カミーユの話
屋敷を出て裏口にまわると、食材を届けに来た荷馬車がちょうど荷卸しを終えたところだった。
『この時間、いると思ったんだ。これで街の方に行けるよね』
ひょい、と荷台にジャンプし、野菜等が入っていた籠の影に隠れた直後、
「それじゃあ、ありがとうございました!」
ばれる事なく、馬車は出発した。
そしてそのまま、大きな道を順調に進んで行ったが、街に入る直前で道を逸れ、リリーは慌てて地面に飛び降りた。
『危ない危ない、違う方に行っちゃうところだったわ。でも、だいぶ近くまで来られた。
そうして、街の賑やかな大通りに入り、人を避け用心深く進んでいたリリーは、突然ヒョイと抱き上げられた。
驚き、抱き上げた人物を見て、リリーはホッとして『ニャー』と鳴いた。
『カミーユさん! びっくりした!』
「こっちに向かっているのが見えたから、慌てて迎えに来たんだよ。一人で来るなんて危ないじゃないか」
『ごめんなさい、ありがとうございます。お母さんは?』
「留守番してるよ」
そう言うとカミーユは、リリーを抱いて人々の間を縫うように進んで行った。
働いていたパン屋の前を通り、配達によく行っていた花屋や肉屋を過ぎ、食堂を過ぎ、服屋、靴屋、雑貨屋を過ぎ……そのうち、人通りの少ない小道に入る。
「さあ、着いた」
『薬・茶 黒猫』と書かれた店の扉には『本日終了』の札がかかっていて、その前にはルウが座って二人を待っていた。
「連れてきたよ~」
カミーユがそう言いながらリリーを降ろすと、すぐさまルウが近寄ってきて、ポンポンポンと前足でリリーの頭を叩く。
「もー、リリーったら! 一人で来るなんて危ないじゃない! 街にはいろんな人がいるし、犬や猫も多くて危険なのに。他の猫に追い立てられて家に帰れなくなるなんて、ざらにある事なんだからね!」
『……はい、ごめんなさい、お母さん』
「もーっ! 本当に心配したんだから!」
「まあまあ、そのくらいにしておいてやりな。リリー、ミルク飲むかい?」
「はい! 喉カラカラ!」
「あ! わたしにも」
「はいはい。先に奥の部屋に行ってな」
言われた通り奥の部屋へ行き、カミーユを待つ間、ルウはリリーの背中や頭を舐めて毛づくろいをしてくれた。
「昨日は大変だったわね。見てたわよ。ぶたれたでしょう」
『そう。避けきれなくて、コブができちゃった』
「優しい旦那様に、心配をかけないようにしなくちゃ駄目よ」
『はーい。確かに昨日は、ちょっと感情的になっちゃって……反省してます。でもね、そのおかげで引き出せた事もあったから……』
「その事で今日来たんだろう? はい、ミルク」
小さ目の深皿に入れたミルクをテーブルの上に二つ並べ、自分にはお茶を用意し、カミーユは椅子に腰かけた。
「見つけたんだね? オリヴィアを殺した犯人を」
『はい。恐らく、リュカ様の弟のエヴァン様です』
その言葉を聞き、カミーユはフーッと長く息を吐いた。
「弟、ねぇ……」
『はい。エヴァン様は、わたしがリュカ様の恋人と知って、だからこそちょっかいを出してきました。リュカ様のものを横取りしたい人なんですよ。で、拒否したら、お前も殺されたいかって言ってきたし、オリヴィア様が飼っていた犬のスピカお姉さまに聞いたんですけど、オリヴィア様が亡くなられたとき、微かにだけど、エヴァン様の匂いが残っていたと言ってました』
「なるほど……」
『それで……リュカ様のお子様のミッシェル様は、実はエヴァン様の子供みたいで……。今日、わたしが一人で来たのは、リュカ様はその事を知っているのか、オリヴィア様は何かその事について言っていなかったか、カミーユさんに聞きたかったからです』
「……そうかい。まあ、結論から言ってしまうと、わたしはその答えを知らない」
『……そうですか』
「とはいえ、話せる事はある。全てを話そう。オリヴィアが初めてこの店に来たところから」
カミーユの言葉に頷き、リリーはテーブルの上にきちんと座り、聞く体勢を整えた。
「前にも話したが、オリヴィアがここに来たのは、彼女の乳母が元々この店の客だったからさ。この店には、他では扱っていないような薬もあるし、効き目も確かな事を知っていた乳母が、彼女を連れてやってきた。泣き腫らした顔でやって来たオリヴィアは、『飲んだら二度と目を覚まさない薬が欲しい』と言った。希望する薬は、まあ、あるにはあったんだが、簡単に売る事はできない代物だ。だからわたしは、どうして薬が欲しいか話すように言ったんだ。すると彼女は『婚約者がいるのに、他の男性の子を身ごもってしまった』って言うんだ。で、『将来の事はきちんと考えている、ちゃんと話をつける、結婚しよう』そう言っていた相手の男は他の女性と婚約し、連絡もとれない状態だと。彼女は絶望し、そのうち乳母がその状況に気づき、弱り果ててここに連れてきたんだ。乳母の方は、とにかく気持ちを落ち着かせる薬が欲しかったようだがね」
『じゃあやっぱり、ミッシェル様はエヴァン様の……』
「と、いうことなんだろうね。ただその時オリヴィアは、相手の男が誰かは話さなかった。わたしも、そこまでは知らなくていいと思ったから聞かなかったしね。まさか、婚約者の弟だとは思わなかったよ……」
ここでカミーユは一度席を立ち、飲み物をお茶からワインへと変えた。
「で、わたしは、薬を売ってやる事にした。ただし、『飲んだら朝まで目を覚まさない薬』をね。それから、乳母が希望する『気持ちを落ち着かせる薬』も出してやった。そして、それでも効果が無いならまた来るようにと言ったんだ」
『それで、どうなりましたか?』
「時々乳母だけが、追加で薬を買いに来たよ。概ね、いい調子だと言っていたが、詳しい事は聞いていない」
『そうですか……あの、その乳母の方は今どこにいるんでしょうか』
「オリヴィアが亡くなってすぐ、田舎に越すと言いに来たのが最後だね。彼女の田舎がどこかは尋ねなかったし、今、どうしているかはわからない」
『そうですか……』
落胆した様子のリリーに、カミーユは『すまないねぇ』と言う。
「基本的にわたしは、提供する薬が本当に必要なのか、悪用されないか、それが判断できればいい、くらいに思っていてね。客の事情をあまり細かく知ろうとは思わないのさ。で、二度目に彼女が直接ここに来て『命を狙われている気がする。』と言ったときも、なんとなく隠し事をしているような気がしつつも、無理に聞こうとは思わなかった。今にして思うと、彼女と伯爵様の弟との間に、何か問題が発生していたんだろうね。だとしたら、伯爵様に相談できなかったのも頷ける」
『そうですね。……わたし、どうしたらいいでしょうか……』
思わずそう呟いてから、リリーは『カミーユさんに聞く事じゃないですね!』と慌てたが、
「いやいや。確かにわたしは決められないが、一緒に考えよう」
そう言って、カミーユは微笑んだ。
「そうよ、リリー。リリーは客じゃなくて家族なんだから。それにさっき『客の事情をあまり細かく知ろうとは思わない』とは言ったけれど、言いたくない事まで知ろうとは思わない、ってだけよ。相談された事は、ちゃーんと考えてくれる人なの、カミーユは。意外だけどね」
ルウは笑いながらそう言い、カミーユも『意外は余計だ』と笑った。
「しかし、ルウの言う通り。リリーが話してくれるなら、家族として一緒に考えよう。リリーは今、何を迷っているんだい?」
『……この事件を、もうこれ以上調べない方がいいんじゃないかって、思ってしまっています』
リリーは俯きながら言った。
『わたし、リュカ様が大好きです。そのリュカ様がこの事件のせいで苦しむんじゃないかって心配なんです。弟のエヴァン様が、連続殺人事件に関わっているかもしれなくて、しかも、奥様がエヴァン様と秘密の仲で、可愛がってらっしゃるミッシェル様が自分ではなくエヴァン様との子供だなんて……そんな事知ったらリュカ様が……ミッシェル様だって……大好きな、大切な人が辛い思いをするのは嫌です。だったらいっその事……』
話しているうちに胸が苦しくなり、リリーの言葉は途切れた。
「……まったく……厄介だねぇ」
溜息交じりにカミーユが呟く。
「今後、殺人事件が起きなけりゃあ、うやむやになってもいいんじゃないかって気もするけどねぇ」
「あら、でも、今でもそこに捕らわれている人達がいるかもしれないでしょう? 何人か、わからないけれど」
「あ、そうだった。ルウ、賢しいな」
『その人達は、絶対に助け出さないと!』
「そうだねぇ。ということは、やっぱり真実を明らかにしないと。でもそうすると、秘密にしておきたいことまで明らかになる恐れがあるし……困ったねぇ」
しばらくみんな、沈黙していたが、その、うちカミーユが席を立った。
「……とりあえず、食事でもしようか。夕食にはちと早いが、今日はバタバタして、昼食べそこなったんだよ」
『そういえばわたしも、お昼食べずに出てきちゃいました』
「お腹がすいていると、いい考えは浮かばないわ。そうしましょう。わたし達はミルク飲みながら待ってるから、なるべく早くね!」
「はいはい、お猫様」
そう言って、カミーユは台所へ入って行った。




