ダリル生還
その日の夜になって、ダリルは帰還した。
担架で運ばれているが、意識はしっかりしている。
フランドルは、頭のケガの出血は止まっているが重傷である。
どの兵士も、土石流に巻き込まれて2日以上、治療が出来なかったのだ。裂傷部分の徹底的な消毒が必要であった。
チモニーが応急処置をしたらしく、真水での洗浄と流木での添え木、衣類などで傷口が縛られていた。
これだけの事でも、悪化するのを防ぐのに随分役に立っている。
「僕より、重傷の者を先に診てくれ。」
ダリルが医師に指示をだすが、王太子を後回しにするわけにはいかない。
そこに、アデレードが入ってきて声をかける。
「先生、殿下の治療のお手伝いをさせてください。
消毒をしていますから、その間は、重傷の兵士を治療してください。」
アデレードも疲れている様子であるが、ダリルが生きて戻ってきたということが力を与えている。
「泥だらけ、パリパリになっている。」
フフフ、と笑うアデレードは既に泣いている。
「帰ってきてくれて、良かった。
心配した、とても、とても!」
アデレードがタオルをお湯で絞り、ダリルの身体に付いている泥汚れを拭いていく。
裂傷のある足のズボンは血でこびりついて、医師でないと傷に触らず拭けそうにない。
動く方の手でダリルは、アデレードの頬をなでた。
「会いたかったよ。」
君に会う為に生きたいと願った。
「陛下から聞いたよ。
休戦の交渉をしたんだって?」
ダリルが醸し出す雰囲気は、怒っているのがわかる。
「どうして、そんな危険な事をしたの?」
アデレードはダリルと目を合わせずに答える。
「ダリルが行方不明だったから。
もし、アレクザドルに討たれてもいいかも、って思ったの。
戦争を止めたくって、それしかなかった。」
「アデレード。」
ダリルは優しく語りかける。
「君が自分の命を大事に扱ってくれないのは、悲しいよ。」
それと、と続ける。
「君の勇気に敬意を表する。
君の行動が戦争を止めたのは間違いない。」
ダリルはアデレードの欲しい言葉をくれる。
「ダリル達が、アレクザドルに大きな損害を与えていたから、応じたのよ。
それでなかったら、上手くいかなかった。」
アデレードの言葉は、続かない。ダリルの顔が近づいてきて、二人の唇がかさなる。
恋人達の甘い時間は短かった。
医師が戻ってきて診察の準備が始まったからだ。
アレクザドルとの休戦調印は2日後に決まった。
休戦をするのは、アレクザドルとヌレエフだが、ヌレエフの援軍のバーランも立ち合う事になっている。
アレクザドルの方でも、王が調印の為に戦地にやって来た。
王太子の訃報をきき、憤っている。
グレッグが王太子となるが、休戦ということで、領地を得るわけでもなく、王太子を含め、亡くした兵は2万を超えている。
「これでは、敗戦と同じだ。」
王がグレッグに言う。
「同じですよ、これ以上続けたらもっと損害は大きくなるでしょう。」
「なんと気弱な!」
「雨期と軍師ですよ。
雨期に慣れているヌレエフの軍と、バーランの軍師にやられた。
軍事力では、勝っていました。
だが、トルスト戦からのバーランの第1師団も参戦となると、さらに戦況は厳しくなるでしょう。」
土石流だけではない、橋の爆破、河の堤防爆破など、雨期ならではの作戦に翻弄された。
「進むばかりが勝つ道ではありませんよ。
負けを避けるのも道です。」
いきりたつ王をグレッグがなだめる。
父親ながら、年を取ったと思う。
これぐらいの判断が出来ないのか。
「休戦を申し出たのは、バーランの姫君と聞いた。
あまりの美しさに兵士達がひれ伏したと聞いたぞ。
お前が、かねてから婚姻を申し込んでいる姫だろう?」
あまりの美しさは大げさだが、戦場で、アルビノの美しい馬に乗った薄衣のドレスの女、となれば誰でも女神に見えるだろう。
「休戦の条件に、その姫を申し出る訳にいかないか?」
「姫が我が軍にくれば、兵士の士気も上がるでしょうが、休戦を結ぶのは、ヌレエフ王国です。
バーランの姫は望めません。」
グレッグこそが、なんとかアデレードを引き出せないかと思ったが、無理だと悟った。




