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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第三章

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『どうにもならない事もあるのだ』と彼女は言った

「一体、どういうことだ!」

 自室に駆け込み、リュカは叫んだ。

「カミーユ殿! カミーユ殿!」

 名を呼びながら部屋を大股で移動し、

「キャッ!」 

 慌てた様子で寝室から飛び出してきたキャシーとぶつかる。

「も、もうしわけ」

「キャシー! リリーは!?」

 謝罪するキャシーの肩を掴み、リュカは尋ねた。

「ロイドが、リリーの容体が悪いと……本当なのか!?」

「は、はい。カミーユ様が、そのように……」

「そんな……」

 キャシーの肩から手を離し、リュカは寝室に入った。

 広い寝室には、大きなベッドを取り囲んで、カミーユとミッシェルとエリナ、ルウ、スピカ、チェイスの姿があった。

 そして、ベッドに横たわるリリー。

「……カミーユ殿……一体……」

 恐る恐る近寄り、リリーの様子を見る。

 血の気の引いた青白い顔で、全く動かない。

「そ、んな……なぜ……」

 既に呼吸をしていないのではないかと不安になり、間近でじっと見ていると、ほんの少し、胸が上下していた。

「……触れても?」

 カミーユが頷いたので、そっと頬に、そして上掛けを捲り、手に触れてみる。

「……冷たい……」

 全く熱を感じられない手をそっと握りしめ、リュカはカミーユを見た。

「リリーは……」

「……ちょっと前までは、話もできてたんだ。気持ち悪いもの治まって来たと言ってね。で、少し眠ると言って目を閉じてからいきなり……なんかこう、全てが弱くなってしまったんだよ。体温が下がるし、呼吸もほんのわずかで揺らしても起きないし……」

「なぜ?」

「わからない。飲まされたという薬のせいかもしれないと思い、あの屋敷に探しに行ってもらったんだが、火災が起きたようじゃないか」

「ええ……そういう事を知っているような関係者は、全員、亡くなりました」

「そのようだね。あそこで働かされていた者にも聞いたそうだが、どこで仕入れている物かわからなかったと言っていた」

「ニックと数名が、何か残ってないか焼け跡を探しているそうですが……」

 今にも泣き出しそうな表情で、キャシーが言う。

「一般的な鎮静薬であったとすれば、入っているものは大体決まっている。そういう物で、こういう状態になるのは考えにくいんだが……」

 一度言葉を切り、カミーユはリュカを見て、小さな声で言った。

「リリーの、体質に合わなかったのかもしれない」

『猫の、ということか……』

 皆がいる所では話しづらいと感じたリュカは、自分とカミーユだけにするよう指示をした。

「父上……リリーは、大丈夫ですか?」

 不安と眠さでフニャフニャになったミッシェルが、目を赤くして尋ねる。

「……そうであって欲しい、としか今は言えない。リリーが無事なように、祈っていてくれ」

「はい、父上。……リリー、頑張ってね」

 リリーの手をキュッと握ってから、ミッシェルはキャシーとエリナと一緒に部屋を出て、その後に、スピカと耳に包帯と巻いたチェイスが続いた。

 部屋の扉が閉まってすぐ、さっきまで二匹の犬と並んでいたルウが、ベッドに飛び乗った。

「何かあったら呼んで欲しいって、スピカさんが」

 そう言い、少しでもリリーを温めようと首元に身体を寄せて座る。

「すごく、心配してたわ。あの落ち着きが無いチェイスも、静かにしていたしね。……あの子、今回は頑張ったわ。後で褒めてあげてね、リュカ様」

「わかりました。ところでカミーユ殿、何か手立てはないんですか?」

 ルウへの返事もそこそこに、リュカはカミーユに尋ねた。

「何か手立てといわれてもね……原因がわからないから、どうにもできないんだよ。さっきはああ言ったが、薬のせいではない可能性もある。猫の身体に魂を入れただけのはずなのに、人間の姿になったりするなんて、普通の事ではないからね。そのせいで負担が大きく、限界が来たのかもしれない。だとしたら、もう、どうにもならないよ」

「そんな! 諦めるというんですか!? そんなの納得できない! 何か方法があるはずだ。そう、何か……貴女なら、何か知っているでしょう!?」

「前に言っただろう? わたしはなんでもできるわけじゃないと。今回の事はそういう類いの事で」

「いや! 何かあるでしょう!? 何か……そうだ、前にカミーユ殿が言っていた、リリーが人間の姿になった原因かもしれないという事! あの時は秘密だと言っていたが、その方法なら、リリーの状態を安定させられるのでは!?」

「リュカ様」

「いや、それより、カミーユ殿は随分長い間生きているのだろう? という事は、生命に関する業を知っていると言う事」

「リュカ様」

「少しでいい。少しでいいからリリーの命を」

「リュカ・ベルナルド!!」

 カミーユが、大きな声でリュカの言葉を遮った。

「……気持ちはわかる。だけどね、この世には、どうにもならない事もあるんだよ」

「……どうにも、ならない……」

「そう。努力して、強く願って、叶える事ができる事ばかりじゃない。いくら望んでも、何を犠牲にしても、どうにもならない事がある。諦めなきゃ、ならない事があるんだ」

 カミーユは、ベッド脇にある椅子に腰かけ、リュカを見上げた。

「あんたも椅子に座りな。あんたがさっき言った事が、できない理由を話すから。長くなるが、きちんと説明しなければ納得できないだろうからねぇ」

「……はい」

 カミーユの言葉に、リュカは素直に従った。椅子をカミーユの隣に運び、座る。

「まず、リリーが人間の姿になるようになった原因かもしれない事だけど。リリーが、猫だと色がわかりにくいって言ってたから、怪しい者を探すとき、髪の色だとか服の色だとか、はっきりわかった方が都合が良いと思って、視力を良くする方法を試したんだ。使ったのは、リリー本人の目玉。葬儀前の身体からこっそり取ってきて、いろいろやって能力を抽出し、体に入れたんだよ。普通は他人の目を使ってそういう事をするんだけど、そのせいで、その眼の持ち主になるとか、そういう話は聞いたことがないから、リリーの魂と反応したのかもしれないと思ったんだ。まあ、はっきりした事はわからない。同じ事を繰り返してやってみないとね。そして、リリーの身体の他の部分も入れればいいかというと、そういうわけじゃないだろう。第一、リリーの遺体は共同墓地に入れられたから、探し出す事すらできないよ」

「そうですか……」

「それから、わたしが長生きの秘密だけどね、わたしにもわからないんだよ、本当に」

「しかし、何かはあるのでしょう?」

 諦めきれないリュカが尋ねる。

「何もしないのに、長生きという事は……」

「まあ、確かにね。ただ、あまりにも多くの物を試し過ぎていて、何がどう効いているのかわからないんだよ。……わたしとルウは、永遠の命をもたらすための実験体だったんだよ」

「それは、どういう……」

 戸惑うリュカに、カミーユは話した。

「ずっとずっと昔、この国がまだこれほど大きくなかった頃、永遠の命を求めた国王は、国中の魔法使いや魔女を集め、不老不死の研究をさせた。そのうち、他国の魔法使い達も集め始め、貴重な書物や希少な薬草の為に戦争を仕掛け、領土を広げて行った。できた薬や呪文は、いきなり王に使う訳にはいかない。先に動物で試し、次に人間で試し、安全で効果があるとわかってから王に用いた。ルウとわたしは、その実験体でね。一つ、二つじゃなく、あれこれ試されたんだよ。わたしらの他にも実験体は大勢いて、同じ薬を飲んで死んだ者もいたし、怪しい術で精神を破壊された者もいた。わたしは赤ん坊の頃から実験台にされていて、体に耐性ができていたのか、他の人が死んだ薬でも死ななくて、運よくずっと生き残っていた」

「わたしもそう。ちなみに、人と話しができるのは、猫好きの魔法使いに、人の言葉がわかり、話せるようになる術をかけられたからよ」

「長く一緒にいるうちに、どんどんうまくなっていったしね」

 カミーユがルウの頭を撫でながら言った。 

「……わたしは、城に呼ばれた魔法使いの子供だったそうだ。人質として捕えられた妻が、監禁されている城でわたしを産んで、亡くなった。父は怒り、王を殺害しようとして逆に殺されたそうだ。人質の役割を果たさなくなったわたしは、いつ死んでもいい実験台として扱われることになったが、父を知る魔法使いや魔女達が気にかけてくれ、何年も生き残っているうちに、自分達の知識を教えてくれるようになった。大きくなるにつれて、いろんなものへの耐性が付きすぎて実験台には適さなくなったわたしは、研究の手伝いをするようになった」

『まあそれからも、安全そうな物は自ら試していたけどね』と笑ったカミーユだったが、フーッと息を吐き、真面目な表情に戻って言った。

「で、わたしが三十歳になる少し前、いよいよその日がやってきた。長生きはしてきたが、不老不死の成果が得られないと判断した王は、自分が死ぬときに、集めた魔法使いや魔女を道連れにする事にしたんだよ。城の後ろの森に作られた小屋に押し込められて、毒の煙を流されてね。そのせいで、みんな亡くなってしまったんだ。わたしも、物凄く苦しくて、意識を無くして……でも、死ななかった。わたしだけ意識を取り戻して、何日もかけて床下の土を掘って、とうとう小屋から出られたんだ」

「わたしはみんなが小屋に連れていかれた時、一緒に後をくっついて行ったの。中には入らなかったんだけど、なんか中から音がするから、森の中で獲物を獲りながら、誰か出てくるのを待っていたわけ。それで、カミーユと会えて、一緒に逃げる事にしたの。その時点でわたしも三十年近く生きていたんだけど……まだ全然、死ぬ様子はないわね」

「……一体、二人は何歳……」

「途中から数えるのを止めたが、百はだいぶ前に過ぎたね。二百に近いかもしれない」

 カミーユはさらりとそう言い……『まあ、そういうことなんだよ』と溜息交じりに言った。

「結果的に、不老不死、みたいな状態になっているが、何か効いたかわからないんだよ。何か一つが原因かもしれないし、いろいろ混ざって反応し合った結果かもしれないし。わたしとルウが同じ理由で長生きなのかもはっきりしないんだ。だからリリーの事も、どうにもできないのさ」

「そう、ですか……」

 話を聞いているうちにだいぶ落ち着きを取り戻したリュカは、フーッと息を吐いた。

「すいませんでした……さっきは、取り乱して……」

「リリーの事を大切に思っているからこそ、という事で、今回は大目にみるよ。……わたしもね、本当にどうにかしたいんだ……ああ、一応言っておくけど、これでもできる事はもう施した後だからね」

「……ありがとうございます……」

「あとはもう、見守るしかない。……ルウ、わたし達は隣りの部屋で待機しようじゃないか」

「……そうね。少し、二人になるといいわ」

 そう言い、ルウはベッドから降り、カミーユと一緒に寝室を出て行った。


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