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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第三章

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蝶の館

「今日、兄上がまた屋敷に来てね」

 組んだ足を小刻みに揺らし、不機嫌そうにエヴァンが話す。

「まったく、身分の低い女を叩いたくらいで抗議してくるなんて……貴族として恥ずかしくないのかね。しかも、もう屋敷に来るなと言われたよ。大切にされてるねぇ、リリー嬢」

 からかうようなその言葉にイラッとするが、今はそれどころじゃない。

「わたしをどこに連れていくつもりですか?」

 街を出た馬車は、ベルナルド伯爵家のある貴族街ではない方向へ進んで行く。

 城から見て北西方向の、富裕層の屋敷が多い地域だ。

「とてもいい場所だよ。ねえ、マダム・アドニア」

「ええ、とても」

 扇子で口元を隠し、クスクスと笑うプレシラ。

 プレシラが院長を務めるマグノリア孤児院は、コールドウェイ侯爵家の援助を受けていて、使用人として雇ってもらってもいる。

『その関係で、一緒にいるのかもしれない。でも……』

 何か、嫌な予感がし、リリーは二人の関係を尋ねる事ができないでいた。

『先生は、わたしがパン屋で働き出した頃に孤児院に来た。だからあまり接点がなくて、話した事もそんなに無いけど、嫌われるような事していた? 確か先生もマグノリアの出身だよね。七、八歳離れてたはずだから、わたしが覚えていないだけで、小さい頃に面倒見てもらっていて、その時に何かあった? マダム・アドニアって呼ばれてたけど、どういう事なんだろう。カミーユさん、気付いてくれてるかな。ううん、暗くて外見えないし、こんなんじゃ場所わからないよね……。どうしよう、逃げ出せるかな……』

 そんな事を考えていると、馬車が止まった。

 外から馬車の扉が開かれ見ると、そこは古い大きな屋敷の前だった

「さあ、降りろ」

 エヴァンに突き飛ばされたリリーは馬車から転がり落ち、そしてそのまま走って逃げようとしたのだが、

「捕まえろ!」

 エヴァンの声に、馬車の扉を開けた男にあっさり捕まってしまった。

「あーもう、ホントにいい加減にしてくれないかなぁ。逃げられるわけないだろう? そんな事もわからないのか? ……そのまま連れてこい」

 男にがっちり腕を掴まれ、エヴァンとプレシラの後から引きずられるように、リリーは屋敷の中に入った。




 その屋敷は古く大きく、蔦が絡まり、もう何年も放ったらかしにされたような外観だった。

 しかし、扉が開かれると、中はしっかり手入れされ、整えられていた。

「エヴァン様、ようこそおいで下さいました。マダム・アドニア、皆様がお待ちです」

 黒の燕尾服姿の男がにこやかに近づき、プレシラのローブを脱がせた。

『……これは……やっぱり孤児院の募金集めの会とかじゃないわね』 

 違うだろうと思いつつも、少しそんな期待をしていたリリーは、ローブを脱いだプレシラの姿を見て落胆した。

 プレシラは、体のラインがはっきりと出る、光沢のある黒いドレスを着ていた。

 腰から下に、キラキラと光を反射する線状の模様が入っていて、良く見ると蜘蛛の巣の形になっている。

『孤児院の院長先生が着るようなドレスじゃない。あの蜘蛛の巣って、小さい真珠を縫い付けてる。一部縫い付けていない部分が動くたびに揺れて綺麗だけど、一体いくらかかっているの? あんなドレス、見た事ない……。』

 首元は詰まっているが背中は大きく開いたデザインで、それを身に付けたプレシラはとても美しく、妖艶だった。

「こちらをどうぞ」

 燕尾服の男が、二人に目元を隠す仮面を渡す。

 エヴァンのは目の部分が開いただけのシンプルな物で、プレシラには、蝶を思わせる黒い羽と真珠がついている物だ。

 二人がそれを着けるのを待って、大きな両開きの扉が開けられると、一気に、光と音と人々の笑い声が溢れ出た。

 煌びやかなシャンデリア。

 楽団の演奏。

 それに合わせて踊る多くの男女。

 酒を飲み、笑い、カードゲームに興じる人々は、皆仮面を着けていた。

『あの鳥仮面の人も、ここに来ていたのかな。仮面を着けていない人は、きっと使用人ね。みんな同じような服を着てる。薄い生地を重ねた服が動くとフワフワして、まるで妖精ね』

 白や水色や黄色、ピンク等、淡い色で、男性はゆったりとしたシャツとパンツ、女性は上からかぶるタイプのワンピース。どちらも、夜着のようなシンプルなデザインで、それを着た多くの男女が、人々の間をフワフワと漂うように、グラスや料理を運んだり、横に座って酌をしたりしている。

『まるで、夢の中のような光景ね。きっとここは、貴族やお金持ちの人達が楽しむ夢の場所……。』

「皆様! ようこそ『蝶の館』へ」

 両手を広げそう言ったプレシアに、その夢の中の人々が注目する。

「マダム・アドニア! 待ちかねましたよ!」

「マダム・アドニアの装いには、いつも驚かされますわ。今夜もなんて素敵なんでしょう! 」

「今日はマダムに贈り物があるんですよ。後でお時間いただけますかな?」

 そんな声に、プレシラは輝くような笑顔で応える。

『……蝶の館……ああ、そういえば、アドニアって、手のひらくらいある大きな黒い蝶の名前だ。……あの人はこの館の女主人で、使用人は妖精ではなくて蝶をあらわしているのね……』

 プレシラは、金色の髪に大きなスミレ色の瞳で、元々美しい容姿をしていたが、孤児院では大人しく無表情で、ただただ綺麗な人形のような感じだった事を思い出す。

 だが今は違う。

 この場所の、どんなに身分が高い人にも、どんなに金持ちの人にも、いっさい気後れすることなく微笑み、場合によっては適当にあしらっている。

 この場所で、彼女は誰もが憧れる絶対の存在なのだ。

「今日も君がマダムのエスコートか。その役目、他の者にもまわしてほしいもんだよ」

「マダムの希望なんだから、しょうがないだろう」

 プレシラの手をとって横を歩くエヴァンも、自慢げだ。

「ったく……おや? その後ろの女性は? 新入りかい?」

「フフッ、どうでしょうか」

「なかなかの美人じゃないか。私が最初の客になってやってもいいぞ? ん?」

 顎を持って顔をジロジロと確認され、リリーは鳥肌が立つのを感じた。

「あら、良かったじゃない。こちらの方は、とっても紳士的なのよ。では、その時は声を掛けさせていただきますわね」

 そんな事を言いながら、プレシラは広間を進んで行き、全体が見渡せる少し高くなった舞台のような一画に上り、置かれたソファーに座った。

「……一応まだ客人ですものね。どうぞ座って」

 ようやく腕を離されたリリーは、中央に座る二人からできるだけ距離を取り、ソファーの端に座った。

「逃げようと思わないことね。殺されたくなければ」

「まだ殺したくないからねぇ。君は兄への抑止力となる」

「……どういう事ですか」

 眉をひそめて尋ねたリリーに、エヴァンはニヤリと笑った。

「殺人事件の事、かなり調べているみたいでね。ここに辿り着いてしまいそうなんだよ。今日君に会えて良かった。君を人質にすれば、兄上もこちら側に引き込めるはずだ」

「そんな事できるわけ」

「ない? 本当にそう思う? 案外、人は脆いもんだよ。あの堅物の兄だって、自分の恋人が男どもの慰みものになるって事になったら、どんな事をしても阻止しようとすると思うけどねぇ。自分の信念に反しても」

 ニヤニヤ笑うエヴァンが、憎らしくてたまらない。

「そうやって、人を操ってきたんですか? たとえば、ミッシェル様を誘拐させた男の人とか。リズさんを人質にとって」

「ん? あーあれ。あれは合意があっての事だよ。リズは元々、借金返済の為にここで働いていたんだ。それを、あの近衛騎士団の男が気に入って、自分だけのものにしたがってたから、うまく使えると思ったんだけど……全然うまくいかなかった」

 手をヒラヒラと振り、大袈裟に溜息をついてみせる。

「あの女は、兄上の愛人になれたら借金を肩代わりしてやると言って伯爵家にねじこんだ。そうすれば、あの騎士団の男は兄上を恨むだろうし、場合によっては殺そうとするかもしれないと思ったんだけど……そううまくはいかないもんだな。結構な美人にも関わらず、会う機会がないような係に配属されてしまった。もしかしてその頃、もう君と付き合ってたのか? しかたないから男の方に、兄上に目をかけているデューイ・ディガルの子供を誘拐してきたらリズをやるって持ちかけてみたたんだけど、それも失敗したし」

「どうしてリュカ様に対してそんな……血の繋がった兄弟なのに!」

「兄弟だからだよ。一番近くて、目障りな存在じゃないか」

 当たり前の事のように、笑いながら言うエヴァン。

「出来のいい兄なんて、一番嫌な存在だよ。君も、あんな面白味のない男のどこに惚れたんだか。趣味を疑うね。おい! 酒を!」

 その言葉に、ヒラヒラのワンピースを着た女性が、酒の満たされたグラスを運んでくる。

「……この人達は、無理矢理ここで働かせているんですか」

「そんな事はないわ。借金があって親に売られたり、自らを売ったり。仕方がないじゃない。ねえ?」

 同意を求められた女性は、おどおどした様子で何も言わず、ただ深くお辞儀をして下がって行った。

「……まったく、愛想が無いわね。ここに来て、まだ間もない娘かしら。早く諦めた方が楽なのに。ここにいるのはみーんな、一生ここから出られないくらいの借金を抱えた者達なんだから」

 そう言うとプレシラは、エヴァンとグラスを合わせ乾杯した。

「……マーガレットも、そんな借金があったと言うんですか? そんなわけ無いですよね?」

「ああ、あの子。そうね、あの子に借金は無かったわ。でもねぇ……」

 プレシラは、グラスの中の酒を飲み、クスクス笑いながら言った。

「わたし、あの子が嫌いだったんだもの。だから侯爵家経由で、ここに寄こしたの」

「なんでそんな……嫌いって、マーガレットが何かしたって言うの!?」

 怒りで震える声で尋ねるリリーに、プレシラは『だって』と答えた。

「だってあの子、かわいいって、みんなにちやほやされていたじゃない」

「え……?」

「だから、気にくわなかったのよ」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 怒りのあまり、言葉がすぐに出てこない。

「そんな……そんな理由でマーガレットを!」

 思わずプレシラに飛びかかろうとしたリリーは、控えていた男に抑え込まれた。

「酷い! 酷すぎるわ!」

「そんなものよ? 世の中なんて。酷くて、不条理で、弱い者は強い者に従うしかないのよ。それが嫌なら、強くならなくちゃ」

「そんなのおかしい! そんな事、許されていいわけが」  

「マダム!!」

 その時、リリーの言葉を遮り、その場に中年の男が駆け込んできた。

「マダム・アドニア! どういうことだ!? 私の娘がここに連れて来られたと聞いたぞ!」

「あら男爵様、お仕事で地方と聞きましたが、王都にいらっしゃったんですね。ここではなんですから、奥の部屋でゆっくりお話ししましょうか」

 プレシラの言葉に、エヴァンが立ち上がった。

「私も立ち会おう」

「ありがとうございます、エヴァン様。では、参りましょうか。……そうね、その娘も連れて来て」

 せめて、人の目があり、出入口に近い所に居たかったリリーだったが、訳がわからないまま、一緒に奥の部屋へと連れていかれる事になってしまった。


 

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