167.悪そのもの、ただ一人
サランは、俺の腕を奪ったことで力を半減させたと思っている。
そうでなければ、わざわざゲレイド新国で出迎えることも無かったはずだ。
自らの強さに相当な自信を持つ相手である以上、魔法に対抗する力を有しているのは間違いない。
「ククク、どうした魔法士。オレを……ワタシを殺さないのか? それとも、周りにいる者どもに怪我を負わせたくないという優しさがあるのか?」
言動があやふやになりつつあるが、そもそも普通の人間では無いということだろうか。
すぐに攻撃を仕掛けるのは容易い。だが内面の何かを引き出すのが先だ。
「サラン・ミオート……お前は何者だ? タルブックにいたお前は普通の女兵士だったはず。何故こうも変われる?」
「フフフフ……女? 男――ククク、人間はくだらないことを気にする。あの勇者もそうだった……だからこそ、操りやすかったわけだが」
「何者でもない……そうか、魔物だったか」
言葉遣いだけで判断して油断したのは、自分のミスだった。
もっとも寺院での油断は彼女たちも同じではあったが。
勇者だったラフナンは、色仕掛けにまんまとハマってしまった。
それもこれもサランという存在が"女"という姿を利用したからに他ならない。
「ククク、魔物? 違うな……ワタシは闇から生まれた存在そのもの。お前たち人間が言う悪といったところだ。悪がいないこの世界にただ一人の存在さ……」
「――闇から来た悪か。なるほど……」
こうして向かい合っているだけでも、サランからは途切れの無い禍々しさがある。
だからといって恐ろしい強さを感じるものでもないが、嫌な気配が常に漂う感じだ。
「腕の消失、国への侵攻……数え切れないほどの悪さが憎いか? 魔法士」
「別にそれだけで追って来たわけじゃない。招待したのはあんたの方だからな」
サランと対峙している間、新国の者たちの攻撃態勢はまるで崩れない。
話をするしないにかかわらず、気を張っていなければすぐにでも襲い掛かって来そうだ。
「――クク、周りが気になるか? それともお前の目は節穴かな?」
「何……?」
「魔法士というくらいだ、相手の魔力の流れくらい見破ることが出来ると思っていたのだがな。そこまでじゃなかったとすれば、ワタシの見誤りかしら? フフ……」
出来れば町の人たちには傷をつけずに退けさせたい――そう思いながら気を付けていた。
だがサランの言うように複数の魔力の流れを探ると、全て虚無であることが判明する。
「人間じゃない……のか。この国の人たちはどうした!?」
「ククク、ご名答。これらと町に立っているあれらは、全て人形に過ぎない。この国……新国の人間か。その答えを詳しく聞きたいか?」
「……そうだ。どこへやったんだ?」
期待の出来ない答えではあった。
しかしサランは、鏡のようなものを俺に見せて来た。
「鏡の中は闇の世界。ククク、どうあがこうと出られないのさ……オレを消さないかぎりな! ククク、ハハハッ!! お前も闇の中へ堕ちろ! 《ディプラヴィティ》」
覗き込んだ俺を吸収するつもりがあったのか、サランの鏡から幾重にも連なった影の根が眼前に迫っている。
「――!」
鏡の中に突入して救い出すのも手だと思っていた――
――そう思っていたが、寸での所で俺の体は空に浮いていたようだ。
「全く、お一人で突っ込もうとするなんて、アルジさまの悪い癖ですわよ?」
「ルールイ!?」
「油断はしたくないとおっしゃっていたではありませんか。さっきの行動は、アルジさまらしくありませんわ!」
「ご、ごめん。でも何とかなるかなって……」
「駄目に決まっていますわっっ!! アルジさまもろとも破壊する娘が下に見えますのよ?」
上空から真下を眺めると、そこには人形たちを吹き飛ばしながら走って来るレシスの姿が見える。
確かにルールイの言うとおりだった。
レシスの暴走は今に始まったことじゃないが、無関係に破壊しそうで怖い。
「ぜぇはぁぜぇはぁ……あれぇ? エンジさんはどこですか~?」
「ここにはいないにぁ」
「ヌシさまなら上だ、ネコ」
「分かっているにぅ!!」
どうやらみんなこの場に揃ったようだ。
うっかり一人で突っ込むつもりだったが、やけになったと思われても無理はなかったか。
「アルジさま。あの人形たちは、わたくしたちが相手をしますわ。あなたさまはあの存在を綺麗に消してくださいませ! 消してくださったあかつきにはイイコトを期待しますわ!!」
「は、ははは……期待しててもらおうかな」
「――っ!! それでは、勢いよく降下致しますわよっ!」
「うん、行こう!」




