アデレードの逃走
馬車が襲われ、窓ガラスを破って弓矢が飛び込んでくる。
アデレードは、床にひれ伏した。
弓の名手などではなく、闇雲に打っているようだ。
次の大きな振動で馬車が大きく揺れて、アデレードは頭を打ってしまった。
遠のく意識の中で、きっとダリルが助けてくれると思った。
ここは、王都。王宮は目と鼻の先だ。
直ぐに連絡が行くだろう。
ああ、こんなところで襲撃なんて、市民が巻き添えになっているのではないか。
私の警護達はどうしたろう?
なんとか生きていて欲しい。
急報を受け、ダリルは現場に急行した。
時をおかずして、マックス、ショーンも到着する。
無数の矢が降り注いだらしく、警護だけでなく、市民も巻き添えになり倒れていた。
馬車にもたくさんの矢が刺さり、窓を突き破って車内に飛び込んでいた。
「アデレード!」
答えるはずなどなく、血痕がないことだけが安心材料である。
目的は、アデレード。
だが、襲撃犯の予想がつかない。
ただ一つわかっているのは、王宮の目先での襲撃。
国家の威信にかけて追跡するということだ。
王都の大通りだ、目撃者は多数いた。
そこで、かなりの情報を得る事ができた。
犯人達は、屋根の上に5人。
全員が弓矢を放ち、命中率は低いものの、大量の弓矢に二人の護衛と御者が倒れると、近くの酒場から飛び出した男達が、気を失っているアデレードを用意してあった馬車に乗せ、西の方向へ走り去ったという。
それは、僅かな時間の出来事だった。
ダリル、マックス、ショーンは直ぐに馬を駆け出し、その後をウォルフ、ベイゼル、フランドル達武官が追う。
残りの兵士達が、逃げ遅れている襲撃犯の捜索にあたった。
やがて日が暮れ、星がちらつき始めた。
爆走する馬車の目撃情報は簡単に得る事ができたが、情報を探しながらなので、追い着くことができない。
馬車の振動でアデレードは目を覚ました。
頭が痛い。
直ぐに覚醒し記憶をさぐる。
拐われた!
何とか逃げれないかと馬車の中を見る。
このまま馬車に乗っているのは危険である。スピードが落ちた時に、飛び出すと決意する。
ここが、どこかはわからないけど、月の光でよく見える。
窓から外を覗きながら、アデレードは考える。
草原のようだ。普通の道を走ってないから、スピードが落ちているのだろう。
伴走して4人の男が馬を駆っている。
アデレードはアンダースカートを脱ぐと、着ていた外套で包む。
出来るだけ大きく、形作る。
行くわよ、とアデレードが自分の中でタイミングを図る。
ガタンと馬車が揺れた時に、扉を開け、先程作った外套の包みを外に放り投げた。
月の明かりだけでは、まるで人が飛び出たように見える。
馬車は急停止し、2人の男達が外套が落ちた方に駆けて行く。
残りの男達のうち一人が、騎乗のまま馬車の扉を開けて、中の確認に身を乗り出した。
ドン!
扉の内側に隠れていたアデレードが飛び出し、馬から男を勢いで落とす。
その馬に騎乗すると、駆けだした。
王都からどれだけ離れたかも、王都の方向も解らない。
ともかく男達から遠く離れるのだ。
「逃げたぞ!追え!」
すぐ後を男達が追ってくる。
「頑張って。」
馬に声をかけながら、アデレードは駆ける。
カッカッ・・・
遠くで馬の蹄の音と、馬車の車輪の音がする。
道がそこにある!
こんな夜に馬車を走らすのが味方とは分からないが、行くしかない。
アデレードは、身体を低くし、風の抵抗をさけ馬のスピードをあげる。
ギリアンとキリエ侯爵を乗せた馬車は、トルスト王国に向かって夜道を走っていた。
周りは兵士の乗る馬が囲んで警備している。
その兵達が、後方の異様な雰囲気に身構える。
何かが凄い速さで近づいてくる。
「その馬車を止めろ!」
後ろから叫び声が聞こえたと思うと、数人の男達の馬が横を駆け抜けた。
声で窓の外を見たキリエ侯爵から言葉がもれる。
「ダリル王太子、ショーン。」
バーランの兵士に馬車を止められ、外を見た時には、もうダリル達の馬は遥か前方を走っていた。
ダリルが馬の踵を返し、道を外れ、草の中に入って行く。
同じようにマックス、ショーン、フランドル、ウォルフ、ベイゼルが向かう。
その先に、こちらに向かってくる馬が見えたからだ。
その後を、3人の男が馬で追いかけている。
「アデレード!!」
「ダリル、ダリル!」
絶対に助けに来てくれると信じてた。
ダリルはアデレードを確認すると、アデレードの馬とすれ違い、そのまま追いかけて来る男達に向かった。
手には剣を引き抜いている。
ダリル達が騎乗するは軍馬だ。
あわてて逃げようとする男達に追いつき一振りする。
ザン!
男の腕が斬れ飛ぶ。
「殿下!
殺しちゃいけない!」
所詮は実行犯にすぎない、黒幕を吐かすんだ、とショーンが叫ぶ。
チッ、ダリルが舌打ちをして、馬から転げ落ち、腕の斬り口を押さえて転がる男の顔を踏む。
ウォルフ、フランドルが残りの二人を確保し、ベイゼルとマックスがアデレードを乗せていた馬車に向かう。
御者ともう一人の男もすぐに捕まるだろう。
アデレードは馬の走りを止め、肩で息をしながら、ダリル達を見ていた。
ギリアンの馬車がもう少し、速く走っていれば、アデレードを助けたのはギリアンだったかもしれない。
いろいろと残念な男、ギリアン王太子。