ショーン
ショーンとアデレードは義兄妹ですが、お互いが実の兄妹のように思っているので、義兄、義妹とせず、兄、妹としております。
父に新しい恋人ができ、母とは離婚となった。
母は僕を連れて実家の子爵家にもどったが、既に母の弟が実家を継ぎ子供も生まれていた。
そんな子爵家は居心地のいい場所ではなかった。
母に侯爵家から後添いの話が舞い込み、周りも本人も喜んで話を受けた。
そうして、僕はキリエ侯爵邸に来た。
初めて見たアデレードは可愛い女の子で8歳だった。お兄様と呼んでくれた時は嬉しくて、この子を守るんだと思った。
侯爵は母と僕には興味がない様子で、母ががっかりしたのが僕でもわかった。
アデレードと母の様子がおかしいと気づいたのは、2年が経とうかという頃だった。
昼間は学校に行っていてわからないが、屋敷の雰囲気も悪い。使用人もずいぶん入れ替わった。何よりアデレードが痩せてきてる。
母だ、僕にはわかった。
こっそり調べると、母のやっている事に恐怖を覚えた。アデレードが死んでしまう。
母は懐かないアデレードが、すぐに音をあげると思っていたかもしれない。だが、アデレードは頑固なのだ。
母はエスカレートしていったのだろう、子供のアデレードに対抗する術はない。
父親の侯爵は、屋敷にいることは滅多にない。
助けてくれる人がいないアデレードに、母のしていることは人間のすることではない。
パンやお菓子をポケットに隠し持って、アデレードの部屋の中に入れておいた。
あんなに痩せては食べにくいだろう。
厨房のコックに果物をわけてもらい、これなら食べれるだろうと運んだ。コックは表だってではないが、協力してくれる。母と母の侍女達にばれないように注意しなければならない。
母にばれたら、差し入れさえ出来なくなってしまう。堂々と持って行けないから、こっそりと部屋の扉の内側に置くだけだ。
「おい、ショーン。
お前の妹が婚約者になった。どんな子だ?」
王太子のギリアンに声をかけられた。学校では同じクラスで、僕は取り巻きと呼ばれる一人だ。
「どんなって、おとなしい子だよ。まだ11歳だし。」
子供であることを強調して言う。
王太子は悪いやつではないが、いろいろな女の子を連れて歩いている。
王太子に興味を持たれるのは、アデレードにとって良くない。
「来週、王宮に連れてこいよ。
ひどい病気じゃないんだろ。 」
「うつる病気じゃないよ。」
きっと細くて病気と疑わないだろう。
アデレードは王太子と会うのを嫌がったが、無理矢理馬車に乗せた。
王太子の誘いを断る訳にはいかない。
馬車の中で会話もなく、アデレードは窓の外を見ている。
「逆らわない方がいい。」
アデレードが僕を見る。細いを通りすぎている、可哀想に。
「王太子は遊び呆けているが、本当は優秀な方だ。
女の子を次々変える人だから、婚約者になっても辛いだろう。
王太子の方から離れるように、嫌われるよう仕向けた方がいい。」
この婚約はなくなった方がいいと思っている。その前にアデレードを何とかしないといけない。
ポケットからクッキーを出してアデレードに差し出した。
「食べた方がいい。」
アデレードは受け取るとゆっくり食べ始めた。
少しずつ何度も噛んで咀嚼した。
「これぐらいしか出来なくてすまない。」
「お兄様、ありがとう。
お兄様のくださる物は、怖くない、食べれる。」
僕が部屋に差し入れているのを知っているのだろう。
僕達は血は繋がってなくとも兄妹なのだ。
「王太子は興味を持たれても、直ぐに他の女の子にうつる。」
アデレードが、うん、と聞いている。
「この婚約はなくすことが難しい。
僕が学校を出て働けるようになったら、連れ出してあげるから。
侯爵家を出て、暮らそう。
そこで誰か好きな人を見つけるといいよ。」
「お兄様は侯爵家を継ごうと思わないの?」
アデレードが聞いてくる。
「もし、アデレードに何かあっても、侯爵の血筋から養子をとるだろう。
僕には侯爵家より妹の方が大事だ。
不甲斐ない兄を許しておくれ。」
それは母を諌めることの出来ない自分。
「私は負けない。」
アデレードは逃げない。
初めて知るアデレードの強さに心惹かれる。
「帰りは一緒に帰れないだろうから、これを持って。」
そう言ってポケットからハンカチに包んだ一握りの菓子を出す。
これでは、栄養が偏るとわかっているが、持ち出せる食料は限られている。
王宮でアデレードを連れて王太子の部屋に向かうが、すれ違う人々もアデレードの細さに驚いている。
連れの僕を見ると、王太子の戯れかと気にも留めないようだった。
まさか、婚約者の侯爵令嬢とは思ってもみないのだろう。
初めてアデレードに対面した王太子は予想通りの反応だった。
「本当に病気はうつらないのか?
ガリガリだな、気持ち悪い。
ショーン、もう顔合わせは終わった。
こいつ馬車に乗せて来いよ。訓練場で手合わせしようぜ。」
王太子にはばれないように、溜息をつく、安心した。
「アデレード、馬車に街で見つけた新しい本を積んである。
部屋に戻る時に好きなだけ持っていったらいいよ。」
そう言って、ショーンは馬車の戸を閉め、御者に屋敷に向かうように指示した。
ジェリーに家庭教師を解雇されたアデレードは、屋敷の本を読んで一人で勉強しているのをショーンは知っている。
優しい母だと思っていたが、今の母は嫌いだ。
できるだけ早く独立して、アデレードを連れて出ていくのがショーンの目標だ。
それまでは目立たないように暮らそう。学校で知識を身につけ地方の事務官の仕事を探そう。
王太子の友人というのも侯爵家という後ろ盾があるからだ、仮初めのものでしかない。
僕の家族はアデレードだけだ、あの家を二人で出るんだ。それまで、アデレードの命を守らねばならない。
母はもちろんだが、侯爵も信用できない。
アデレードの部屋に食料を運んでいると、アデレードの部屋で侍女を見るようになった。
最初は警戒をしたが、やがて同じ目的と知る。
彼女から、アデレードが野菜を食べれないと聞いた。口に入れる事が出来ないらしい。
母の罪の深さに泣けてくる。
「ミュゼイラ、もしアデレードがこれ以上の危機になったら、アデレードがここで頑張ると言っても、すぐに連れて逃げてくれ。
アデレードは頑固だからな、しかも負けん気が強い。
母や他の使用人は僕が囮になって引きとめる。」
「わかりました、ショーン様。」
その時まで、お互い知らぬ関係でいよう、と誓う。