13.書記、勇者に再戦を挑まれる 後編
ラフナンの言葉に従う訳ではないが、壁に守られるだけでは新たなコピーは見込めない。
ちょうど良くリウに陽動をしてもらっていることだ。
俺も外に姿を見せて動くことにしよう。
「ラフナン! 俺は逃げも隠れもするつもりはない。戦うつもりがあるなら――」
城壁とはいえ壁だけが生えている状態に過ぎない。壁から姿を晒すのは容易なわけだが……。
壁の外側を覗き込むと、そこにはくたびれ果てた魔法士たちがいた。魔法の連続使用で疲れたのか、ほとんどの者が膝に手をついて息を切らせている。
肝心の勇者は――いないようだ。
「にぁぁぁ!! 待て待て待て~~!」
(あれはリウ? 追いかけているのは麻痺で眠らせた前衛系の連中か)
陽動させていたリウが、まんまと勇者の企みで距離を取らされてしまっている。
「あ、あの……」
リウを気にしていると、誰かが声をかけて来た。
「キミはもしかして?」
「エンジさん……で間違いない、ですか?」
「間違いないけど、キミの名前は――きちんと聞いてなかったよね」
勇者たちが話していた名前のとおりだと思われるものの、ここは本人から聞いておく。
「そうでした。わたし、レシス・シェラと言います。エンジさん、今すぐラフナンさんを止めて下さい」
ようやく本人から名前が聞けたし、出会えた。
しかしログナで話した時と比べると、不安そうな表情を見せている。
「キミがレシス……っと、ラフナンが何を?」
「拠点を無理やり占拠して奪おうとしています! エンジさん、拠点には他にどなたがいますか?」
「奪う?」
堂々とした戦いをして来ないかと思っていたが……。リウを引き離し、レシスを俺に差し向けて来たのか。
「女の子が一人いるんだ。彼が何をするって言っていたか、聞いてる?」
「燃やして全て初めから作り直す……って。女の子は何か出来る子ですかっ? もしそうでないなら……」
「彼女は攻撃は出来ない。――ごめん、俺は行くよ!!」
「あっ……」
リウを引き離し、勇者ただ一人だけが砦を燃やしに来る。
そんなことが出来るはずが――
そう思いながらレシスと一緒に砦に近づいた時だった。
「あっ……ああああああ! エ、エンジさん……そ、そんな、ひどい……まさか本当に、ラフナンさんが」
「と、砦が!?」
拠点である岩窟を守り囲うようにして作った壁で、アルクスは強固なものとなったはずだった。しかしあくまで城壁として一部を地面から出しただけで、岩窟全体に施したわけでは無かった。
それだけに勇者の奇襲は想定外だ。
「こんな、こんなことを平気で出来る人だったなんて……」
レシスは炎の上がる岩窟を前に顔を青くし、両膝を地面に付けながら祈っている。その目からうっすらと涙を浮かべている様にも見えた。
(ザーリンは平気だろうか)
勇者がしたことはある意味で予測出来た。
しかしこれはあまりにも――
「は、早く消さないと! そうじゃないと国興しなんて……、国が簡単に出来るわけが無い!!」
「落ち着いて、フェンダー」
「ザーリンを助けないと! だから――あれ?」
「どうかした?」
「ほ、炎の中に取り残されていたんじゃ……?」
ザーリンは何事もなかったかのように俺のそばにいた。
一体どうやってここに。
「私はフェンダーのメンター。姿を見せない時でもそばに居続ける。フェンダーを残して、消え去ることは無い」
「そ、そうか……良かったぁ~」
ザーリンの気配は確かにアルクスの中にあった。しかし焼かれた跡も無ければ、そこにいた気配も感じられない。
「それよりもフェンダーは、今すぐ燃えているアルクスの中に飛び込む! 急いで!」
「ええっ!? 炎の中に? その前に水で消さないと……」
「魔法としての炎じゃなくても、コピーと編集は可能。行って!」
「あ、そうか。魔法にこだわっていたけど、そうじゃなくてもいいんだった」
「あの派手な人間は、フェンダーが戻ることに期待して近くにいる。だから、期待以上のことをしてあげればいい」
ザーリンの言葉通りだった。
自然ではない人工的な炎で燃え広がっている岩窟。そのすぐそばで、勇者ラフナンは俺が来るのを待ち構えていた。
「遅かったじゃないか。いいのかい? このままだと君が作ろうとしていた強固な砦が消し炭になってしまうぞ。だがこの僕に頭を下げて詫びれば、この火は――」
勇者の不誠実な芝居と御託を無視するようにして、俺は燃え盛る炎の中に身を投じた。
「バ、バカな……こんなはずじゃ」
【火花 炎 コピー完了 アルクスに炎耐性Sを付与 攻撃魔法"スピンテール"を習得】
炎の中に自ら身を投じるとは、思ってもみなかったはずだ。
しかしこれで、待望の炎魔法……といってもこれも段階があるらしい。
ザーリンの言ったとおり敵もしくは対象物に向けて魔法を放たなければ、魔法のランクも上がっていかない――
「っ……うぅっ……違う、僕じゃない、こんなことは望んでいなかったのに……」
「ラフナンさん……」
「――っ!? な、何をするんだ、レシス!!」
「こんなのってひどすぎます!! エンジさんが、エンジさんが一体何をしたというんですか! 拠点といっても、ログナはすでに放棄している岩窟ではないですか! それなのにエンジさんを――」
出るに出られないやり取りが聞こえて来る。
どうやら俺の取った行動は勇者が思っていたよりも、想像以上なものだったようだ。
「違う! 炎だってあいつが謝れば、すぐにでも消す予定だった。それなのに、自ら飛び込むなんてあり得ない!!」
「勇者なのに、どうしてこんな非人道的行為を……。わたし、もうパーティーにはいられません」
そして彼女、レシスに対しても反省どころか自分の非を認められないらしい。レシスをこれ以上興奮させないためにも、勇者にはここで帰ってもらう。
「勇者ラフナン……よくも、よくもーー!!!」
「ひ、ひぃっ!? す、すまなかった。でも僕はすぐにでも君を救うつもりが――」
「……この期に及んで、ラフナンさん!!」
「い、いやっ、そ、そうじゃなくて」
猿芝居をやめて勇者たちには素直に帰ってもらわなければ。
「勇者ラフナン」
「えっ?」
「これをあげますよ」
覚えたての火花魔法、スピンテールを手の平から軽く放ってあげた。
「――!? あつっ!? い、痛い……!? な、何だこれは」
「あなたのおかげで、魔法を覚えることが出来ました。これはほんのお礼ですよ」
「やっ、やめろ! やめてくれ!! あちっ、いたっ、痛いっっ!! く……こ、今回は、これで許してやる! だからやめっ」
「他にすることがあるはずですよ?」
やり過ぎたというより予想出来なかったらしく、勇者は歯ぎしりをしながら俺に頭を下げた。
「お、覚えておくことだな!! 僕は、僕らは追放者に、好き勝手させるわけには行かないからな!」
「どうしていつまでもログナに滞在しているのかまでは聞きませんが、ギルドの依頼が俺の討伐だとすれば、依頼を放棄するべきかと」
「う、うるさいっ!! と、とにかく、僕は勇者として追放者を許さないからな!」
相当な悔しがりを見せながら、勇者と沢山の仲間たちはすごすごと下山して行く。
しかしレシスだけは何故かこの場にいる。
もしかして置いて行かれたのだろうか。
「エンジさんっ! お話をさせてもらえませんか!」




