ショーンとユリシア
ショーンはダリルに呼ばれて、執務室に来ていた。
「アデレードの様子はどうでしょう?」
アデレードとショーン、簡単に会いに行くことは出来ない関係になっている。
アデレードは王家の姫、ショーンは無爵位の留学生。
それでも、ショーンはマックスから話をきき、アデレードが少しずつ肉付きが良くなって安心していた。
その矢先の事件である。
「昨夜、目を覚まし、スープを飲んだ。
医師が心配していたより、アデレード自身に体力がついていたようだ。」
ダリルの説明にショーンは安心する。
「君に縁談があってね。」
ダリルの言葉に、ショーンは驚きを隠せない。
「僕はただの留学生です。
収入もありません、結婚相手が可哀想です。」
学生でいられることですら、破格の対応だとショーンは思っている。
「相手が君の事を気に入っていてね。」
ニヤリとダリルが笑う。
結婚相手の父親が気に入っているとは言わないので、結婚相手がショーンを気に入っているように聞こえる。
ショーンが赤面し、戸惑う。
「僕がですか?」
「サンベール公爵令嬢ユリシアだ。
君が助けた令嬢だ。」
それを聞いて、さらにショーンが固まる。
「公爵令嬢など、僕にはもったいないです。
あんな美人、僕は年下だし、あり得ないです。」
「君に拒否権はないと思いたまえ。」
「僕ではありません、令嬢に拒否権があります。」
そういうショーンは、顔をあげてられないのか、俯いている。
「アデレードがいつか、好きな人と結婚できるようにしたい、と思ってましたが、自分の事は考えてませんでした。
どう返事していいのか、わからないのです。」
あまりに実直な答えに、ダリルの方が戸惑うぐらいだ。
「やはり、貴重な人材だな。
僕を支えるべく、爵位が必要だ。
公爵位は申し分ない。」
才能も性格も申し分ない、とダリルは確認する。
「もう婚約は確定している。」
ショーンは挨拶の為に、サンベール公爵邸を訪れた。
手には小さな花束を持っている。
王家からは不自由しない程度に支援を受けているが、ショーンは無駄な支出は抑えて、質素な生活をしている。
それはキリエ侯爵家にいた頃からだ。
アデレードと逃げる為に、資金を貯めていた。
サンベール公爵邸のサロンに通され、待っていると、公爵とユリシアが入ってきた。
ショーンは立ちあがり、礼をすると、公爵がソファーに座るように勧めた。
「申し訳ありません。
花でもと思ったのですが、王家からの援助を受ける身で、この国の税金を使う訳にはいきません。
僕が働いたお金で贈れる精一杯の花束です。
時々、商家で通訳の仕事をしているのです。」
そう言って差し出す小さな花束は、公爵にもユリシアの心にも響いた。
ユリシアが微笑むと、ショーンから花束を受けった。
「ありがとうございます、とても綺麗。」
「綺麗なのはユリシア嬢です。」
照れながらショーンが言うので、聞いているユリシアも照れてくる。
数多の貴公子達から、何度も言われた言葉だけれど、こんなに心に響くのは初めてだった。
「ショーン、そう呼んでいいかな?」
「もちろんです、公爵閣下。」
ふむ、と一息ついて、公爵がショーンに話しかける。
「君が婿に入るということで、我が公爵家はアデレード姫の実家に近い形になる。」
ショーンが公爵の言葉を受け、少し考えてから顔をあげた。
「アデレードの身体の事を話さねばなりません。
僕の母親の事になります。
決して許せない母親の事です。」
今まで穏やかな雰囲気だった、ショーンの空気が変わる。
「僕は、母を止める事ができず、妹を連れて逃げる事も簡単には出来ませんでした。
アデレードは、食べる事が恐くなり、今もひきずっています。
だけど、決して逃げようとしない、真正面から行こうとする、少し不器用でかなり頑固なんです。」
アデレードを思いだしたのか、ショーンがクスリと笑った。
「どうか、頑張ったアデレードを誉めてやって欲しいのです。」
話をじっと聞いていた公爵が、ショーンの肩に手を乗せた。
「ショーンも頑張った。
繊細な子供の時期に、君もアデレード姫も不幸な事だった。
君が我が家に来てくれて嬉しいよ。」
「公爵。」
ショーンは、ユリシアの手を取り、跪く。
「一生、貴女をお守りすると誓います。」
ユリシアは嬉しそうに答えた。
「もう2度も助けていただきました。」
公爵は、ショーンの誠実さも才能なのだと思う。