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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第三章

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制裁

 短剣を持った男爵の手を、デューイは簡単にねじ上げ、短剣を奪った。

「おい! 大丈夫か? リュカ! この女性は?」

「ここの女主人、マダム・アドニア。マグノリア孤児院の院長です。」

「はあっ? おい! 何人か来て怪我人を運んでくれ!」

 慌てて人を呼ぶデューイ。 

「リュカ様、リリーは見てますから」

「すまない、ルウ殿」

 こっそり囁いたルウに礼を言い、リュカもプレシラの様子を見に行く。

「く、やしい……」

 ドレスを飾っていた真珠が散らばる中、プレシラは腹部を押さえて苦しんでいた。手が、血に染まっている。

 リュカはテーブルに掛けてあった布を折り、腹部に当てて圧迫してやった。

「オットー男爵だな? なぜこの女を刺した」

 デューイの問いに、男爵は震えながら言う。

「こ、この女が娘を……娘を誘拐してここで……た、助けてくれ! 娘が公爵に連れて行かれた!」

 自分より頭一つ以上背が高いデューイの胸元を掴み、叫ぶ。

「公爵は、リッツ公爵は、人を殺すのを楽しむような方なんだ。本当なんだ!」

「今既に、屋敷内を捜索中だ。大人しくしてろ」

 デューイはそう言うと、男爵の両手を掴み、縄で縛った。

「この女が……この女が悪いんだ……」

 膝から崩れ、ブツブツと呟く男爵の声が届いたのか、プレシラが口を開く。

「こ、こんな事、してたんですもの。恨まれて、刺されても、しかたない。で、でも、その男に……その男に刺されるなんて、そんなの、納得、できない、できる訳ないっ!!」

「黙っていろ! 傷に障る!」

 胸のあたりからも出血している事に気づき、そう制したリュカを無視し、苦しそうにしながらもプレシラは言い続ける。

「その男は、散々ここで遊んでおいて、金を払わず、逃げたのよ。だか、ら、娘を、働かせる事にした、だけ……自分が、悪いくせに、被害者ぶって……い、いい父親ぶって……自分のしていた事は、なんなの? よく、わたしが悪いなんて、言えた、ものね」

「男爵はきちんと裁かれる、安心しろ」

 そう言いながら、リュカはプレシラの傷を押さえ続けたが、床にまで血は溜まっている。

 彼女を運ぼうとやってきた団員達も、状況を見て首を振る。

「……悔しい……悔しい。……約束して。本当に、その、男を……裁くって。……ああ、くやし……絶対、ゆるさ、ない……」

 そう繰り返し、プレシラはとうとう、呼吸を止めた。




 警備をしていたガラの悪い男達を縛り上げ、『私が誰かわかっているのか! お前らなんて、どうにでもできるんだぞ!』と喚く貴族や『金ならいくらでも出す!』と買収しようとする金持ち達を部屋に閉じ込め、どさくさに紛れて逃げた者もいたが、逃げられなかった働かされていた男女に『安心していいぞ』と声をかけ……現場はまだまだ混乱していた。

 そんな中、リュカは、両手を縛られて床に座るエヴァンの前に行き、片膝をついて目線を合わせた。

「……プレシラは、死んだぞ」

 一瞬、驚いたように目を見開いた後、エヴァンは『ハッ』と力なく笑った。

「殺しても死なないような女だったが……そうですか、死にましたか。……私は見ていないけど、オットー男爵にやられたんですよね? あー、怒ってそうだな、彼女。『あんな男に殺されるなんて』って。でも、捕まって、牢に入れられて尋問されたりするより、良かったのかもしれない。マダム・アドニアは、自尊心が高い女性だったから」

 そう言い、エヴァンはニヤリと笑ってみせた。

「私は、処刑されるでしょうね。でも、一人では逝きませんよ。みんな、道連れにしてやる。全部話してやる」

「……なぜなんだ。私に勝ちたいというのなら、もう叶っていただろう? 親に愛され、オリヴィアを奪い、自分の子供を育てさせて、身分が上になる事も決まっていた。美しい妻もいる、跡取りの子もいる。それなのに、なぜこんな事に加担した? 金の為か? 義父の侯爵から引き継ぐしかなかったのか?」

「人間の欲望というのはねぇ、限りが無いんですよ。父上も母上も、適当に可愛がりはすれ、他人に自慢するのは決まって兄上の事でしたよ。美しい妻は我が儘で高慢だし、我が子も乱暴で出来が悪い。一方ミッシェルは、かわいくて賢く育ってるじゃないですか。……悔しいじゃないですか! だからオリヴィアとの仲を継続させ、いずれは兄上を暗殺し、後見人として伯爵家も自分のものにできたらいいと思ってたんですけどね」

「……随分な話だな」 

「ハハッ! でも、うまくいきませんでしたよ。兄上に子供をつくろうと言われ、無事懐妊し、舞い上がったオリヴィアが『自分は間違っていた。リュカ様はこんな私にも優しくて、ミッシェルの事も本当の息子として接してくれる。リュカ様は素晴らしい。これからはリュカ様の為に尽くす。考えてみれば、自分に自信がなく、リュカ様に相応しくない、劣っている、と感じていたのは、リュカ様に憧れて愛していからだ。あなたに対しては、同じようにリュカ様に劣等感をもっている仲間だと思っていたにすぎない。あなたの事は別に愛していなかった。あなたとの事は間違いだった』なんて言ってきたんで、頭にきて殺してやったんです。そう、オリヴィアを殺したのは私ですよ!」

 薄々、そうではないかと疑っていたが、こうしてはっきり言葉にされると、悲しみで胸が詰まる。

「……なんて事を……なぜ、満足できなかったのだ……なぜ……」

「ですから、欲望は際限なし、と言ったでしょう? 私には、兄上の方が理解できませんよ」  

 そう言うと、エヴァンは視線を外した。

「……幼い頃の事で私が思い出すのは、エヴァンと一緒に釣りに行った事だ。あれだけが、楽しい、幸せな思い出だ」

 ふいに、どうしても言いたくなり、リュカは言った。

 返事など、無いと思っていたのだが、

「……二人で、黙って屋敷を抜け出した時の事ですか?」

 意外にも、すぐにエヴァンが応えた。

「そう。帰ったら、ロイドに叱られた」

「でも釣った魚は、料理長に頼んで夕食に出してくれましたよね。確かに、あれは楽しかった。……でももう、過去の事ですよ」

 そう言うと、エヴァンはそれっきり、何も話さなかった。




 まだ動けないリリーと、その辺に放り出す事ができないジフリーの為、リュカは一度屋敷に戻った。

「旦那様! ご無事でなによりです」 

「心配かけたな、ロイド。私はまたすぐに出なければいけない。後の事を頼む。まず、リリーは私の部屋へ。薬を盛られて体調が悪いんだ。こちらはリリーが働いている薬屋のカミーユ殿だ。リリーの看病をしてくれる。医師よりも信頼できるので、すべて彼女に任せるように。それからシェリンとこの男は客室へ通してくれ。今日はそのまま泊まってもらう。部屋は一緒でかまわない」

 そう指示をし、急いで『蝶の館』に戻ってみると、屋敷の前が何やら騒がしい。

「そんな事を言われても、今団長が城に行っているので判断しかねます」

「いや、それはそうかもしれないけど、私も王から直接命令されてて。この場を仕切って事を納めなきゃいけないんだよ。ほら、君も知ってるだろう? 王はなんでも面倒が起きると私に後片付けをさせるんだ。小さい頃からずっとだよ? 嫌になっちゃうなぁ」

「とにかく、団長の指示がなければ我々は動けないです」

「そう言われてもなあ……困るなあ」

 ダイアンと揉めているのは、王の側近のトリアド子爵だった。

 白髪がちな黒髪で、中肉中背。五十代後半。王の乳母の子で、兄弟のように育った、王が一番信頼している男だ。

「副団長、戻りました。トリアド卿、どうしてこちらに?」

「ああ、リュカ・ベルナルド、今回はよくやってくれたね。お手柄だよ。まあ、弟のエヴァン・コールドウェイの事はアレだけど、ホラ、もう他家の婿養子になってるんだし? 陛下も、その辺はきちんと分けてお考えだからね?」

 細目でいつもニコニコしていて、『面倒だなぁ、困るなぁ、嫌だなぁ』が口癖で、忙しいのは嫌だから、という理由で重要な役職も上位の爵位も断っているという人物だ。

「陛下は……トリアド卿は、この件をどのように納めるおつもりなのでしょうか」

「んー、まだ決まっていないよ。あ、ようやく来た。おーい、デューイ・ディガル団長!」

 トリアドが手を振る先を振り返ると、渋い顔をしたデューイが早足でこちらに向かっているところだった。 

「皆、聞いてくれ! この件は我々の手を離れ、トリアド子爵が引き継ぐ事になった」

 団員達を見回しながら言う。

「陛下は、今回の我々の働きを大変喜んでらっしゃる。そのうえで、混乱が起こる事を案じて、我々が本来の役割に戻る事をご希望だ」

「あ~、そうだよね。こういう時ってゴタゴタが起きがちだし。後は私に任せて、君たちは陛下を守ってあげてね」

「……そう致します。じゃあ、我々は城に戻るぞ!」

 デューイの指示に、皆支度を始めたその時、屋敷の方が突然騒がしくなった。

 勢いよく扉が開き、大勢の人が走り出て来る。

「えっ? えっ? どうした!?」

 慌てるトリアドのところへやって来た彼の部下が、息を切らしながら話す。

「客達を閉じ込めていた部屋から急に火が出まして。公爵がいた部屋の方も、ほぼ同時に火が出たようです!」

「なんだって!? おいおい! まずいだろ! 早く火を消さないと! おーい、騎士団も手伝って!」

 トリアドの声に、急いで消火しようと屋敷に入ってみるが、辺り一面火の海だった。

 入ってすぐの大広間はカーテンを伝い天井まで炎が達していて、奥の個室など、とてもじゃないが行けない状態だ。

「これはまずい! 皆、危ないから外に出て!」

 そうして、為すすべなく右往左往いる間に、屋敷は炎に包まれた。

「あーあー、なんてこった……これは陛下に怒られる……困った事になった」

 ゴウゴウと燃える屋敷を眺め、トリアドが呟く。

 しかし、その顔は、少しも困っているようではなく、むしろ、少し微笑んでいるかのようだった。

 トリアド子爵。

 爵位は子爵だが、実質、公爵よりも力を持っていると噂される男。

 仕事が嫌いで、重要な役職も上位の爵位も断ったというが、本当は、王の為に自由に動き易いよう、わざと低い地位に甘んじているという事は、一部では周知の事実だった。




「……やはりあれは、トリアド卿が仕組んだ事か?」

「そうだろう。でなければ、あんなに早く燃え広がらん。油でも撒いたのだろう」

 城に戻り、近衛騎士団の団長室で、デューイとダイアンがヒソヒソと話すのを、リュカは黙って聞いていた。

「トリアド卿は、普段やる気を見せないから、つい油断してしまう」

「しょうがないだろう。前にあの人がやる気を出したのは、我々の親の時代だ。陛下が王位を継いだ時、弟君を押す者達を蹴散らしてな。それで弟君は公爵となり、慈善事業なんかに尽力されて、陛下もお喜びだったが……」

「裏では、残酷な事をしていたのだな……。もしかして、陛下はそれに気づいて、我々にこの事件を調べるよう指示したのだろうか」

「可能性はあるな。そして、陛下にとって害となるものは全て排除したいと考えるトリアド卿が、どうせなら、堕落した貴族達もまとめて粛清しようと考えたのかもしれない」

「……その可能性はあるな……」

 幸いにも、働かされていた者達はほとんど怪我無く、無事に屋敷を脱出していた。今後の身の振り方は、トリアドが『考えてみるよ』と言っていたが、

「これから、どうするのでしょうね」 

 リュカが、呟いた。

「突然、主や跡継ぎを失った家も多いでしょう」

「そうだな。うん……。はー、なんだか、頭の中がグチャグチャだ。……疲れたな」

「ああ、まったく。私なんて、食事の途中だったのだぞ。いきなり『犯人がわかりました。この男が案内するので、団員をできるだけ多く連れて来て下さい』なんて走り書きを渡され、どれだけ苦労したか」

「すいません。助かりました。」

「ん……まあ、いいが……そういえば、彼女はいいのか? 薬を盛られて、具合が悪くなったのだろう?」

「あ、ええ、そうですね。信頼のおける薬師がついてくれているので大丈夫だと思いますが……」

「それはもしや、あの薬を造っている薬師か? それなら安心だろうが、もう今日はいいだろう、帰ってやれ。俺達も帰ろう。なあ、デューイ」

「そうだな、そうしよう」

 ということで、その場は解散し、それぞれの帰路についた。

『だいぶ遅いが……まだ夜明けまでは間がある。少し休もう。リリーの体調は戻っただろうか』

 そう考えながら屋敷に戻ったリュカに、出迎えたロイドが青い顔で言った。

「リリーさんが……危険な状態だそうです」



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