100.魔所に潜む影の凶手
「にぅぅ~どうしたらいいのにぁ……」
「ヌシさまが何とかするに決まっている! ネコは何も出来ないんだから黙っていればいいんだ!」
「ふみぅぅ!!」
俺の近くでリウとレッテが試行錯誤しながら揉め始めようとしているが、魔力の無い二人にはなす術がない。
かと言って壁に触れるとレシスとルールイの全身に触れたことになってしまう。迂闊に触れることが出来ない状態だ。
どうしようもない状況の中、宝も何も得られなかった部屋の方から何者かが声をかけて来た。
『――フフ、その壁……手伝って差し上げましょうか?』
「フゥゥー!! 何者にぁ!?」
「ヌシさまっ、お下がりくださいっ!!」
仮面で顔を隠しているようだが、声を聞くに女性のようだ。
杖や剣を手にしていない所を見ると魔術を使う者か、あるいは。
リウも俺もレシスたちに気を張っていたことや、魔所におけるサーチスキルが阻められていたせいか、全く気配に気づけなかった。
どうするか――解決の糸口が見えない以上何かにすがる必要もありそうだが、素性が知れない上に、突然現れた者をどうすれば。
レシスとルールイの二人はともかく、俺やリウたちは防御魔法がかかったまま。何が出来るのか、試しでも何でもやってもらうしかない。
「あなたならそこの二人を助けられるのですか?」
「……容易いことでございます」
「タダで……とはいかないですよね?」
「フフ。金銭でどうこうするなど致しません。代価となるものを、後ほど頂くだけにございます」
「代価? それは?」
「それは後ほど……。そこの壁に取り込まれているお二人を、一刻も早くお救いすることを先決と致しましょう!」
何かまずいことでも起こるのだろうか。
「魔力を吸った壁がお二人の抵抗力……すなわち体力と気力を失ったことが分かった時点で、同化するのです。そうなればいかに力のある魔法士でも賢者でも手出しは出来ません」
「な、何てことだ……」
これも俺の油断であり、レシスの性格その他諸々を管理出来なかった責任による結果だ。リウたちは警戒を解かずに仮面の女性を睨みつけたままだが、今の俺ではどうする事も出来ない。
金銭ではない代価が何になるのかが気にはなるが、この人に助けてもらうしか無さそうだ。
「フフ……いかがなさいますか? 同化は近い……」
「――お、お願いします……! お、俺の仲間であり大事な子たちなんです。なので……」
「承知いたしました。一つお聞きしますが、石化を解く魔法はお持ちですか?」
「石化を……? それは出来ますが」
「それならば驚かず、その場にてお待ち下さいませ」
「えっ?」
壁と同化。それがどうなるのは想像したくないが、レシスとルールイの口数が減っているのを見れば、一刻の猶予が無いことが見て取れる。
仮面の女性は壁に近づくと何かを呟き、そのまま壁に手をつけ始めた。魔法の類いか呪いなのかは分からないものの、その直後に聞こえて来たのは魔物の叫びのようなものだった。
一部の壁がみるみるうちに石化し始め、レシスとルールイもろとも石と成り果てた。
「――! あっあぁぁぁ……そ、そんな――」
「今でございます!! 石化をお解きください!」
「あっ、そ、そうか!!」
咄嗟に起きたことで驚いてしまったが、仮面の女性の言葉通りに石化解除の魔法を浮かべた。直後、辺り一面に目を開けていられない程の光が広がり、俺やリウたちが出来ることは何も無い状況が生まれていた。
ようやく光が収まった時、聞こえて来たのはいつも通り騒がしいレシスと彼女を諫めるルールイの声。
そして――
「にぁぁぁっ!? エ、エンジさまっ、エンジさまぁぁぁ!! し、しっかりするにぁ!」
レシスとルールイの無事を視界で捉えた直後だった。
今度は俺の視界に、必死に心配するリウの顔が見えている。
何が起きたのかこの時点では自分でも確かめようが無かったが、微かに耳に届いて来たその声はあの女の声そのものだ。
「オレが頂く代価は、貴様の膨大な魔力と代わりの利かない肉体……いや、腕一本といったところだ。ソレを返して欲しければゲレイド新国に来い! 我が魔法兵が貴様を喰い尽くす。では、ご機嫌よう」
薄れゆく意識の中で思い出したのは、あの女……タルブック魔法兵のサラン・ミオートだった。




