14.書記、話を聞いて仲間を得る
レシスは何かを決断したかのような重い表情を俺に見せている。
何か思い悩んでいるかのように。
彼女は以前から、勇者たちにあまりいい扱いをされている感じではなかった。今回俺に味方をしたことで見切りでもつけられたのかもしれない。
「ところで俺に話って何かな?」
「あのっ……わたし、エンジさんの支えとなりたいです!」
「は……い? さ、支えって、ど、どういう意味で?」
俺は間違いなくラフナンを懲らしめることに成功した。
間違いないが、レシスから見て違う感情を抱かせてしまった可能性がある。
今にも泣き出しそうなレシスの目を見ると、どう見ても子を想う親のような慈しみが。
(もしかしてこの子は、思い込みが激しいのでは?)
「そのままの意味ですっ! 書記は不遇な仕事と分かっていたのにギルドどころか国も追い出されてしまったエンジさん。このままだとエンジさんは獣に襲われ、手当ての甲斐も無く……きっと孤独のまま息絶えてしまうのではないかと不安で不安で」
やはり大げさに考えていたようだ。……というか、不遇な仕事と思われていたのか。
「ははは、そんな大げさな」
しかしすでに何かのスイッチでも入ってしまったのか、繰り出される言葉が止まらない。
「だからこそ回復士のわたしが書記のエンジさんを支えてあげる! それこそが、きっとわたしに示された道なんだと思うんです! ですからわたしのことは遠慮なく、レシスとお呼びください」
どこかでお礼がしたい……そう思いながらようやく出会えたレシス。
しかし彼女はどこかに必死めいたものが感じられる。
「じゃ、じゃあ、レシス」
「はいっ!」
「…………うん」
いい子なのは間違いない。そのはずなのに、どこか不安な感じがするのは気のせいだろうか。一所懸命に尽くすタイプで違いないのに。
「エンジさんの追放の原因なんですけど、ラフナンさんにあったって聞きました」
「ああ、でも古代書を勝手に書き写したのは事実だよ。追放されても仕方が無いことをしたんだ」
「その古代書のことなんですけど、ラフナンさん、あの書物を燃やしてしまったんです」
「へっ?」
うろ覚えの古代書を羊皮紙に書きなぐったことで、俺は能力に目覚めた。それこそ目の前に書物が無くてもだ。
それが燃やされたとなると……。
「エンジさんに見られた上、書き写された時点で価値が消えたから駄目だ! とかで近くにいた魔法士に燃やさせてました」
古代書のことではなく、最初から気に入らないことで俺を目の敵にしているだけか。心が狭すぎる……そんな人間ではいい仲間も自然と去っていきそうな。
「その書物って、勇者にとって燃やしてしまう程度の価値だったってことかな?」
「そっそんなはずないですっ!! 書記を少しでもかじったわたしから見ても、あの書物はとっても凄いものだったはずです!」
古代書の中身はすでに頭の中にあって、焦りも無く何も問題は無い。
――とはいえ、勇者らしからぬ動きだ。
「それなら彼は何故俺をあそこまで追い詰める? 古代書はともかくとして、ギルドの依頼でここまでムキになるものなのかな」
あそこまでしつこく追い回して来る勇者というのも異常だ。少なくとも勇者には常に仲間がいて、あれこれと忙しい存在。
それが書記だった俺に対し、いつまでもこだわるのはどうかしてる。
「ギルドの依頼は本当なのです。でも、依頼達成するまでログナ以外のギルドに行けないどころか再び旅に行くことを禁じられたらしくて、それで躍起になっているんだと思います」
(単なる逆恨みで、おまけに器が小さすぎる名ばかり勇者じゃないか)
古代書から得たコピーのことは、レシスには黙っていよう。この能力のことはザーリンが強く口止めをしている。それだけに大変なことになるかもしれない。
「そう言えばレシスは俺の仲間として行動したい。ということで合ってるかな?」
「ぜひぜひお願いします! 何でもします。何でも!! あっ、そ、そう言えば火傷していませんかっ? 書記なのにあんな無茶なことをして、駄目じゃないですかっ!!」
回復士の性だと言わんばかりに、勢いよく怒られてしまった。この姿がレシスの本当の姿なのかもしれない。
「ご、ごめん」
「と、とにかくわたしに手を差し出してください!」
「……こうかな?」
強引ではあるものの、言ってることは正しいので素直に手を差し出した。
「そのままジッとしていてくださいね」
そう言うとレシスは、背に装備していた光り輝くスタッフを取り出し、俺の手に向けてかざしてきた。
「それは?」
「し、静かにしてくださいね! 精神を落ち着かせないと、杖からの恩恵を受けられないんです!」
「は、はい」
レシスは回復士としてそれなりの実力者のはず。しかし仲間に対する扱いを見た限り、ラフナンには人を見る目が無かったのだろう。
彼女の姿を改めて観察すると分かるが、髪の色は赤みがかった明るめの茶色に対し、瞳の色は薄い青色。小柄な体型で可愛らしい感じだ。
回復魔法をかけることに集中しているのか、俺からの視線もまるで気付かないでいる。
ふとザーリンの方を見ると、目を閉じながら首を何度も左右に振って拒否反応を見せている。
同族は味方にするべきではないとは、レシスのことだったようだ。
――随分と魔法詠唱に時間がかかっている気がする。
「ま、まだかな? 準備が出来るまで手を下ろしてていいよね」
「駄目ですっ!!」
回復魔法を貰うような怪我も傷もない。
――のだが、ここは大人しく従うしかなさそうだ。
(もしかして、魔法発動に時間がかかるから勇者は彼女を引き連れなかった?)
そして待つこと数分後。
レシスは彼女自身にしか聞こえない程の小声で、魔法を唱え始めた。
彼女の声は小声であってもよく通る声をしていて、心地よく感じられる。
レシスが唱えた魔法によって俺の手を伝い、ようやく全身が光に包まれた。
「この光は?」
「セイアッドスタッフに封じられている光の力によるものなんです。そのまましばらくじっとしていてくださいね」
「魔法はレシスじゃなくて、その杖が?」
「お恥ずかしながら、わたしは回復士としての力よりも調べたりする能力の方が高くて……」
【セイアッド 光属性 回復効果 ただし使用者のスキルに依存 コピー完了】
レシスを介して唱えられた回復魔法を浴びるとイメージが浮かんだ。
光を浴びただけでコピー出来たのは成長したことになるだろう。次から杖本体と彼女に触れることでも、別な力を得られるということだろうか。
「ありがとう、レシス。だいぶ体が楽になったよ」
「それは良かったです! 魔法を唱えたのも久しぶり過ぎて不安でした」
そんな感じがしたのは間違いじゃなかった。
体は何ともなかったし、コピーのチャンスをもらったとしか思えない。
「杖の宝石は凄い力がありそうだね」
「そうなんですよ! ラフナンさんたちと潜ったダンジョンで、ひと際輝いていた石が落ちていたので拾って杖に付けたものです。他のみなさんは気にも留めなかったですけど、わたしは光っていたのが気になって、拾ってしまったものなんです!」
「その石も古代書があったダンジョンとか?」
「そうですそうです! 書物は燃えて無くなってしまいましたけど……この石が、エンジさんと引き合わせてくれたような気がするんです」
引き合わせたかは分からないが、レシスにも特別なスキルが備わっているのだろうか。
ザーリンを見ると、目を閉じたままで何も反応していない。
「それだったら偶然とは呼べないかもしれないね。ともかく、レシスのおかげで元気が出たよ。ありがとう」
「い、いいええ! エンジさんの為ならわたし――」
この流れで握手をするのは自然だろうし、手を出してみるべきか。




