王宮の生活
王妃サンドラが医師と共に、アデレードの治療についた。
痩せたアデレードは、サンドラの庇護欲をかきたてたのだろう。
治療だけでなく、仕立屋に家庭教師、サンドラが手配し、ミュゼイラとアリステア以外の侍女が王妃のところから回された。
治療と並行して、王女教育が始まった。
グフッ、アデレードが口を押さえてかがみこんだ。
昼食で用意されていたのは、アフタヌーンティーに出るような小さなサンドイッチであった。
ミュゼイラが青い顔のアデレードを別室に連れて行き介抱をする。
食べないといけない、という気持ちが強すぎて、身体が受け付けないのに口に入れてしまった。
「以前より食べれるようになって、無理をしてしまったわ。」
「姫様、焦りは禁物です。」
バーラン王宮に入ってから、アデレードの呼び名がお嬢様から姫様に変わった。
ミュゼイラがアデレードの元に来てから2年が経つ。
安全な食べ物も手に入るようになったが、食べれるようにならない。
栄養不良に陥った期間よりも、長い時間をかけても簡単には治らない拒食症という病。
わかっていても、人から遅れた成長を促したい。
その為には、食物摂取が必要なのだ。
「ミュゼイラ、心配かけてごめんなさい。
出来る事から頑張る。
散歩に行ってきます。体力をつけたい。」
細いアデレードの身体では、激しい運動は危険が大きいが、少しずつ体力をつける練習をしている。
ミュゼイラと警護を連れてアデレードは散歩に出たが、3ヶ月後のお披露目までは、外では貴族の令嬢として過ごしている。
王家に姫が出来た事は、まだ秘密の状態なのだ。
そのお披露目までに、少しでも肉を付けて、普通に近い身体にしたいのだ。
以前の骨の浮いた身体に比べれば格段によくなっているが、それでもまだまだ細い。
女性らしいドレスが似合う体型ではない。
周りには、現在のアデレードよりも美しい女性ばかりだ。
ダリルを信用はしているが、不安でしかたない。
片想いと思っていた頃より、お互いの想いを確認した後の方が強くもあり、弱くもある。
赤い花の続く道を歩いて行くと、軍部に続く道に出てしまった。
軍の練習を見る為に、多くの令嬢達が来ていた。
花に負けない色とりどりのドレスに着飾った令嬢達が、集まって見ている。
少し高台になっていて、そこから練習風景が見えるようだ。
黄色い声援が聞こえるのは、若い士官が練習をしているのだろうか。
戻ろうとしたアデレードに話し声が聞こえた。
「次は王太子様の番よ。
フランドル隊長と並ぶお姿は是非見ておきたいわ。」
王太子様よ、フランドル隊長よ、と令嬢達が騒いでいる。
こっそり覗くならいいわよね、アデレードだってダリルが軍で練習する姿は見たい。
女性達の声がする方向に向かうと、女性達もアデレード達に気が付いたようだが、アデレードの細い身体と少し緩めのドレスにクスクス笑っている。
アデレードは太る予定だからと、少し大きめのドレスを仕立てているのだ。
王妃は、太った時にしつらえればいいと言うのだが、自分で服を縫い直していたアデレードにはもったいなくて出来ない。
軍の練習を見ているのは貴族の令嬢ばかりのようだが、アデレードと一緒にいるミュゼイラに警備がついていると思ったようだ。
「貴女、貴族の令嬢なの?
ずいぶん、みすぼらしいこと。」
豪華なドレスで美しい令嬢がアデレードの前に立った。
「私はサンベール公爵家のユリシア。」
その名前は、ダリルの婚約者候補としてアデレードは知っている。
ダリルを見に来たのだろう、と思うとアデレードの胸に苦いものが湧きあがる。
アデレードは、すっと胸を張って背筋を伸ばした。
「どこがみすぼらしいのかしら?」
自分で言いながら、この細い身体のことだと分かっている。
ユリシアもアデレードが反論してくるとは思わなかったのだろう。
驚いたようだが、すぐにニヤリと笑った。
「そのギスギスの腕や、ブカブカのドレスの事よ。
どこから盗んできたのかしら、と思うぐらい似合ってないわ。」
ホホホ、と笑うユリシアに同意するかのように、周りの令嬢達も笑いだす。
「他には?」
ジェリーにもギリアンにもいろいろな事を言われた。
アデレードは悲しい事に、言われ慣れているのだ。
これぐらいで逃げたりはしない。