真実を知る為に
「今日、猫は連れてこなかったのか」
突然、頭の上から降って来た言葉に、頬杖をついて考え事をしていたリュカは、驚いて顔を上げた。
「副団長、おはようございます。今日はおいてきましたが……」
「しかし、ネズミはまだ退治していないのだろう? 一度始めた事は、結果を出すまで責任もってやるべきでは?」
「……そう、ですね……はい」
周りからみれば、『また嫌味を言っている』という感じなのだが、昨日リリーから『副団長さんは、すごい猫好きです!』と聞いていたリュカは、『もしかして、リリーに会うのを楽しみにして来たのだろうか……いつもより早く来たみたいだし……悪い事をした』と思うのだった。
昨夜、人間の姿になったリリーが話した内容は、驚く事ばかりだった。
「メイドさん達の話では、マーガレットは侯爵家を辞めるとは言わずに、行方不明になったそうです。いじめにもあっていないし、待遇に不満も持っていなかったそうです。みんな、執事さんから『こう言うように』と言われた通りに言ってみたいです」
時間をかけて聞いた事が全くのでたらめと知り、リュカは眉をひそめた。
「そうか……。エヴァンの指示か、それとも執事が判断したか……いずれにせよ、調べ直さなければいけないな。マーガレット以外にも、いなくなっている者もいるようだし」
「あ、いなくなった人ですが、エヴァン様や侯爵様の愛人になって屋敷からいなくなった女性もいるみたいです。でも、みんな色っぽい女性らしくて、マーガレットとは全然違うようです」
「なるほど……しかし、エヴァンは何をやっているんだ……」
リュカは、溜息混じりに呟いた。
一歳しか違わない弟のエヴァンは幼い頃から、可愛らしく天真爛漫、人懐っこい性格で、誰からも愛される存在だった。
真面目で優秀だが、人と距離をおいて付き合ってしまうリュカは、エヴァンの性格を少なからずうらやましく思っていた。
しかし、成長するにしたがってエヴァンは、愛され、ちやほやされることに慣れ過ぎてしまった。
リュカと違って婚約者がいなかった事もあり、学生時代は自由に遊びまくり、女性との交際でもめ事を起こす事もあった。
結婚してからもその自由気ままな性格は変わらず、婿養子という身ながら、軽い火遊びを楽しんでいるらしい。
それでも、大きな問題にはならず、徹底的に嫌われるという事は無い。
『なんやかんや言って、憎めない奴だ』
『くやしいけれど、許してしまう』
迷惑をかけた者や、不誠実な行いをした相手にもそういう事を言われる、愛される人間なのだ。
「……私とは、全然違う……」
「え? ああ、エヴァン様ですね」
無意識のうちに呟いてしまった言葉を聞き、リリーはコクコクと頷いた。
「お二人は、あまり似ていないですよね。エヴァン様は髪の色が濃い金髪で、巻き毛で。あの巻き毛って、元々なんですか?」
「整える為に少し巻いてはいるだろうが、小さい頃からああいう感じだった」
「ミッシェル様と同じですよね。ご両親のどちらかがああいう?」
「ああ。母に似ているな、髪だけじゃなく顔も。私は父に似た」
「そうなんですね。似てないですけど、お二人とも素敵だから、結婚前はかなりモテたんでしょうね」
その言葉に、リュカは苦笑しながら首を横に振った。
「確かにエヴァンはもてていた。エヴァンの周りには、いつもたくさんの取り巻きがいた。しかし私の方は全然。……本当に、エヴァンの方が愛されていた。父にも、母にも、それに……」
「…………」
リリーが、心配そうな顔をして自分を見ているのに気づき、リュカはハッとし、慌てて笑顔を作った。
「まあ、それが私の性格なのだから、しかたがない。というか、もてたいという気持ちがなく、女性に対しては『婚約者がいる』という態度で接していたのだから、あたり前の事なんだが」
「それじゃあ、仕方ないですよ。リュカ様の事を好きな女の子たちは、遠くからそっと見ることしかできなかったんでしょうから。それに! わたしはもちろん、リュカ様の事、あ、愛していますし」
赤くなりながら、リリーは言う。
「真面目で、誠実で、お優しくて……リュカ様はとても素敵です、大好きです! リュカ様だけ愛しています! エヴァン様は正直苦手ですっ!」
「あ、ああ……そう、か」
リリーの力のこもった言葉に少し面食らいながら、リュカはそう答えたのだが、リリーはまだまだ言い足りないらしい。
「そりゃあ、子供の頃はいいかもしれませんが、大人になったらもう少しちゃんとしないといけないと思うんですよね。冗談にしろ、ああいう言い方って気持ちいいものじゃありません」
「……まあ、そうだな」
『しかも、冗談ではないだろうし』という言葉は飲み込み、リュカは笑いながら、リリーの頭をなでた。
「リリーにそう言ってもらえたなら、もうそれで充分だ」
「いえ! そんな事言わないで下さい。わたしだけじゃないですよ! お屋敷のみんなも、リュカ様が大好きだし、団長さんもリュカ様の事が好きですよね。あ! そういえば、副団長さんもリュカ様に、自分の次に副団長になってもらいたいみたいです。そう! 報告するのを忘れるところでした。副団長さんは、ミッシェル様誘拐には係わっていないですよ!」
昨日のリリーとの会話を思い出しながら、リュカはダイアン・ホップを見た。
『早々に引退したいと思っているなんて、全くわからなかった。確かにそんな人が、あんな事件を起こすわけがないな』
「……なに見ている」
「あ、いえ何も……。猫は、慣れない事で疲れたようで、白目をむいて眠っていたので置いてきました」
「なるほど、そうだったのか。確かに、疲れているようなら無理はさせない方がいい」
そう言うと、ダイアンはその場を去ろうとしたが、『昨日の件を少し考えていたのですが、副団長のご意見もお聞かせいただけませんか?』と、リュカは隣りの席を勧めた。
「昨日のメイド達の話ですが……なんとなく、口裏を合わせ、偽りを言っているような気がしてしまい……正直私は疑っています」
「ふむ……その根拠は?」
「それは……」
『リリーが真実を聞いたので』と言えないのが歯がゆい。
「すいません、根拠はありません」
「それじゃあ、話にならん」
「はい……」
それはそうだとリュカはため息をついた。
昨日から、リリーに聞いた事をうまく報告する方法を考えていたのだが、いい考えは浮かばなかった。
『しかたない。もっとちゃんと調べて……』
「まあしかし、私もそう感じていた」
意外な言葉に、リュカは驚いてダイアンを見た。
「副団長も?」
「ああ。私もまだ、根拠はない。これから、どう調べていくかだな……」
「はい」
そこへ、『おはよう! 全員揃ってるかー?』と、デューイが勢い良く部屋に入って来た。
「例の殺人事件だが、我々が捜査を始めて成果を出している事に国王陛下は大変お喜びで、捜査を続けるようにとの仰せだ。勿論、本来の仕事もやっていかなければはらないから、今後はダイアンとリュカが中心となって調査をしてくれ。手が必要な時は、騎士団員でも、衛兵でも、好きに使っていい。」
その言葉に、『副団長は気難しくて、団長とは反りが合わないし、リュカの事も煙たく思っているのに』と、気の毒そうにリュカを見る者も多かったが、リリーにダイアンの本心を聞いていたリュカ自身は、『案外、やりやすいかもしれない』と思いながら、『よろしくお願いします』と声をかけた。
「一つお伺いしておきたいのですが……副団長は、もしかして猫がお好きですか?」
「好きではない」
ダイアンは、不機嫌に即答する。
「ただ、昔飼っていた事があるので、苦手ではない」
「そうですか。では、明日からまた連れてきますので、よろしくお願いします」
心配な部分もあるが、猫のリリーはこの事件の解決に重要な役割を果たすだろうし、リリー自身が強く望んでいる事でもある。
今頃『一緒に行くって言ってたのに、置いてかれた!』と騒いでいるかもしれない、と考えると少し笑ってしまい、リュカは慌てて口元を手で隠した。




