満開のバラの庭
その夜は、アデレードの部屋にダリルが来ていた。
疲れて眠っているアデレードの顔を見に来たのだが、見るだけでは済まなかったらしい。
「アデレード。」
ダリルの呼びかけに、うん、と返事してアデレードが目を開ける。
ダリルと認識すると、顔いっぱいに笑顔がひろがる。
「ダリル。」
「起こしてごめんね。」
「ううん、話したいことがあったから。
今日は散歩で軍の訓練を見に行ったのよ。」
「知っている。
アデレードはすぐわかった。」
ダリルは、アデレードの話を聞きながら、フルーラ・ボナペリ子爵令嬢を調べさせようと考えをめぐらす。
フルーラとアデレードは、時々会った。
フルーラは、頻繁に王宮を訪れているらしく、軍の練習場だけでなく、開放されている王宮の庭や広場に詳しかった。
アデレードが散歩の休憩に木陰で休んでいると、フルーラから声がかかる。そのうち、約束して会うようになった。
フルーラの王都の話は、アデレードの知らない事がいっぱいであった。
アデレードはそこで他の令嬢達とも会話するようになり、それはアデレードの心の解放にも繋がっていった。
食欲がでてきて、食べる量も増えていった。
2か月が経つ頃には、血色がよくなり、髪にも艶が出て来て、背も伸び、肉付きも良くなり、細いが病的ではなくなった。
だが、令嬢達から情報を得る事は楽しい事ばかりではなかった。
王太子の婚約者の選定が進んでいるという。
第1候補はユリシア・サンベール公爵令嬢、第2候補はスタンブル王国のイスニラ王女。
意外な事に、フルーラの名前もあがっている。
先日、王太子が声をかけたというのだ。
王太子が執務室に行く廊下に、何故かフルーラがいて、王太子がフルーラの名前を知っていた。
「そなたがフルーラ・ボナペリ子爵令嬢か。
ここは、部外者は入れない、出ていきなさい。」
と声をかけたということらしい。
どこかでフルーラを見かけた王太子が、フルーラを見初めたから名前を知っていたのでは、という憶測から子爵家だが王太子妃候補に繋がっているらしい。
その日は、以前からフルーラと王宮の庭を見に行くと約束していた。
王族の住居区分以外は、王宮も庭も開放されている。
バラが満開になって、たくさんの夫人や令嬢、紳士が訪れていた。
警護には遠巻きにするように指示して、アデレードは庭に入った。
「あら、貴女、今日は見苦しくないわね。」
後ろから声がして、振り向けばユリシアが立っていた。
少し肉付きも良くなり、アデレードは新しいドレスに身を包んでいた。
ペールグリーンのドレスはリボンとペチコートで十分な脹らみをもたらしている。
サンドラの最近の楽しみは、アデレードを飾る事だ。
今日も、可愛い、可愛いと満足したようだった。
「あまりに憐れだったから、私の子供の頃のドレスを探させましたのよ。」
ホホホ、とユリシアが高笑いする。
「ユリシア様の嫌味を気にしちゃダメよ。」
フルーラがそっと、アデレードに囁く。
元々、アデレードは気にかけていないが、頷いておく。
ユリシアがじっとアデレードを見つめている。
「貴女、随分変ったわね。
そのドレスも高価な生地よね?」
アデレードは宝飾類を着けていない為に豪華には見えないが、王妃の目に適ったドレスである。
「ありがとうございます。
義伯母が選んでくれました。」
「前より可愛くなってよ。」
ツンとした表情でユリシアがアデレードを誉める。
なんだか、ユリシアらしいと思うとアデレードはクスクス笑い出した。
「きゃー!」
女性の悲鳴が聞こえたと思うと、あちらこちらからも悲鳴があがった。
逃げる人々や蹲る夫人などで喧騒の渦となった。
警備兵達が走って行き、動けない女性を助けている。
「蜂だ!!」
誰かの怒号が響いた。
アデレードがバラの上を見ると、巣をつつかれたのか、蜂の大群が飛んでいた。
警護も駆けつけ、アデレードとユリシアを背に庇う。
母を襲った蜂、アデレードの記憶がよみがえる。
震えそうになる身体を叱咤してユリシアを見ると、恐いのだろう、動けないようだ。
「アデレード!」
向こうでフルーラが手をあげたのが目に入った。
ユリシアの手を握ると走りだす。
「ユリシア様逃げましょう!」
「ええ。」
アデレードにつられて、ユリシアもフルーラに向かって走りだした。
アデレードの警護は、そちらに蜂が行かないように、蜂を追い払っていた。
どれほど走ったろうか、建物に入り、一息つく。
細い身体で体力のないアデレードの顔は真っ青になっていた。
その場にズルズルと膝をつくと、ユリシアが気づいたのだろう。
ユリシアの悲鳴が建物の中に響くが、外の喧騒で気がつく者はいなかった。




