意外な再会
「ちょっと! リリー起きなさい!」
ポンポンと柔らかい肉球で顔を叩かれ、リリーは大きく伸びをしながら目を覚ました。
「ん~、お母さん……おはよう……」
「おはようじゃないわよ! わたし達、昼寝し過ぎたわ!!」
「え……?」
そう言われて見てみると、猫ではなく、人間の姿になってしまっている。
「やだ! 大変! もう夜!?」
「カミーユも起きて~! もうっ! 早くからワイン飲み始めるから!」
「あー、あーあー、起きるからやめて~」
ザラザラの舌で顔を舐められ、カミーユが声を上げる。
早い夕食をとり、お腹がいっぱいになったのでちょっとベッドで横になりながら話していたところ、みんなぐっすり眠り込んでしまったのだ。
「何時頃だろう、わたし、帰らなきゃいけないのに」
置いてもらっている服を急いで身に着けながら焦っているリリーに、『大丈夫』とルウが声を掛ける。
「そんなに遅くないわ。馬車もまだたくさん走ってる時間よ。でも、今日は泊まっていったらいいんじゃないの?」
「でも、何も言わずに出てきちゃったから……」
「心配させない方がいいだろう。しかし、一人でお屋敷に行って大丈夫かい?」
「はい、それは。知り合いも増えましたから」
「ん。じゃあ、これで馬車で帰りなさい」
お金が入った小さな巾着袋を渡しながら、カミーユはリリーに尋ねる。
「一応、話し合った結果を確認しとこう。伯爵様にオリヴィアの事は?」
「言わない」
「弟は?」
「とりあえず保留」
「大切なのは?」
「酷い事をされている人達を早く救う為に全力を尽くす!」
「よし! それでいこう」
いろいろ考えたが、結局いい答えは出なかった。
そこで、『わからないことは保留。できる事をしよう』ということにしたのだ。
「じゃあ、帰りますね」
「気を付けるんだよ」
「はーい。」
リリーはローブを羽織り外に出ると、まだ賑わっている人通りが多い大通りを目指した。
『最近、猫から人の姿に変わる時間が早くなっているよね。最初の頃は夜中だったけど、今まだ九時前だもの。あーでも、リュカ様もう戻ってるよねー。怒られちゃうかも。まあ、怒られるのは仕方ないけど、心配させちゃうのがねぇ……』
そんな事を考えながら、馬車に乗る為リリーは大通りに出た。
酒場はまだまだ賑わっている時間で、そこで飲んでいる人々を客とする馬車が道の両端に止まっている。
『良かった、すぐ乗れそうね』
酔っ払いに絡まれたりしないよう、小走りに進むリリーの少し前に、一台の馬車が止まった。人が降りてくる気配は無い。
『ということは、客待ちの馬車ね。あれに乗っちゃおうかな』
そう思いながら馬車の前の方へ近づき、御者の男に声を掛ける。
「こんばんは。お願いできますか?」
「はい」
そう短く返した御者は、形の整った帽子を被り、かっちりした外套を羽織っていて、よく見る街の御者とは少し雰囲気が違って見えた。
馬車も、なんだか造りがしっかりしていて立派だ。そう、ベルナルド伯爵家にあるような……。
「えーと……これって、普通の馬車ですか? どなたかの持ち物じゃあ……」
「違いますよ。まあ、普通より料金は少し高いですが」
「ああ、そうですか」
『なるほど、お金持ち用ね。もったいない気もするけど、その方がしっかりしていて安全かな。貴族街に行くんだし』
「あの、貴族街の方に行きたいんですけど……ベルナルド伯爵様のお屋敷にお薬を届けに行くんです。お金はちゃんとあります」
「はい。ではどうぞ」
「ありがとうございます」
リリーは横にまわり、馬車の扉を開けた。が、
「やあ、こんばんは」
中には人が乗っていた。
しかも、今一番会いたくない人物が。
『エヴァン様!』
薄暗い馬車の中の顔を見て、リリーは慌ててその場を離れようとしたが、手首を掴まれてしまった。
「こんなところで会うとは奇遇だね」
『こんな所でって、こっちが言いたいわ! なんでここにこの人がいるの? 昨日の今日で会っちゃうなんて最悪だわ!!』
手を振りほどいて逃げようとしたが、手首をがっちりと掴まれている。
しかも、曲げてはいけない方向へ引っ張られ、痛さで動けなくなってしまう。
「いやー、君と会えるなんて幸運だよ。兄上の所に行くところか。遠慮なく乗りたまえ」
「いえ、結構です。一人で行けます」
「いいから乗れって言ってんだよ!」
無理矢理中に引きずり込まれ、扉が閉められる。
「よし、出せ!」
エヴァンの指示で、馬車が動き出す。
「まったくさあ、手間かけさせないでよ。身分の低い者に口ごたえされるとか、本当にムカつくんだよ」
馬車の床に、引きずり込まれたままの恰好で座っているリリーは、エヴァンを睨むように見上げた。
「ああ嫌だ、なんて生意気な女だ。兄上は甘いんだよ。もっとちゃんと躾けないと」
「……では、エヴァン様が、躾けて差し上げればよろしいのでは?」
その声に、リリーは初めて馬車の中にもう一人いる事に気づいた。
エヴァンの向かいに座っている、黒いローブを羽織った女性。
暗い馬車の中、黒い鳥の羽の扇子で口元を隠していてよく見えないが、声は若そうだ。
「エヴァン様、女性を躾けるのはお得意でしょう?」
「まあな」
ニヤリと笑い、エヴァンはリリーのローブの胸元を掴んで、向かいの女性の方へ突き出した。
「マダム・アドニア、兄の女の、えーっと、何て名だったかな……」
「リリー!?」
『マダム・アドニア』と呼ばれた女性が、リリーの顔を見て声を上げた。
「ああ、そうそう、リリーだ。知ってるのか?」
「ええ、うちの孤児院にいた子だわ」
その言葉に、リリーは驚いて女性を見た。
馬車の窓から時々入ってくる店の明かりに映し出される顔を凝視し、
「プレシラ先生!?」
髪を結い上げ化粧をしていて、いつもの姿とは違っていたが、マグノリア孤児院で世話になった先生の一人、プレシラだ。
「どうして先生がここに……」
「今は院長よ。……まあ……本当にリリーなのね?」
驚いたように、手にしていた扇をリリーの顎の下に当て、顔を持ち上げてまじまじと見る。
「数年前に、事故で死んだと聞いていい気味だと思っていたのに……生きていたのね」
「え……?」
リリーは、自分の耳を疑った。
「先生……いい気味って……」
「わたし、あなたの事大嫌いだったのよ。死んで清々してたのに、生きていたなんてがっかりだわ」
扇でリリーの頬を叩き、フーッと大きく溜息をついたが、
「……まあでも、これはこれで、楽しめそうですわね、エヴァン様?」
「さすが! マダムならそう言ってくれると思ったよ」
揺れる馬車の中、何がなんだかわからないリリーは、絶望しながら二人の笑い声を聞くしかなかった。




