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国境への道

ケガをしているアデレードを守るように、ミュゼイラとアリステアが馬車に乗り込んだ。

庭師のウォルフが馭者となり、横にショーンが座った。

馬番のベイゼルが、馬車に伴走する馬に騎乗している。

ウォルフとベイゼルは、キリエ侯爵家に庭師と馬番として入り込んでいたバーラン王国の騎士だった。


「この婚約破棄がなくとも、アデレード様は国外へ出さないように、王から国境に通達がいっております。」

ウォルフが説明をする。

戦争になったら、アデレードは人質となるのだ。

「バーラン王国との国境警備は特に厳しいので、隣国サラドとの国境に向かいます。」

サラドからバーランに入る予定なのだろう。


「そして、サラド国境でも大きな街道を行きます。

その方が人が多く、紛れる事が出来るでしょう。

今夜は、国境までたどり着けませんので、手前の街で泊まります。

先にベイゼルを行かせて、宿の手配をさせます。」

ミュゼイラとアリステアも、かねてから逃亡時の計画を聞かされていたのだろう、着々と準備をしている。


急いではいるが、アデレードに大きな振動を与える訳にはいかないので、馬車は全速で走れない。

「私の為に、皆を危険にさせるわ、ごめんなさい。」

アデレードの言葉に、侍女二人は首を横に振る。

「ダリル王太子から、お話のあった時に危険はわかってました。」

今更ですよ、とミュゼイラが微笑む。


「念のためです、アデレード様こちらを。」

そう言って渡されたのはヘアーウッグである。

黒髪のウィッグの中に、アデレードの金髪を隠す。




町の宿屋に着くと、すでに日が暮れていた。

街道沿いにある宿屋は旅人達で賑わっていた。

与えられた部屋に入ると、ミュゼイラがアデレードをベッドに座らせて言った。

「食堂から夕食を頂いて参ります。

これからはお嬢様とお呼びします。国を抜けるまでは、名前は出せません。」


「ミュゼイラ、私も食堂を見たい。

食堂で食事をするわ。」

ロクサーヌが亡くなってからからは、侯爵邸を殆んど出たことがないアデレードである。


自分は、何も悪いことをしていないのに、逃げなければならない。

この国をよく見ておこう。

いつか必ず、堂々と戻ってくる。

強い決意がアデレードの中に湧き起こる。



ベイゼルが探した宿は、貴族が使う高級宿ではなく、商人達か使う中級の宿だった。

食堂は客達の活気に満ちていた。


ガチャン、持っていたフォークを、アデレードは置いた。

「お嬢様、少しでも食べれませんか?」

ミュゼイラが小さな声で言ったのが聞こえていたのだろう。

後ろから声が聞こえた。


「あらあら、馬車に酔ったのかい?」

この食堂の給仕と思われる女性だ。

お待ち、と言って厨房に入って行くと、手にお椀を持って戻ってきた。

「ほら、粥だよ。

これなら食べれるだろう。急がなくていいからね。」

そう言って、アデレードの前に置いた。


ホカホカ湯気があがっている。

アデレードは、少しスプーンですくうと、口に入れた。

「熱い。」

侯爵邸では、運ばれる間に冷めるから、こんなに熱いものは初めてである。

体調がよくないアデレードの為に、薄味で調理してくれたようだ。


ここにアデレードに悪意を持っている者がいない、という安心感からか、3分の1程食べることができた。

「よく頑張ったね。」

ショーンがアデレードを誉める。


「お客さん、温かい生姜湯だ。

母さんが持っていけ、って。」

先程の女性の子供だろう、まだ10歳ぐらいの男の子が生姜湯をアデレードの前に置いた。

「馬車酔いにいいんだぜ。熱いから気をつけろよ。」

アデレードに言う様子は、一人前だ。


「偉いな、手伝いか。」

ショーンが男の子に声をかけた。

「お客さん、ここらでは子供でも働くのは当たり前だ。

うちは父さんがいないから、母さんの手伝いが必要なんだ。」

ショーンと男の子の会話を、アデレードはじっと聞いていた。



ガチャン!!

音のする方を振り向けば、貴族らしい酔っぱらいの男が立ち上がって、男の子の母親の手を握っていた。

「止めてください。」

女性が男の手を振り払おうとしている。


「どうせ、こんな仕事して男を(あさ)っているんだろう。

今夜は俺が買ってやるよ。」

「そんな事してません!」

ニタニタ笑いながら男は、掴んだ手を放さない。

「母さんを放せ!」

男の子が男に体当たりをした。

ガタン!!


男はよろけて、机に身体を打ち付けた時に、母親の手を放した。

「コイツ!

貴族にケガさせてどうなるのか、わかっているんだろうな!」

男が立ち上がると、腰の剣に手をかけた。


周りは、巻き込まれる事を恐れて、遠巻きにしている。

立ち上がろうとするアデレードの手を、ミュゼイラは握りしめている。


わかっている、ここで目立つ訳にはいかないのだ。

自分一人ではない、ミュゼイラ達までもに危険が及ぶ。

だが、力がない者への理不尽に耐えれない。

子供に暴力をふろうとする姿は、自分への暴力と重なる。



ガーーン!!

貴族男が、殴り飛ばされた。

ウォルフが殴ったのだ。

「じじい、どこの貴族か知らないが酒場のルールを知らないようだな!」

庭師として、入り込んでいただけある。町民にしか見えない。

ウォルフの啖呵(たんか)に周りから声援があがる。

「出ていけ!

顔を覚えたからな。ここに何かしたら、次は命がないぞ!」

ウォルフが貴族男を宿屋の外に放り出すと、すごい歓声だ。


ウォルフはアデレード達から離れて、他の客に取り囲まれてテーブルに着いた。

アデレードに注目がいくのを避けているのだろう。


「お守りする姫のお気持ちを察するのも、我々騎士の務め。」

ベイゼルが小さな声でアデレードに言った。

「あれは、ケイマン男爵だ。

後で父上に手紙を出して、この宿に危害が及ばないよう進言しよう。

貴族だからと、庶民に横暴をするなら、貴族の力でひれ伏すがいい。」

ショーンがアデレードに、心配するな、と言う。


宿の食堂では、店主までもが、ウォルフに礼を言って大騒ぎなので、ミュゼイラ達がアデレードを連れて部屋に引き上げるのに気付いた者はいなかった。



私は一人ではない、アデレードの心に強く刻まれる。

「ありがとう。」

アデレードが宿のベッドの中で囁いた。

だが、それはアデレード自身の力の無さを思い知らされるものでもあった。



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