10.書記、岩を砕いて穴を埋める
俺にとって初めて訪れる外世界の村。
村を救うことこそが始まりだと、ザーリンは言い出した。
大それた偉業を達成出来るかは正直分からない。
それはともかく、ログナから追放されてからは初めて人と話をする。
「あ、あの~こんにちは」
「あぁ、こんにちは。外からの人間がここを訪れるなんて珍しいな! ここへは何しに?」
「いえ、その……村に名前はありますか? 俺は冒険初心者でして……」
寂れた感じには見えない。しかし村に入った時から違和感を感じる。
周りを気にしながらも、村人との話を進めてみることにした。
「初心者……? その割には――獣の耳なる者と少女を連れているようだが……。まぁいい、ここは果てのナーファス村だ」
リウとザーリンを連れ歩いていることを不思議に思っただろうか。
冒険初心者と言い放つのも微妙ではあったが。
「果ての村?」
「ここに冒険者が来たところで何も出来ぬし、望みも無い村という意味でもある。気付いているかもしれないが、村の至る所に穴が開いているだろう?」
気付いてもいなかったものの、それとなく周りの地面を気にした。
(確かに穴が開いているような気がする……)
「……何故こんな穴が? ……いや、それよりも埋めたりしないんですか?」
「若い連中は村から離れ、ここに残るのはわしのような老人ばかり。とてもじゃないが、原因不明の陥没した穴を埋める力も気力も無い」
陥没となると自然に出来た穴か。
見た感じ確かに村人の多くは、年を召した人ばかりだ。
「考えられるのはオークどもが近くの山に砦を築こうと、村近くにあった岩を手当たり次第に引っこ抜いたことによる陥没だ。村としては誰かが穴を塞いで、道でも整えて歩きやすくしてくれりゃあいいと思っている。今のままでは家から出る者もいなくなるのでな」
そんなことを言いながら、老人は近くの家に入ってしまった。
この村に入ってからの違和感。
それは外を出歩く人の姿がほとんど無いことだ。
陥没の穴という話だったが、自然に出来た穴では無く不明な穴があちこちに点在している。
「エンジさま? 先に進まないのかにぁ?」
「そうしたい所だけど、穴だらけでしかも深そうな所もあるし気を付けないと」
「リウなら簡単に避けられるにぁ」
「それはそうだろうけど、村の人が消沈しているのを見過ごして進むのは……」
「ふみゅぅ?」
入口から奥の方まで見渡す限り、規模にして10人くらいが暮らす村のようだ。
小さな村の中がそんな大変なことになっているなんて、一体どういうことなのか。
「この村はフェンダーが何とかする」
「え? 俺が?」
「そう。ここがあなたの始まりの村」
ザーリンには確信があるみたいだ。恐らく穴を埋めることが助けになる……ということを意味しているはず。しかし現時点で覚えている魔法とスキルでは、地面を元通りに出来るようなものは無い。
「麻痺でも無いし眠らせるでもない。穴……土の地面を元に戻す?」
「フェンダーは、村の人間の話を聞いていなかった?」
「えーと、オークが砦を築こうとしている……だっけ?」
「岩にぁ! エンジさま、オークから岩を奪って来ればいいのにぁ!!」
「えええー!? 奪うって言われても……」
リウの奇襲によって、ザーリンを救い出すことが出来たのは確かだ。
しかしこっちから仕掛けるとなると、さすがに敵う相手では無い気がする。
「……ネコと共有したスキルで、岩に触れて来ればいいだけ」
「あ! そ、そうか! それだけでいいのか!!」
「オークがいない間に行けばいい。近くにいたとしても、ネコがかく乱すればいい」
「それなら出来そうだ。やってみるよ」
村の人が家から出て来る様子が見られない。
それなら今のうちに穴を埋めて元通り以上のことをしてあげれば、ひっそりとした村の様子が変わるかもしれないのではないだろうか。
リウと共有した範囲サーチで調べてみると、確かにオークらしき存在がどこかに向かっている動きが見えた。
場所はここからほど近い。
岩を手で運んでいるのか、個々の動きはとても鈍く感じられる。
だが用心に越したことは無い。
オークが砦付近に近づこうとしたら、その時はリウに動いてもらうことにする。
リウには離れた所にいてもらい、俺とザーリンは岩山に着いた。
「……変哲もない岩だけど、これを?」
「触れればいいから」
「そ、そうする。こ、こうかな……」
【ナーファス岩 硬度S 耐性A 編集可能】
ザーリンの言ったとおりすぐにイメージが浮かんで来た。岩をコピーすることで、魔法にも編集出来るみたいだ。
「ナーファス岩を編集。攻撃と守り魔法、"スカラー"として使用。物理耐性を付加、と」
「……それで村に戻って穴を埋める」
「魔法に編集したけど、これで穴埋めを?」
「今のコピーですぐに編集出来た。後は応用すればいいだけ」
岩を触れただけで岩の特性をすぐに理解することが出来た。
その間にリウがオークを近づけさせなくしていた――のかまでは分からない。
そして俺たちはその足で、村へと引き返す。
リウは何気ない顔で俺の元に戻り、魔法を出すところをじっと見つめだした。
「にぅ?」
「えーと……スカラー!」
「ふぎぁ!? い、岩が穴に沈んでいくにぁ!?」
やってることは大したことでは無いが、見たことも無い光景にリウは驚いている。
「耐性を付加して、平らな道にする……と」
「そう、それで問題ない」
「道というか、岩を埋めて歩けるようにしただけなんだけど、これで良かったのかな」
「すぐに分かる」
ぱっと見では石畳のような地面。
この光景に果たして村の人たちはどう思うのだろうか。
「おぉぉぉ……!! 道! 村が見違えておる――!」
話をしてくれた老人を含め、次々と家から出て姿を見せてくれた。そうかと思えば真っ平らな岩で出来た地面に力を入れて、思い思いのまま歩いている。
村に沢山の人たちが暮らしていたのも驚いた。
「あなた様のおかげで果ての村も、活気づくことでしょう」「そうじゃそうじゃ!」「ありがとうございました」
穴を埋めて行き来出来るようにしただけなのに。
こんなにも喜んでもらえるとは思ってもみなかった。
「フェンダーの魔法で、この村はきっと良くなっていく。それだけのことをした」
「そ、そうなのかな?」
「硬すぎて地面を掘れないにぁ~……」
地面を直しただけなのに救ったことになるなんて、何だか不思議な感じだ。
しかし今回のコピーで初めて攻撃性の魔法を使えるようになった。
これは一歩前進かもしれない。
「この村に滞在は?」
「それよりも次に進む」
「……そっか」
「先に先に行っくにぁ~!」
真っ先に覚えたいのは火の魔法だ。
それでも攻撃魔法を使えるようになっただけでも良しとしよう。




