アデレード
アデレードが苦難を乗り越え、幸せを自分の手で掴んでいきます。
トルスト王国王宮の一室でアデレードは部屋の片隅にいた。
「婚約者らしいことをしろと父上がうるさいから、会ってやっているんだ。
そこでおとなしくしていろ。」
ギリアン王太子の言葉に更に縮こまるアデレード。
今朝、後妻であるジェリーの連れ子の義兄ショーンが、迎えに来て連れて来られた王宮。
ショーンは王太子の取り巻きの一人だ。
学友というらしい。
アデレード・キリエ侯爵令嬢13歳、亡き母が緊張関係にある隣国の王女だった事から、王太子の婚約者になって2年。
王太子は15歳。
お気に入りの男爵令嬢を抱き寄せながら、友人達とカードゲームをしている。
負けるとアデレードのすぐそばに、いろいろな物が飛んで来る。
危なくてアデレードは動けない。
「お前みたいな暗くて地味なガリガリの子供。誰が相手にするんだ。」
王太子は口癖のように言う。
「僕は不幸だよ。
お前を妃にしないといけないなんて。」
身体が弱いそうだから、すぐに交替になるかな、と王太子達が笑っている。
「少しは怯えるとかないのか、不気味なやつ。」
王子が吐き捨てるようにアデレードに言う。
向こうでショーンが王太子を呼んだ、これ以上の関わりを止めているみたいだ。
その頃、隣国バーラン王宮では、キリエ侯爵カーライルが国王ルドルフに謁見していた。
緊張の続く両国では、バーラン国王妹を妻にしたキリエ侯爵以外、謁見を許されていない。
「ルドルフ陛下にはご健勝のようで、」
ドンと椅子の肘あてをたたき、言葉を切ったのはルドルフである。
「陛下?」
キリエ侯爵はどうしたのかと尋ねる。
「君は、未だに動かない。
私が動くよ。」
その言葉に含むものを、カーライルは慌ててルドルフと言葉がかぶってしまった。
「戦争だけは避ける方向で。」
「アデレードは私がひきとる。」
ニッと笑ったのはルドルフだ、そして再度言う。
「アデレードは我が王家の一員だ、私が引きとる。」
「アデレードはロクサーヌの忘れ形見、大事な娘です。渡せません。」
カーライルが言うと、ルドルフは手にしていたグラスをカーライルに投げ付けた。
「大事な娘なら何故放置する!
アデレードを餓死させるつもりか!」
カーライルはグラスを避けたが、意味がわからない。
「食事も着るものも与えず、鞭でなぐり、それが親のすることか!」
「まさか。」
カーライルは顔を蒼白にする。
「我が手の者が密かに守っている。でなければ今頃死んでいる。」
ルドルフの言葉が終わる前にカーライルは駆けだして自国に向かった。
一昼夜馬で駆け、国境を越え、屋敷に戻るとアデレードの部屋に向かったが、すぐに異変に気が付いた。
使用人達が見慣れた者ではないのだ。
いつからこうなった?
6年前、母を亡くしたアデレードは7歳、まだ親の必要な歳だ。
外務大臣をしている自分は家どころか、国を空ける事も多い。
1年後、子育ての経験のある優しい女性を後妻に迎えたはずだ。
連れ子ごと屋敷に迎え入れた。
いつからか、アデレードの顔を見ていない。
病気で寝ていると言われて信じてしまった。いや、愛しいロクサーヌに似ているアデレードを見るのがつらかった。
自分は逃げたのだ。
アデレードの部屋の扉をノックしようとして止まる、中から声がする。
そっと扉を開け、隙間から中を覗き見る。
「いやー!
返して!
それはお母様の形見なの!」
「お前の母は私一人、つまり私の物よ。
なによ、睨んで。可愛げのない子ね。」
ジェリーがアデレードから取り上げている、手にある物は遠くからでもカーライルにはわかる。
カーライルがロクサーヌにプレゼントしたネックレスだ。
自分の瞳の色の石が中心にあるネックレス。何軒もの宝石商を訪ねた若き日、ロクサーヌが大事にしていた。
パーン!
取り戻そうとするアデレードをジェリーが叩いたのだ。
倒れこむアデレードを守るように、侍女が二人覆いかぶさった。
「女主人は私よ、どきなさい!
私の言う事が聞けないならお前達は首です。すぐに出て行きなさい!」
なおもアデレードに暴力を振るおうとばかりにジェリーが近づくが、侍女たちはアデレードを庇ったままだ。
「出て行くのはお前だ!」
その声にジェリーが振り向いた。
扉を開けて立っているカーライルに、ジェリーは驚き目を見開く。
「カーライル様。」
お戻りの予定はまだ先では、と言葉が続かない。
カーライルはジェリーの腕を掴むと、引きずるように玄関に向かい、外に放り投げた。
「すぐに出て行け!
離縁だ。よくもアデレードを叩いたな!
実家には私から連絡をしておく。」
「カーライル様がアデレードがいるから、子供はいらないというから!」
結婚前に、自分の妻は亡き妻のみ、娘の母親として侯爵家に来てほしいと言われた。もし、アデレードがいなくなれば、事態は変わる。子供を欲しくなるだろうと思った。
子爵令嬢として生まれ、嫁いだのは伯爵家の三男、貴族らしく生活するので精いっぱいだった。
そこに侯爵家の後添えの話がきて、贅沢な生活が始まった。
だが、自分の子供が継がない限り、この生活は終わる。
美貌の王女だった亡き夫人に、自分が勝てるものはない。
美しい侯爵は未だに亡き夫人を想っている、自分も女として見てほしかった。
侯爵邸の扉はジェリーの目の前で、カーライルによって閉められた。