143.レシスの眼差しとケモ耳の誘惑
「にぁっ!! このぉっ! そっちに行ったにぁ~」
「ネコに言われなくても分かってる!! ガウゥッ!」
俺たちはルールイが戻って来るのを、大人しく待っていた――のだったが、それは無理な話だった。
眼前に見えている魔物に怯えるはずも無く、むしろうずうずして仕方が無い彼女たちがいるからだ。
リウたちは、魔物と戦いたくて何度も俺を見つめて来た。
しかも彼女たちは顔を間近に近づけてお願いをして来たので、叱ることなど出来るはずもなく。
――そして現在、リウの猫耳とレッテの狼耳の動きに負けて、今に至る。
「じー……エンジさんって――」
「何か言いたそうに見つめて来たけど、俺に言いたいことでも?」
魔物と戦っているリウたちとは別に、俺の傍ではレシスが適当な所に腰掛けている。
レシスは回復士ということもあって、戦いの時には傷を負わない限り大人しく見ているだけの存在だ。
俺自身が敵と戦っている時なんかも、彼女は離れた所で待機する。
つまり今の状況は、非常に珍しい。
そういう意味で彼女からの真剣な眼差しを間近で感じられるのは、かなり久しぶりでもある。
「エンジさん、やっぱり獣好きだったんですね!」
「けもっ――!? やっぱりって何だよ!?」
思わずズッコケそうになった。
退屈を持て余すレシスが珍しく真剣な表情で見つめて来たかと思えば、やはりどこか抜けたことを言い放って来た。
「アースキンさんと気が合うのは、そういうことだったんだなぁと思いまして!」
アースキンは、俺の代わりに国を守る賢者だ。
彼が獣好きなのは周知の事実ではあるが、決して同類では無いと信じたい。
「……そんなことは無いから! んんっ! ところで、レシスも戦いたいかい?」
「ほえ? やだなぁ、エンジさん。私はこう見えても――」
「回復士なのは分かっているけど、君は”絶対防御”があった時は自ら戦いに参加していただろ?」
「えへへ……それほどでも無いですよぉ~」
決して褒めてないんだが、これもレシスの徳というやつか。
やはり何だかんだで、無敵状態だった時は自覚があったということらしい。
「まぁ、それはともかくとして、杖を失くしたままなのは何故?」
「杖があったら殴れる回復士になっちゃうじゃないですか!! そんなのは駄目ですよ!」
――なるほど。一応我慢はしているということなのか。
「殴るのは置いといて、魔法の杖があればそれに越したことはないし、後で作ろうか?」
「えっ!? エンジさんが私にプレゼントしてくれるんですか? そ、それって……」
「あぁ、君へのご褒美ってやつだ」
殴れる回復士は抜きにしても、魔法の杖は必要だと思っている。
上手く行けば属性石をその杖に装着して、もう一度レシス自身を強化出来るかもしれない。
「やったぁ、やったぁ! やりましたよぉぉ~!!」
すぐ隣でレシスが喜びのダンスをしているが、何にしても属性石を見つけることが優先だ。
◇◇
時間にして数時間くらい経っただろうか。
リウとレッテは目に見える魔物を倒しまくって、俺たちの元へ戻って来た。
疲れなどでは無いようで、二人とも俺の隣に座ってくっつきだした。
レシスは踊り疲れて、その場にへたり込んでいる。
「にぅ~! エンジさまに撫でられたいにぁ」
「レッテも、レッテもでーす!」
「む、むぅ……」
リウとレシスが両脇にいて、俺の目の前にはケモ耳がある。
これはつまり――。
どうやら彼女たちは、俺に耳を撫でられたいらしい。
俺にとってモフモフはご褒美以外の何物でもないのだが。
そんな彼女たちの耳にもう少しで手が届く――はずが、空振りに終わる。
「にぅ? エンジさま、何でやめちゃうのにぁ?」
「ヌシさま、遠慮はいらないでーす!」
誘惑に負けた俺は、モフるその手を寸前で止めた。
何故なら――。
「――全く、油断も隙もありませんわね!」
「にぁにぁっ!?」
「ガゥ……」
「ル、ルールイ!」
彼女が上の層から、不機嫌そうに降りて来たからだ。
「ただ今戻りましたわ、アルジさま」
「ああ、お帰り。デリオンのこと、ありがとう!」
「いいえ。そのことですけれど、ここは早く切り上げるべきだと思いますわ」
「えっ? 何で?」
単なる嫉妬では無く、地上で何かあったように見える。
「……その前に、わたくしにもご褒美をくださいませ」
「あ~……そ、そうだね」




