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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第三章

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プレシラ

 連れて行かれた奥の部屋は、絵画や彫刻が飾られ、細やかな細工が施された調度品が並ぶ、豪華な応接間だった。

 プレシラとエヴァン、男爵という男、リリー、そして警護らしい男が二人、戸口付近に控えていた。

「いえね、男爵様がここで遊ばれたツケが、かなり溜まっていたものですから」

 ソファーに深く腰かけ、プレシラは煙管を手に取った。

「お支払いをお願いしても一向に払っていただけないし、仕舞にはいらっしゃらなくなってしまったので、仕方なくお屋敷に使いの者をやりましたの。そしたら、男爵様は今、地方へ行ってらして王都にはいつ戻られるかわからないというじゃありませんか。わたくし、困ってしまいまして」

 細く長い煙管の銀色の吸い口を真紅の唇に咥えて吸い込むと、男爵の顔へフーッと煙を吹く。

「仕方がないので、お嬢様にここで働いてもらおうと思ってお連れしたんですけど……」

 もう一度、男爵に煙を吹きかけ、プレシラは笑った。

「良かったですわ、間に合って。まだ客は取らせてませんのよ」

「す……すまなかった。金は、必ず払う。今日の所は娘を返してくれ」

「ええ、ええ、勿論ですわ。支払さえ済ませていただければ、すぐに」

「い、今は持ち合わせが無い。慌てて出てきてしまったんだ。だからちょっと待ってくれ」

「あら。それでしたら、早く取りに戻られた方が良いのでは? 先にお断りしておきますが、支払が済まないうちはお返し致しませんので」

 その言葉に、男爵の顔が歪む。

「あ……その……す、すまない、今は金が……」

 そう言った時、扉がノックされた。

「マダム、男爵令嬢をお連れ致しました」

 両手を胸の前で握り締め、今にも泣き出しそうな表情の娘が、部屋に入って来た。

「ソフィー!」

「お父様!」

 二人はお互いに駆け寄り、抱き合った。

「お父様! わたくし……」

「大丈夫だ、何も心配しなくていい。今すぐ家に帰してやるから安心しなさい」

 そう言った男爵を、『おやおや』とエヴァンがあざ笑うかのように言う。

「それを決めるのは、貴殿ではないだろう?」

「先ほど申し上げたように、支払いをして頂けない限り、お帰り頂く事はできませんわ」

「頼む! 信じてくれ! 金は必ず用意する。だからどうか……」

「男爵、貴殿の信用は、もう地に落ちたんだよ。借金を踏み倒そうなんて……身分を利用して今までそうしてきたのかもしれないが、マダム・アドニアに対してそんな事をしようなんて馬鹿な事をしたものだ!」

 エヴァンの言葉に、男爵は震え始めた。

「お、おお……なんでも、なんでもするから……」

「なんでも、と言われてもねぇ……男爵様程度では、できることなんてたかがしれてますし……」

「ソフィーは、春には結婚が決まってるんだ!」

「まあ! まだ結婚していなくて良かったですわね! ああ、でももし、どうしてもと言うのなら……」

 プレシラは立ち上がり、二人に近づいた。

 父親にしがみついているソフィーの髪を撫でながら囁く。

「男爵家には、まだ子供がいたでしょう? 交換でもいいですわ。ただし、小さい子はすぐにはあまり稼げないから、二人、寄こしてもらいましょうか」

「あ……ああ……」

 呻きながら男爵は床に崩れ、それと一緒にソフィーも座り込む。が、

「わ、わたくしが残ります。ですから、妹や弟達は……」

 プレシラを見上げ、震える声で言った。

「ええ、ええ、もちろん。ただ、借金は結構な額だから、しっかり稼がないと妹達にも手伝ってもらわなくちゃいけなくなるわよ。もう、今日からでも始めた方がいいんじゃないかしら? 貴女と、貴女の家族の為にも」

 ソフィーはブルッと震え、両腕で自分の身体を抱きしめたが……無言のまま、コクリと頷いた。

「まーあ! 親孝行な娘を持って、男爵様は幸せですこと! じゃあ、早速連れてって、支度をしてあげて」

「畏まりました」

 連れて来た男が、ソフィーを部屋の外へ連れて行った。

「マ、マダム! ソフィーに、ソフィーに何をさせる気だ!?」

「あら、それは男爵様が良く知っておいででしょう? 男爵様が、ここでしていたようなお遊びのお相手ですわ」

「そんな、そんな……」

「ご自分がなさっていた事なのに、それが娘にされるとなると途端に慌てて。しかも、あなたがそういう『お遊び』や、くだらない賭け事でこさえた借金のせいだなんて、とても滑稽ですわね」

 プレシラはそう言うと、ソファーに戻った。

「男爵様、お金を工面してこられたら、その時点でソフィーはお返ししますわ。でもそれよりも、彼女は事故かなにかで亡くなった事にして、代わりに妹を嫁がせた方がいいかもしれませんわね。まあ、どちらでもかまいませんわよ、わたくしは」

 男爵はヨロリと立ち上がり、フラフラと部屋を出て行った。




『……酷い……酷すぎる……』

 目の前で繰り広げられた出来事に、リリーは精神的にかなり参っていた。

 吐き気と、頭痛を感じる。

「ほら、ね? 世の中なんてこんなものよ。酷い事が沢山」

 煙管を口元へ近づけながら、プレシラはリリーを見た。

「……あのお嬢様は、なにも悪くないのに!」

「そうよ? でも、ひどい父親を持ってしまったんだから、しょうがないわよね。自分の父親が、自分と同じくらいの年齢の女性に対してしてきた事を、今後は娘の自分がされるって事。貴族だからといって大目に見たら、他の女性達が可哀想じゃない」

 プレシラの言う事は、一見正しい事のように感じられる。しかし、

「マーガレットの事は、どうなんですか。もしかしてマーガレットの他にも、ここに連れて来られた子がいるんですか?」

「ねえ? そもそもわたし達って、何も悪くないのに孤児院で育ったじゃない」

 リリーの問いには答えず、プレシラは話し始めた。

「親が死んだのかもしれないし、捨てられたのかもしれないし、いろいろな事情があったのだろうけど、とにかく、運が悪かったわよね」

 煙を細く吐き出す。

「あなた、知ってるでしょう? わたしもマグノリア出身だって。わたしは小さい頃から容姿が優れていたから、引き取りたいっていう人が多くてね。散々迷って、一番裕福な商家の養子になったのよ。そこの主は慈善家で、他の孤児院からも多くの子供を引き取って、教養を身に付けさせてくれて、結果、いい家に嫁いだり、良い職業についているようだったし。でも、それが大嘘。その商人は、引き取った子供達を教育し、貴族や知識人を相手とする高級娼館で働かせていたの。中には、そこで気に入られて、貴族の愛妾となったり、金持ちの後妻になったりして、それなりに幸せになった人もいるけど、その養父の悪行が裁かれ、孤児院に戻るまでの数年間、わたしには地獄でしかなかったわ」

 意外な昔語りに、リリーは混乱していた。

 憎く思っていたプレシラだったが、彼女自身、とてもつらい目に合っていたのだ。

 しかし、だからこそ『なぜ』という疑問が大きくなる。

「プレシラ先生もそんな辛い目に合ったのなら、どうして今こんな事をしているんですか? 何か事情が……」

「だって、わたしだけがこんな目に合うなんて、悔しいじゃない」

「え?」

「たいして美しくもなく、才能もない、同じような境遇で育った子達が平凡だけれど幸せな暮らしを送って、このわたしが、こんな辛い目に合うなんて、頭にくるじゃない。だから院長になって、綺麗な子達をここに送り込んだわ。わたしと同じ目に合わせてやったのよ」

「そんな! あなたは間違ってる!」

 思わずそう叫んだリリーの頬を、プレシラは手にしていた煙管で思い切り打った。

「お前! お前だってほんの少し早く生まれていたら、わたしと同じ目に合ったのよ! わたしが犠牲になったから、院長先生は里親や仕事に出すのに慎重になった。特に綺麗な子は、ある程度の年齢になるまで院から通わせたりして守るようになった。お前は守ってもらえたから、今こうしていられるのよ! 何なのよ! 死んだと思ってたのに! 生きてて、おまけに伯爵の愛人に納まってるなんて! 誰のおかげだと思ってんの!?」

 銀製の煙管で打たれた頬が焼けるように痛い。

 そしてそれ以上に、胸が痛い。

 プレシラがどんなにひどい目に合ってきたか、想像もしたくない。

 何も悪い事をしていないのに。夢や希望もあったのに。

 どうしてそんな目に合わなければならないのか!

 彼女の気持ちを考えると、堪らなくなる。しかし……、

「……間違ってる! いくらそうだとしても、関係ない人を巻き込もうとするなんて絶対間違っている!!」

「他人事だからそんな甘い事が言えるのよっ!」

「違う! わたしだって、わたしだって恨むわ! 絶望もするし、憎みもするし、復讐しようとするかもしれない。でも、他の人を同じ目に合わせようとはしない!! 絶対に!!」

「なっ……このっ!」

 再びプレシラは煙管を振り上げ、たまらずリリーは顔を腕で覆ったが、

「まあまあ、そのくらいにしておいて」

 本気で止めようとしている感じではなく、エヴァンはニヤニヤしながら言った。

「いつまでそう言っていられるか、見てやろうじゃないか。……リリー嬢、あなたの王子様が来たそうだ」

 


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