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カーライル

自分が悪いのはわかっているが、何より大事なのは娘だ。

()ぐに医者のサイモン先生を呼べ。」

あの女の息のかかった医者が来ては困る、その診断書でずっと騙されていたのだ。

アデレードが病気で静養の為に興奮させてはいけない、と言われ会えなかった。

夜中にこっそり見に行ったアデレードの身体は痩せていて、重い病気との言葉を信じてしまった。


使用人に指示をしながら、アデレードの部屋に急ぐ。

「あの女は二度と屋敷に入れるな。」

この使用人達も後で調べねばなるまい。

今居ない使用人達はアデレードを(かば)って、ジェリーに解雇されたということだろう。

すぐにでも呼び寄せよう、どれほどの金額を払ってもおしまない。



アデレードの部屋に入った瞬間に目を疑った。

倒れたままのアデレードが血にまみれている。

「旦那様、至急お医者様を!」

二人の侍女がアデレードの頭を押さえながら叫んだ。

「アデレード!」

他のものは目に入らなかった。

「サイモン先生を手配した。」

そう言いながら近づいて見たアデレードの手は細い。

「倒れた時に頭をぶつけたのか?」

カーライルの問いかけに侍女が(うなず)いて答える。

「血は止まりましたが、意識がないのです。」

そう言う侍女も血まみれだ。

「私どもが付いていながら申し訳ありません。」

タオルでアデレードの血で汚れた顔を拭いている侍女が言った。

「いや、悪いのは私だ。よく守ってくれた。」

こんなに細くなって、血が髪にこびりついている。

涙が頬をつたう、人に教えられるまで知らなかった自分が情けない。



すぐに来た医者にアデレードを任せ、カーライルは侍女に話を聞いた。

「私はミュゼイラといいます。

先生の診察にアデレード様についていて、ここに居ないもう一人はアリステアといいます。」

「君達が、バーラン王の指示で来たのか?」

リンダは首を横に振った。

「正しくは、ダリル王太子の指示です。

私達の他に騎士が二人います。今後のこともありますので、私の口から誰かはいえません。

いつでもバーラン王国に連れて逃げるように言われています。」

ダリル王太子は17歳、幼少の頃からの婚約を昨年解消して、現在婚約者はいない。確か相手の姫にスキャンダルがあったと聞く。

それ以外、政務に携わり始めたばかりで、学生でもあり、表だって出て来たことはない。


「とても優しく賢い姫様です。

私どもに、危険をおかして来てくれてありがとう、と何度も言われて国の状況を(うれ)いています。

初めて見た時の姫様の細さに驚くばかりでした。命の危険があるほどの細さでした。

今も細いですが、それは食べ物に虫やカエルが入れられていた為、食べるのが怖くなってしまっているのです。」

初めて知る衝撃にカーライルは、ジェリーと再婚して5年という時間の長さを思う。

「アデレード様は、それでも生きるという強い意志で過ごしていらしたようです。

服も与えられないので、自分で裁縫されていました。

4人の中で最初に私が侯爵邸に来たのは2年前です。」

ミュゼイラは怒りであろう、顔を赤くして、拳を膝の上で握りしめている。


「ジェリー様は、幼いアデレード様に暴力をふるい、時には鞭打つ事もありました。

それでもアデレード様は、私達をジェリー様から守ろうとしてくださいました。

私どもがお持ちする安全な食べ物で、あそこまでもち直されたのです。」


今でさえガリガリだが、以前はもっとひどかった。

ミュゼイラはダリルから、アデレードを王太子妃と思って仕えるようにと言われている。

もちろん、カーライルに伝える気はないが。

そうやって、アデレードの現状をカーライルに説明しているうちに診察が終わったらしい、寝室から侍女が出てきて呼ばれた。



「アデレード!」

「お父様。」

そう言う娘の手も指も細く、病気の為と言われていたことが嘘だったとわかると現実の(むご)さに涙が出た。

「すまなかった、アデレード。」

娘の手に頭を乗せ、謝るカーライル。

「お父様に嫌われていると言われて、お父様に言えなかった。」

誰に言われたか、などわかる。どこまでも娘を追いこんだんだ。

娘には、子供より再婚相手を選んだ父親と思われていたに違いない。

「そんなことない。大事な娘だ。」

自分の妻でなく、娘の母として選んだ人間だったはずだ。

最初に会った時にそれはジェリー本人に伝え、了解の上の結婚だったはずだ。


「侯爵、お話があります。」

カーライルより先に、サイモン医師がきりだした。

アデレードの寝室を出て、応接室で人払いするとカーライルと医師の二人だけだ。


「侯爵、これは由々しき事態です。」

すでにミュゼイラから聞いているカーライルでさえ、医師の説明に悲痛になる。


「アデレードは?」

「アデレード様の頭の傷は、出血の割には浅い傷でした。少し縫いましたが、予後の心配はないでしょう。

意識も診察の前に戻られ、しっかりした会話を確認しました。」

カーライルがほっと息を吐く。

「侯爵、私は宮廷医師として、王太子の婚約者の令嬢の状態を王に報告しなければなりません。」

「私の間違いだ。」

「侯爵は御存知で?」

「今になって知った。取り返しのつかないことだ。」

「ご夫人は?」

「先程、現場を押さえ、外に放り出した。離縁だが、それで済む事ではない。」

頭を横に振りながら、カーライルは怒りと情けなさで拳を固く握りしめる。

サイモン医師の方も、そうですか、と言うしかない。


「アデレード様の背中に、鞭であろう傷跡が残っています。」

ガタンと思わずカーライルが立ち上がったが、医師は説明を続ける。

「古い物から新しいものまで、アデレード様の成長に合わせ消えていくでしょうが、中には薄く残るであろう深い傷もあります。

侍女殿の背中にもありました。

アデレード様が泣きながら、私を(かば)ったと言われました。

そして、何よりあの細さは食事を与えられなかったからです。

侍女殿が夫人のされたことを話してくれました。

今も侍女殿と食べる訓練をしていると言われ、私もお手伝いさせていただきます。

侍女殿が安全な食事を用意するので口に入れるまで出来るようになったが、飲み込む事が難しいそうです。」

しばらく通わせていただきます、と医師が言う。


「先生、アデレードを助けてください。

ロクサーヌの残した大事な娘なのです。」

医師の手をとり、頭をさげるカーライルに、何故今まで放置したと言葉を飲み込むサイモンだった。


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