エヴァン・コールドウェイ
「これはこれは、ホップ卿、わざわざすいませんね。言って下されば、こちらから参りましたのに」
両手を広げそう言いながら、ステップを踏むような軽い足取りで豪華な応接室に入ってきたのは、『華やか』という言葉がピッタリの男性だった。
『あれが、リュカ様の弟君のエヴァン様。確か年子って言ってたけど……すごい! リュカ様とは違うタイプの美形! リュカ様より濃い色の金髪、しかも背中半ばまである巻き毛! うわー、派手な人』
リュカの美しさが月なら、彼は太陽だと感じながら、リリーはエヴァンを見る。
「義父は少し前から体調を崩しておりまして。代理として私が対応させていただきますよ。……兄上! お久しぶりで、え? それ……猫ですか?」
リュカの腕の中のリリーをまじまじと見て、エヴァンは首を傾げた。
「もしかして、兄上の猫ですか?」
「ああ。大人しいし、抱いているから安心してくれ」
「へ~ぇ、兄上が猫をねぇ……まあ、どうぞ座って下さい。お茶でも飲みながら話しましょう」
二人を促し、自分も天鵞絨張りの豪華な椅子に腰かけ、大きな動作で足を組んだ。
「えーと? うちのメイドの事で、聞きたい事があるとか」
「二年前から住み込みで働いていたマーガレットという少女について聞きたい」
ダイアン・ホップが今回の訪問の意図を伝える。
「彼女は三日前、何者かによって殺害され、我々が捜査している」
「彼女はマグノリア孤児院の出身だ。お前の所では、あの孤児院から結構人を雇っているようだな」
リュカも、リリーの事を調べた時に知った事を交えて尋ねる。
「あー、マグノリア孤児院ですか。あそこには結構な額の援助をしてますね。援助の一貫として、子供達を使用人として受け入れてもいますよ。だた、メイド一人一人の事までは……。ブラン、詳しい事を調べて報告を」
「かしこまりました」
横に控えていた執事らしい男性が、深くお辞儀をして部屋を出て行った。
「エヴァン、お前はそのメイドについて、何か知っている事はないか?」
執事を待つ間、リュカがそう尋ねると、エヴァンは手をヒラヒラさせながら、『まさか!』と笑った。
「使用人の事なんて、気にも留めていませんよ! まあ彼女が、よっぽどの美人だったなら、話は別ですけどね」
そう言って、いたずら気にウインクをしてみせたが、勿論、ダイアン・ホップもリュカも、クスリとも笑わない。
その反応に苦笑しながら、エヴァンは言葉を続けた。
「まあ、それは冗談ですが、正直、使用人は大勢いますからね。誰が辞めたとか、いなくなったとか、報告は受けても、それだけの事、ですね」
「無断でいなくなっても、気にしないということか?」
リュカの問いに、エヴァンは『そうですね』と答える。
「黙っていなくなる者も、たまにいますよ。他の使用人達とうまくいかなかったり、もっと給料のいい所に移ったり、駆け落ちなんていうのもあります。ホップ卿や兄上の所でも、そうじゃありませんか? こちらとしては、まあ、多少は困りますが、新しい人間を雇えばいい話ですし、奴隷や、借金のかたに働かせているわけでもありませんので、特に探したりはしないですね。何か盗んでいなくなったという以外は」
「なるほど、一理ある」
そうは言いつつも、ダイアン・ホップのの表情はあまり納得しているようではない。
「しかしエヴァン、孤児院から預かったのであれば、その責任はあるだろう? 探さないというのは無責任なのでは?」
「いやー、ですがね、兄上。その辺はちょっと難しい所なんですよ、正直な話。孤児院から来た者が無断で辞めたとして、あまり大事にすると、その孤児院の評判も落ちるでしょう? あそこで育った子供は無責任だって。こちらとしては、あまり触れない方が院の為にもなるかと思いましてねぇ。ああ、執事が戻りましたよ。どうだった? ブラン」
「はっ。確かに、マーガレットというメイドはおりましたが、一月前に辞めております。街で働くと言って辞めておりますね」
「そうか。と、いう事らしいです。彼女は無断で辞めたわけじゃなかったようですね」
「街の、どこで働くと言っていたかわかるか?」
「いえ、そこまでは聞いておりません」
執事の回答に少し考え……リュカはエヴァンを見た。
「メイド仲間から、話を聞きたいのだが」
「勿論いいですよ。ブラン、その娘と親しかった同僚をここへ呼んでこい」
「かしこまりました」
そうしてやってきた、同僚のメイド三名から、一人ずつ順番に話を聞いたが、『一ヶ月くらい前に突然辞めた。詳しい事は聞いていない』『交際している男性がいたとは聞いていない』という、同じような事しか聞き出せなかった。
『マーガレットに、何があったんだろう。街で働くって、どこで働く気だったんだろう。マーガレットの遺体を確認してくれたマグノリア出身の皆も、何も聞いてなかったみたいだけど……急に、いい仕事が見つかったんだろうか……』
謎はさらに深まってしまい、リリーは舌の先をちょっと出したまま、じっと考えた。
「……邪魔をしたな、エヴァン」
聞き込みを終え、リュカがそう声を掛けると、だいぶ前から飽きていたようなエヴァンは、笑顔で立ち上がった。
「いいえ、兄上。あまりお役には立てなかったようですが、また何かありましたらいつでもどうぞ。……ところで、ちょっと小耳に挟んだのですが……」
小さな声でエヴァンが尋ねる。
「……恋人が、できたとか?」
「……ああ」
「……ええ!? 『ああ』の一言で終わらせる気ですか? 詳しく教えて下さいよ。どちらのお嬢さんなんですか? 家柄は?」
「貴族ではない。……知っているのだろう? エヴァン」
睨むようにしながら答えるリュカに、エヴァンは楽しそうに笑いかける。
「ええ、まあ。ああ、怒らないで下さいよ。いえね、兄上が、庶民の女性と付き合うなんて、信じられなかったものですから。よっぽど、気に入ったんですね」
綺麗な笑顔で話してはいるが、言葉の端々に含みがあるように感じられ、リリーはエヴァンを見上げた。
「オリヴィアを亡くした兄上が心配で、彼女、シェリンを侯爵家にやったのですが……余計なお世話だったようですね。ああでも、これからでも、勿論楽しんでいただければ……彼女はそういう事をきちんと心得て」
「黙れ!」
低く短い、だが鋭いリュカの声が、エヴァンの言葉を遮る。
「え? やだなあ、兄上。どうしたんですか? そんな剣幕で。だってその彼女とは、結婚しないんでしょう? まさか、兄上が庶民なんかと結婚するわけないですよね。まあ、結婚したとしても、別に一人の女に縛られる事はないでしょう? 人生楽しく生きなければ!」
「お前の楽しみ方に興味は無い。あのメイドは解雇する」
「あー、嘘ですよ、嘘。ちょっとしたおふざけです。そんな事言わないで下さいよ」
笑いながらそう言うエヴァン。
『……嘘なんかじゃない。あの人、本気でそう思っている。リュカ様の弟とは思えない……』
そんな事を思い、悪びれる風でもなくニコニコしているエヴァンを見つめていたリリーは、リュカの腕の中からヒョイと持ち上げられ……驚いて見ると、ダイアン・ホップに抱かれていた。
「兄弟だけで話したい事もあるだろう。外で待つ」
そう言い残すと、ダイアン・ホップはリリーを抱いて、スタスタと部屋の外に出てしまった。
『エヴァン様って、容姿も振る舞いも考え方も、以前わたしが持っていた、貴族のイメージそのものって感じだわ……きっと、悪気はないんでしょうね』
部屋の外に出たダイアン・ホップに頭を撫でられながら、そんな事を考えていたリリーは、廊下の端に先ほど話を聞いたメイド達が集まっているのを見つけた。
『……何話してるんだろう』
ニャーン、と鳴き、ダイアン・ホップを見つめる。
「ん? どうしたんだ?」
キュッキュッと体をよじると、『降りたいのか?』と尋ねられる。
「ニャーン」
「遠くに行ってはいけないぞ」
「ニャン!」
すると意外にも、すんなり床に降ろされた。
『え? いいの? ありがとうございます。じゃあ、ちょっと行ってきます』
勢い良く走り出すと追ってこられるかも、と考え、ゆっくりとした足取りでメイド達に近づくと、彼女達のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「あなたはなんて答えたのよ」
「みんなと一緒よ。マーガレットは自分から辞めると言ったって答えたわ。あと、付き合っている男性は、いないんじゃないかって。ちゃんと、執事さんに言われた通りに」
『えっ? さっきの話って、本当の事じゃなかったの?』
驚き、リリーは壁にピタリと体を寄せ、メイド達の話を聞いた。
「でも本当にびっくりよね。マーガレットが殺されてたなんて」
「まだ十四でしょう? 可哀想すぎるわ。いい子だったのに」
「実際のところ、どうしていなくなっちゃったのかしらね、あの子。黙っていなくなるような子じゃなかったと思うけど」
「いじめられてたわけでもないし、給金もいいし、食事もおいしいって喜んでたわよね」
「まあ、わたし達からすると、たいしていいお給金とは言えないけど、あの子、苦労してきたみたいだからね、満足してたと思うわよ」
「じゃあ、なんで……。可愛い子だったけど、まだ子供だし、旦那様や若旦那様の愛人になったわけじゃないわよね」
「お二人とも子供には興味ないわよ。これまで愛人になった人達は、みんな、色っぽい人達だったわ」
「そうよね……。じゃあ、街に出かけて、事件に巻き込まれたとか?」
「いなくなってから、一ヶ月経ってるじゃない。ずっと監禁されてたの? それとも、誘拐されてどこかに売られたとか……」
皆、青ざめ、しばらく無言になったが、
「……ところで、今日来た若い騎士様、若旦那様のお兄様だって知ってた?」
「うそっ! 全然似てない! ちょっと怖そうじゃない?」
「えー、でも、わたしは若旦那様より素敵だと思う! すっごい美形で凛々しくて、きっとあの方は若旦那様みたいに女性に手が早くないわよ」
「あ、わたしもそう思う~。硬派な方っぽいもの」
「ところで、そろそろ戻らないと、怒られない?」
「そういえばそうね」
「まだ窓ふきしてるかなぁ」
そんな事を言いながら、メイド達は屋敷の奥の方へ去って行った。
『……これ以上、重要な情報は聞けないっぽいわね』
そう判断し、リリーはダイアン・ホップの元に戻ることにした。
『でも、すごい収穫だわ。マーガレットは、辞めると言ってなかったんだ! じゃあやっぱり、事件に巻き込まれた、誘拐された、という可能性が高いわね……』
そう考えながら戻ると、すぐにダイアン・ホップが頭を撫でる。
「……何してきたんだ? メイド達に撫でて欲しかったのか? なぜか猫は、男性より女性の方が好きらしいな」
『なんか男の人って、扱いが荒い時がありますよね~。団長さんとか、その最たるもので。その点、副団長さんは見た目怖そうだけど、優しく扱ってくれるので好きですよ~。できたら、リュカ様に対しても、裏表なく接していただけると嬉しいんですけど』
「おお、そうかそうか、私の事は好きか。よしよし」
足に体を擦り付けられ、ダイアン・ホップは嬉しそうにリリーを抱き上げた。
「お前の主人は、まだ出てこないぞ。全く……あの二人が兄弟だとは驚きだ。容姿もだが、性格も似ていない。兄の真面目さと、弟の軽さを半分ずつに出来たらいいのにな。お前もそう思うだろう?」
『えー? わたしはリュカ様はあのままで最高だと思います~。エヴァン様の軽薄さは、ひとかけらもいりません~』
そう、心の中で会話していると、
「副団長、申し訳ございません」
勢いよく扉を開けて、リュカが部屋から出てきた。
「我々兄弟の事でお待たせしてしまい、失礼致しました」
「……全くだ。時間を無駄にした。さあ、行くぞ」
「はい。……あ、リリーも。預かって頂き、ありがとうございます」
「全く……服に毛が付いてしまった」
「申し訳ありません」
「さあ、早く戻るぞ。戻ったら、遺体で見つかった女性達の特徴を再度確認しなければ」
「はい。ここ二、三年ほどの間に、屋敷を辞めた、もしくはいなくなったメイド達の名前と容姿を報告するよう、エヴァンにも言っておきました」
その答えに、ダイアン・ホップは少し感心したように、眉を上げた。
「ほう、呑気に喧嘩だけしていたわけじゃないんだな。よし、行くぞ」
「はい。……あの、副団長」
「なんだ」
「リリーを……私が抱きますので」
「あ? ああ、全く……ほら、ちゃんと抱いておけ!」
ダイアン・ホップはそう言うと、仏頂面で、だが丁寧に、そっとリリーを渡した。




