男達の業
届いた報告書に、ギリアンは歯軋りをした。
アデレードが拉致されただと。
幸い、すぐに取り戻せたから良かったものの、他にも狙っている男がいるかもしれない。
あの時だったか、と思う。
馬車で帰国していると、ショーンが夜の街道を駆けて来た時だ。
前方で何かしていた。
さほどの時間ではなかったが、馬車を止められ進む事が出来なかった。
結婚式の後に攫われたなら、あの時間に何かあったと思っておかしくない。
例えば、取り戻したとか。
結婚式の新郎であるショーンが来るほどだ、余程の事があったのだ。アデレードを追って来たのだろう。
自分はすぐ側にいたのに、姿さえ見る事が出来なかった。
バーランとの開戦は、キリエ侯爵を筆頭に穏健派が反対している。
国民への負担が、大きいからだ。
だが、国境にある鉱山の開発が出来ないでいる。
戦争となり、トルストが優位なまま、停戦に持ち込めば、アデレードを差し出させる事が出来るだろう。
ショーンの結婚式で見たアデレードは美しかった。
何故に婚約解消したと、後悔するが、あの念書がある限り、無効とも言えない。
頭の中から、アデレードが消えない。
「ただ今戻りました。」
アレクザドルの王宮では、オットーが兄であるグレッグに帰国の挨拶をしていた。
「報告は受けている。
どうであった?」
グレッグは面白そうに、オットーを見る。
「素晴らしい。
欲しいですね。
王都の繁栄を見れば、国力がわかります。」
「じらすなよ。」
ハハハとグレッグが笑う。
「美しいその一言につきます。
しかも、勇敢だ。
あのような姫君はいない。
兄上の気持ちがわかりますよ、目が惹き付けられる。」
「美しく成長したか、楽しみだな。」
グレッグとオットーは同母の兄弟である。
後宮のあるアレクザドルでは、力のある者が王位につく。
それは、軍事力であったり、知略であったり、政治的背景であることもある。
王太子は、正妃の子供で第一子にあたる。
正妃の母国を後ろ盾に、王太子が継ぐものと思われていたが、グレッグは有能すぎた。
しかも野心があった。
「姫が兄上に嫁いでくるのが、一番平和に事が進むのですがね。」
オットーが、グレッグの向かいに座る。
「バーランとしては、王太子になるまでは私に嫁がせないであろう。
もう少し急がねばならないな。」
何が?とオットーも聞かない。
「すでに軍部は手中に収めてあります。
いつでも、行動を起こせます。」
オットーの言葉を、グレッグは横目で見ながら、口元に笑いをうかべる。
窓の外は、陽が陰り、風も吹いてきた。
「今夜は嵐になるかも、しれないな。」
誰に聞かせるともなしに、グレッグが口にだす。
オットーも、それには答えず窓の外を見る。
バーラン王国では雨模様になっていた。
「陛下、お呼びと聞きましたが。」
バーラン国王の執務室に、ダリルが訪れた。
「お前の待っていたものだ。」
国王ルドルフは、ダリルに書類を渡す。
「サンベール公爵が、アデレードを王太子妃候補として推薦してきた。
ショーン・サンベールの妹だ。
サンベール公爵家がアデレードの後援となる。」
ダリルは書類を受け取ると、王の言葉を聞きながら書類に目を通す。
「さすがですね。
派閥を中心に中立派までの推薦を取って出してきている。
僕には異存はありません、ご存知でしょうが。」
ショーンとユリシアの結婚式という公式の場に、アデレードが参列したことで、美貌を見せつける形になった。
さらに拉致されたことで、危機感が強まる事になり、美しい姫を守る気運が高まってきた。
先日の公開処刑の衝撃が大きかったのだろう。
アデレードに早く婚約させる意見が強くなってきている。
婚約者がいないから、不埒な考えをする者がでるとの考えがあるからだ。
そして強い婚約者候補として、ダリルがあがった。
「今年のデビュタントにアデレードが該当します。
それまでには、正式に婚約を整えて発表したいですね。」
ダリルが書類を王に返す。
「アレクザドルが黙っていないだろう。」
ニヤリとルドルフが笑う。
「いつかは来ることですよ。」
ダリルが表情も変えずに答える。
「陛下、マックスの報告によれば、トルストもですよ。」
ルドルフとダリルが視線を交わす。
「陛下、王太子として僕が軍の総指揮をとります。」
「うむ。私の権限をゆだねよう。」
アデレードの婚約にむけて、水面下で様々な事が動き出した。




