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ダリル・バーラン

2年前、アデレードが王太子と婚約した時の話になります。

バーラン王国にアデレード・キリエとトルスト王国王太子ギリアンとの婚約の報が伝えられたのは、アデレードの父が報告に来るより前であった。

トルスト王国に忍ばせている者からの報告が届いた。

病弱なアデレードに王よりの勅命がきたが、顔合わせもない婚約だということだった。


幼い手が書くアデレードの手紙は、バーラン王家では楽しみにされていたが、キリエ侯爵が再婚の後は届くことがなくなっていた。

この1年ほどは、病で寝付いているとさえ聞く。

そこに婚約話だ、アデレードが喜んでいるのかさえわからない。


アデレードの従兄になるバーラン王国王太子ダリルが、偵察に行くと言いだした。

「一度、従妹に会って見たかったんだ。

単騎で駆けて行けば、誰にも知られずに行ける。」

緊張関係にある隣国、境界線にある銅鉱山の所有権を争ったのが発端だった。

戦争にはなっていないが、いつ勃発してもおかしくない。


通常では絶対に行くことができない隣国トルスト王国。

父がロクサーヌの葬儀で会ったアデレードは、美貌をうたわれた母親似の美少女だったと聞く。

単なる好奇心だった、自分の身分を考えれば無茶を言えるのも今のうちだけだと思っていた。





途中の街を視察しながら、気分は観光旅行だった、侯爵邸に忍び込み、アデレードに会うまでは。



アデレードの部屋は2階の南にベランダのある部屋。昔届いた手紙に書いてあった。

近くの木に登り、ベランダに飛び移った。

ガラス越しに部屋を覗いた時に身体が凍りついた。

ベッドに寝ているのが見えるが、部屋の雰囲気がおかしい。

幸い鍵がかかってなかったので部屋の中に入った。


ベッドの横のテーブルに食事を持ってきたのだろう、手つかずのまま置いてあった。

何気なくそれを見て言葉を失った。

食事の中に虫が入れられていた。


部屋の中を見渡してみる、侯爵令嬢の部屋には不似合いの物がある。

縫い掛けのドレス、誰かが大人のドレスを手直しして小さくしているみたいだ。

クローゼットの中をみてみる、もう何年も前に作ったであろう子供のドレスしかない。

これでは、11歳のアデレードは小さすぎて着れないだろう。

あの縫いかけのドレスはアデレードが自分で縫っていると思うしかない。


悪寒が走るとはこのことだ、アデレードは生きているのか。


侯爵はたしか、我が国に来ているはずだ、屋敷にはいない。

では誰がこんなことを、考えなくともわかる。後妻だ。

11歳の子供が逆らえるはずがない。


ベッドに急いで戻り、アデレードの息を確かめる。良かった息をしている。

アデレードの目につかないように、虫の入った食事を部屋の隅に置きに行く。

旅の非常食である水と固いパンと干し肉をカバンから取り出して、アデレードを起こした。

「アデレード、アデレード起きれるか?」

だるそうに目を開けたアデレードが飛び起きた。

「誰!?」

「僕はダリルだ。」

それで悟ったのだろう、賢い子だ。アデレードが礼を取ろうとするのを止めて言う。

「僕達は従妹だ、王太子に対する礼などいらない。」

水とパンと肉をベッドに置き、聞いた。

「食べれるか?」

アデレードはコクンと頷いて水を手に取った。


小さな従妹は可愛い、そして細い身体が痛々しい。

少し水を飲んだ後、パンを口に入れたが吐き出してしまった。

「ごめんなさい、何度か虫の入った食事を気付かず口に入れてしまって怖いの。」

気にしなくていい、と抱きしめた身体の細さ、軽さに驚く。


見た目以上に細い、栄養失調になっているだろう。

頬を涙がつたうのが自分でもわかった、まだ11歳の女の子なのにと思う。


「でも食べたい。こんな事で負けたくない。

お母様が産んでくださった命なのだから。」

細い身体、青白い頬、瞳だけが力強く輝く。

見とれてしまった、綺麗だ。


考える余裕はなかった、アデレードを生かしたい。

パンを口に含み何度か噛み、飲みこめる大きさにするとアデレードに口移しで与えた。

喉の奥に舌で押し込むとアデレードは飲み込むことができた。

アデレードは真っ赤になったが抵抗しないので、水、パン、肉と何度も繰り返した。

温もりを与えるようにアデレードを抱きしめた。


「これは僕達のキスだよ。

食事の時は僕のキスを思いだして。」

ウンウンと首まで真っ赤なアデレードが頷くのが可愛い。

もう君の中に虫はいないよ、僕のキスで上書きさせて。


「君を連れてバーランに帰ろうと思う。

使用人達の目を盗んで階下に降りよう。」

ダリルの言葉にアデレードが首を横に振る。

「トルスト国王太子の婚約者の私が、バーランに逃げれば戦争が起こります。

それは避けねばなりません。」

ダリルもそれは解っているが、このままアデレードを置いていけない。


「私は負けません。逃げたりしない。」

とても11歳の言葉と思えない、この苦境はアデレードを大人にしたのだろう。

アデレードの瞳にからめとられる。

身体は痩せ細り、髪は色褪せ、美しい肢体とは言えないが、力強い瞳に惹かれる、

「アデレード、君は美しい。」

頬を染めるアデレードに引き寄せられるようにキスをする。


「信頼できる人をやるから、僕に君を守らせて。」

ベッドの脇に持っているだけの食料を隠す。

「殿下、ありがとうございます。」

「殿下ではないよ、ダリルだ。そう呼んで。」

「ダリル。」

「アデレード、きっと助ける。」


そう言ってダリルは来たベランダから出て行った。

一気に階下に飛び降りると、馬を隠してある所まで駆け抜けた。

途中で馬を替え、不眠で馬を駆り自国に戻った。

アデレードは一刻を争うのだ。



1週間も経たないうちに、ダリルの指示を受けた侍女が身分を詐称して、キリエ侯爵家に新しく雇われて入ってきた。


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