二人と一匹
「……で、結局コールドウェイ家で最近いなくなった使用人達の特徴と、これまでの遺体の特徴は一致しなかったのだな」
「はい。残されていた情報が少ない事例もあるので、絶対とは言えませんが」
「ふむ……過去の事件を調べてさせている方は、何か進展あったか?」
「今のところ何も」
「……参ったな……」
そう言うダイアンの顔は、あまり困ったように見えない。というか、むしろいつもの仏頂面より穏やかで、わずかだが微笑んでいるようにさえ見える。
そして、それを見るリュカの表情は厳しい。
『あ、まずい……』
ダイアンの腕の中で、首を撫でられついゴロゴロと喉を鳴らしてしまっていたリリーは、リュカの視線に気づき、慌てて床に降りた。
『あんまり副団長さんに撫でられていると、リュカ様のご機嫌が悪くなっちゃうのよね。言葉には出さないけど……というか、言葉に出さないから困るのよ~』
ここ数日間の出来事を思い出しながらリュカの足元へ行き、『ニャーン』と鳴く。
「副団長に爪を切ってもらったか。良かったな」
抱き上げながらそう言うが、
『目が良かったと言ってない~。もー、機嫌直して下さい。喉を撫でられたらゴロゴロ言っちゃうのは、止めようがないんですよ』
リリーは後ろ足でリュカの太ももに立ち、前足を首に回してキュッと抱き付いた。
「ん? どうした、リリー」
そう問うリュカの声は、柔らかだ。
リリーの可愛らしい対応に、瞬時に機嫌が良くなったようだ。
「副団長、ありがとうございます。爪を切ってやらなきゃいけないなんて、知らずにいました」
「外にいる猫は自然にすり減るが、屋敷内で暮らす猫は、気を付けてやらないといけない」
服に付いた猫の毛を払いながら、戦術の話しでもしているかのような渋い表情で話すダイアン。
「カーテン等に引っかけて、身動きが取れなくなったら可哀想だからな」
「普段の世話は使用人に任せてしまっていて……最近ずっとここに連れて来ていたので、世話が行き届いていなかったようです。お恥ずかしい」
「爪以外は問題ない。……ちなみに、爪を切るときは切りすぎに注意しなければいけない。切り過ぎると血が出てしまう」
「えっ?」
リュカが眉間にしわを寄せる。
「とはいえ、伸ばしっぱなしは勿論良くない。爪が伸びるのをそのままにしておくと、最悪、肉球に刺さってしまう事もあるのだから」
「なんと……そんな恐ろしい事が……」
眉間のしわを更に深くするリュカに、ダイアンは深刻な顔で頷く。
「どちらも私が無知だった頃に犯してしまった罪だ。爪を切り過ぎて痛い思いをさせてしまった事で切る事を恐れ、切らない方が好いかとそのままにしていた結果、また痛い思いをさせてしまった。壁や家具で爪とぎをしていたから、大丈夫だろうと思い込んでしまっていた……」
「副団長、良ければどの辺まで切っていいのか教えてもらいたいのですが」
首に抱き付いていたリリーを膝の上へと抱き直し、リュカはダイアンに頼み、
「いいだろう」
リュカの真剣な表情にダイアンは頷き、リリーの前足に手を伸ばして……、
「リリーちゃん、おてて見せてねー」
『ふっ、副団長! リリーちゃんって! おててって!!』
驚いてリリーはリュカを振り返ったが、
『リュカ様、なんの違和感も無い顔で聞いてますが! あの副団長が、おてて、なんて言ってますけど!?』
動揺するリリーの前足を掴み、そっと足先を押して爪を押し出すダイアン。
「ほら、爪の先と元の方では、色が違うだろう?」
そう言われ、リュカもまねをしてもう片方の前足の先を押してみる。
「なるほど、そうですね。この先の方だけを切るんですね?」
「そう。爪を切られるのを嫌がる子もいるが、この子はおとなしくしていてくれるからやりやすい。よく躾けたな」
「それが、全く躾はしていないんですよ。最初から賢いのですよ、リリーは」
『……なんなの、この会話は。二人でずっと肉球触りながら話しているし』
二人に肉球をプニプニされ、しばらくは我慢していたリリーだったが、
『もーっ! 付き合ってられません!』
前足を引き抜き、身体をよじって床に降りた。
「あ……」
「リリー……」
名残惜しげに、去ってゆくリリーを目で追った二人だったが、その先に、自分たちを恐ろしいものを見るような目で見ている同僚たちに気づき、スッといつもの無表情に戻る。
「……さて、一度整理をしてみよう。これまでに見つかった、蝶の焼印を押されたと思われる女性の遺体は五名。見つかった場所や身体に残された傷から、娼婦、またはそういう行為をされていた女性と考えられる。」
「きちんと届けを出している娼館には、女性の身体に焼印を押すなどという野蛮な事をする所はありませんでした。まるで、昔あった奴隷のような扱いですね」
「奴隷がいたのは、百年も前の話だ。まだ頻繁に他国と大きな戦争を行っていた時代のな」
「今現在こんな事をするなんて、違法に人身売買されたとか、誘拐されたとか、そういう事でしょうか」
「そう考えるのが、しっくりくる。捜索願いが出ている行方不明者の中に、遺体と特徴が似た者はいないのか?」
「その都度、調査はしていたようですが……今、再度調べさせています」
「マグノリア孤児院の方はどうだ?」
「子供達が独立する際、最初の職は面倒をみるそうですが、その先は把握していないそうです。勿論、子供達が報告などに来ていれば話は別ですが。マーガレットは何度か孤児院に顔を出したらしく、最後は三か月ほど前で、変わった様子はなかったとの事です。衛兵達に頼んで、一緒に暮らした者達から話を聞いてもらっていますが、今の所、事件に関わるような話は聞けていないそうです。それから、コールドウェイ家から行方がわからなくなった使用人達の行方も探させているところです」
リュカの報告に、ダイアンは大きく溜息をついた。
「これは……あのマーガレットという少女の身元が判った事が、特別だったというわけだな。よくわかったな。確か、あの髪留めを贈った人物を見つけたとか」
「正確には、マーガレットが髪留めをもらった、孤児院で一緒だった女性と、あの一点物の髪留めを取り合った人物を見つけたんです」
「……わかりづらいな」
「あの髪留めを作って販売していた店はもう無いのですが、その店が閉店前に、あの髪留めを購入しようとした女性が二人いまして。その購入しなかった女性が、自分も欲しかった髪留めだったので、覚えていたんです」
「では、その購入した方の、少女と同じ孤児院で育ったという女性から聞けば、何かわかることがあるのでは?」
「それが、残念ながらその女性は、事故で既に亡くなっています」
「その死に何か、今回の事件との関連は?」
「全くありません。単なる不幸な事故です」
「そうか……そう考えると本当に、マーガレットの身元がわかったのは奇跡だな」
ダイアンが深く深く、溜息をついた。
一方リュカとダイアンから離れたリリーは、近衛騎士団室をウロウロと歩きまわっていた。
『一応、ネズミ退治の名目で来ているわけだから、それっぽい動きをしておかないと』
部屋の隅で鳴いてみたり、カーテンの裏に回ってみたり、本棚の上に跳び乗って歩いてみたり。
『今日で十日目くらいかな? 最初はわたしの事、猫って呼んでいた副団長が、リリーちゃんなんて呼ぶようになっちゃうんだから、猫の可愛さってすごいわよね。あーでも、リュカ様に余計な事を教えるのは困るなー。猫が食事をしている姿はいくら見てても飽きない、なんて言っちゃって、二人でわたしが食べているところを観察するのとか、勘弁してほしいわ。恥ずかしいじゃない』
そんな事を考えながら歩いていると、
「そういやジフリーが、今回の事件について色々知りたがっているらしいぞ」
そんな声が聞こえ、リリーは足を止めた。
『ジフリー? ジフリーってどこかで……』
「最近あいつ、口もきかなくなったって聞いてたけど」
「そうなんだよ。あれか? 自分に目をかけてくれていた副団長が調査依頼された件だから、気になっているとか?」
「副団長が依頼されたって、あいつ知ってるのか? じゃあ、リュカが一緒に組んでいる事も?」
「知ってたら、ちょっと複雑だよなぁ……」
そんな会話を聞きながら、リリーは少し考えていたが、
『あーあーあー、ジフリーって、ミッシェルくん誘拐のあの人の事か! 鳥の仮面の! え? あの人が、今回の事件につい知りたがっている? 何かありそう!』
「ニャーニャーニャーニャー!!」
リリーはその場で大きい声で鳴き始め、慌ててリュカがやって来た。
「すまない、うちの猫が騒いで」
同僚に軽く謝罪してから、『どうしたんだ?』とリリーを抱き上げようとしたが、リリーはその手をすり抜け、ジフリーの話をしていた団員二人の足元に座り込んだ。
そして、小さな声で『ニャウニャウニャウ』と、話をしているかのように鳴く。
「なんだー? 俺達に遊んで欲しいのか?」
「なんだろう、なんか食べ物欲しいのかな。ビスケットならあるけど……」
「ああ、大丈夫。リリーのおやつは持って来ているから。……ところで、今なにか話していたのか?」
リリーの態度を見て、リュカがさりげなく尋ねる。
「ん? ああ、ジフリーの話をしてたんだ。あいつ、今回の事件の事を気にしてるらしいんだよ。殺されたのはどんな女性か、知りたがってるらしくて」
その言葉にハッとし、リュカは急いでダイアンの所へ戻ろうとしたのだが、
「ライル、今すぐ牢屋へ行って、ジフリーに何も情報を与えないよう見張りの兵に伝えろ!」
いつの間にかすぐ後ろに来ていたダイアンが、話をした団員に指示をする。
「副団長、もしかして……」
「ああ、ジフリーが、何か知っているのかもしれない。確かめてみる価値はありそうだ。話を聞きに行くぞ」
『忘れずに、わたしも連れてってくださいね!』
リリーも大きく鳴いてアピールした。




