしいですわっ!!」
「ああぁ~ずるいですよっ!!! 私のエンジさんに抱きついては駄目じゃないですか~!」
いっぺんに襲い掛かられ――では無く、仲間であり味方でもある彼女たちに抱きつかれて、ようやく長かった旅が終わろうとしている。
リウはその光景を微笑みと尻尾ふりふりで表していて、凄く嬉しそうだ。
「じゃあみんな、帰ろうか」
抱きつかれたままではあるが近くの花を探そうと左右を見回すと、そこにはさっきまでいた大勢の人たちの姿が消えていた。
そうかと思えば、ひっついていた彼女たちもいつの間にか俺から離れている。
「――えっ? な、何だ!?」
「エンジ・フェンダー。よく頑張った……りましたね。長きにわたり、妖精を苦しめて来た存在は永遠に閉ざされた……ました。後は自分が作った国に戻り、最強の冒険者を目指して……」
「き、君は……もしかして、ザーリン――っ!」
「わたしの役目はもう終わり。フェンダーはネコたちと機械と、獣好きの賢者と仲良くする……していいよ。じゃあね、フェンダー」
聞こえて来た声は、確かにフェアリーのザーリンだった。
リウ以上に俺を導き、道を示して来た妖精の彼女が、どうして今さら別れを告げたというのか。
――分からない。
戦いは終わったのに何だか寂しいような、そんな気持ちになりながら俺は眠った。
「起きてにぁ、起きてにぁ~! エンジさま、大変にぁぁ!!」
次に聞こえて来たのは耳元で騒ぐリウの声だった。
しかも目元をざらざらとした舌で舐められているような、そんな感触をさせながらだ。
「んなっ!? んえええ? リ、リウ!?」
「エンジさま、ずっと泣いていたにぁ……リウに出来ることはそれくらいしか無いにぅ」
「そ、そっか。えっと、何が大変なの?」
「こっちにぁ、こっちにぁぁぁぁ!!!」
どれくらい眠っていたのか分からないが、どうやら俺は自分の国に帰って来たようだ。あの声、ザーリンが移動させてくれたとしたら、一瞬でフェルゼンに飛ばされたことになる。
慌てるリウに手を引っ張られながら宿らしき廊下を駆けて行くと、そこには代わり映えのしない光景があった。
何故か料理を運んで転んでお客さんに怒られるレシスや、男の客を誘惑するルールイ。そして獣人や機械人形たちと賭け事を楽しむレッテなど。
この宿は、かつて俺が生計を立てていた始まりの宿に似ている――
「――って……ええぇぇぇ!? あれっ? ここって……」
焦りながらも俺の真横でぴょんぴょんと跳ねているリウが可愛い。では無く、リウだけは特に変わらず俺の傍を離れずにいる。
まさかと思うがこれは何かの幻なのだろうか。
「幻じゃないにぁ! ザーリンがいなくなっちゃったと思っていたら、リウたちが暮らしていた山砦が無くなっていたにぁ!!! そうかと思えば、みんなログナにいて何気なく暮らしていたにぅ」
「ええ? フェルゼン……かつてのアルクスが消えた!?」
「にぅぅ」
「ザーリンがまさか……妖精の気まぐれ? いや、でも……」
レシスたちの動きや表情を見ても、幻でも無ければ夢でも無さそうだ。
そうなるとこれは――
「エンジさま。リウ、エンジさまに撫でてもらいたいにぅ。いいかにぁ?」
「そ、そうだね。まだ撫でていなかったし、なでなでしてあげるからね」
「ふみぅ」
よく分からない状況ではあるものの、しばらく撫でていなかったリウの頭を思いきり撫でた。
「にぅぅ~、エンジさま大好きにぁ! 人間は好きじゃないけどエンジさまとなら、リウ頑張るにぅ!」
リウをなでなでしたのが合図だったかのように、景色が目まぐるしく変わって行く。
そして次に見えて来たのは、紛れも無いログナの王の間だった。
「あれ……?」
リウは俺の傍を離れずにいて、両脇にはルールイとレッテ、そしてレシスの姿があった。
俺は何故か固い椅子に座っていて、目の前には見知った顔が勢揃いしている。
「ログナの王、エンジよ! 闇を倒した英雄よ。そなたはログナの支配者と相成った。ここに集うは、みな、そなたに救われた者たちばかり! われらは、フェアリーの遺志に従いログナの王としてお前を認めるものである!」
勢揃いしている中には、人間とは相容れない種族も見えている。
ザーリンがいなくなったことで山砦が消えて、ログナが俺の本当の国になったということなのか。
「い、いや、そんな改まらなくても……アースキンはこれまでどおりに過ごしてくれればそれでいいよ」
「うむ! 王となったとて、エンジは変わらぬな! 俺もお前に負けずに獣を愛するとしよう!」
「…………一緒にしなくていいから」
獣好きな変態賢者はさておき、どうやら夢でも幻でも無い状況だ。
凛々しく立っているレシスや、レッテ、ルールイたちは我慢出来ずに今にも飛び掛かって来そう。
しかし彼女たちの表情からは嬉しさが溢れ出していて、俺の方から抱きしめたくなる。
彼女たちにも感謝が遅れたが、まずはレシスから呼ぶことにしよう。
そして俺の意思を伝えて、それから――




