黒猫を連れて
その若い女性の遺体が発見されたのは、二年ほど前。
二十歳前後とみられる、長い金髪で化粧の濃い美しい女性は、全裸でシーツに包まれ、娼館が立ち並ぶ通りの路地に放置されていた。
『おそらく娼婦だろう。首を絞められている。客とのトラブルじゃないか?』
捜査にあたっていた兵達はそう考え、そのあたりの娼館の主人や娼婦、働く者、客達、周辺の店の者にも聞いてまわったが、その女性の素性はわからなかった。
彼女の胸に、蝶の焼印という、特徴的なものが押されていたにもかかわらず……。
そしてそれからも時々、蝶の焼印を押された、もしくは押されていると思われる女性の死体が発見された。
最初の事件から半年後、同じ娼館通りで、胸元が大きく開いた黒いドレスの女性が、腹部を刺されて死んでいた。胸には元あったものを消すために付けられたような火傷の跡があった。
それから八ヶ月、今度は川から、女性の死体が上がった。その背中には、鞭で打たれたような無数の傷が残っていて、胸にはえぐられたような大きな傷があった。
その三ヶ月後、下町の空き家で発見された女性は、幻覚剤の多量摂取とみられた。胸には、まだ治りきっていない、蝶の焼印の火傷があった。
色々な場所で、色々な方法で殺害されて発見された娼婦らしい女性達。
いずれも、身元がわからなかった。
「で、三日前に新たに見つかった少女の遺体にも、その蝶の焼印があった。それで、事態を重く見た国王陛下より直々に、我々もこの事件の捜査に加わるよう命が下ったわけだが……今回、初めて身元が判明した。リュカ、説明してくれ」
デューイの言葉に頷き、リュカが椅子から立ち上がる。
「遺体が手に握っていた髪留めに見覚えがある者がいて、そこから身元が判明しました。名前はマーガレット、十四歳。マグノリア孤児院で育った孤児です。マグノリア孤児院に確認を依頼したところ、院長が来たのですが、違うと思うと言われました。情報として、左手親指の爪の下を刃物で深く切った傷後と、右足ふくらはぎに犬に噛まれた跡がある事を言ったのですが、『自分は把握していない。』と言うので、同じ頃に孤児院にいた者を何名か探して確認してもらっところ、間違いなくマーガレットだという事でした」
報告をするリュカの方を、皆注目していたが、ほとんどの人が実際に見ているのはリュカではなく、その腕に抱かれた黒猫だった。
「マーガレットは二年前からコールドウェイ侯爵家で雑用メイドとして住み込みで働いていたそうです。午後から行ってみます」
「……それはいいが……その猫はなんなんだ?」
皆が言いたかった事を、副団長のダイアン・ホップが冷たく尋ねる。
「ここにネズミが出たものですから、我が家の猫を連れてきました」
大した事ではないように答え、リュカは椅子に着いた。
「リュカ、猫なんて飼っていたのか。大人しいな。ちょっと抱かせろよ」
「申し訳ありませんが、慣れない場所で緊張しているらしく……この通りでして」
「あー、リュカにしっかり抱き付いてんなー。うわー、フワフワだ。んー? 気持ちいいかー?」
リュカの隣に座っていた猫好きの同僚があごの下を指先でくすぐるのを、デューイがハラハラしながら見守る。
「気をつけろ? リュカはその猫と自分の彼女の名前が一緒だから、同一視してる節がある。下手に扱ったら、胸ぐらつかまれるぞ」
「えっ? 本当か?」
「……団長が言う事は大袈裟です」
そう答えつつも、リュカはさりげなくリリーを同僚から離した。
それを見て『ほらやっぱり』と思ったが言葉にはせず、デューイは話しをまとめにかかった。
「じゃあ、俺がリュカと一緒にコールドウェイ侯爵家に行くから」
「いや、侯爵家には私が一緒に行こう」
デューイの言葉を遮りそう言ったのは、ダイアン・ホップ。
「コールドウェイ侯爵家と言えば、リュカ、君の弟が婿に入った所じゃないか。余計な事実が出てきたとして、君が手心を加えないとも限らない。そしてそれは団長も同じ。団長は君がお気に入りだからな。それに侯爵家に行くんだ、団長でなければ、侯爵の私が行くのがいいだろう」
嫌味な言い方だが、デューイは『まあ確かに』とさらりと受け流す。
「同じ侯爵の方がやりやすいか。あそこは特に、そういうの煩いから。じゃあ、ダイアンとリュカでよろしく。よし、報告会終わり。昼飯にするぞ!」
その言葉を聞き、全員勢い良く立ち上がった。
『騎士団の人達って、みんなでそろって同じ食事するんだ。パンとスープのみだけど、スープの中身は豪華だったな。野菜も肉もたっぷりで、おいしそうだったな。あれって誰が作ってるのかな。料理人さんがいるのかな』
そんな事を考えながらリリーは、自分を抱いてくれているリュカを見上げた。
昨日、リュカはリリーを連れて遺体を保管している場所を訪れた。
目を背けたくなるほどに傷つけられた少女の遺体は、残念ながら、マーガレットのものだった。
動揺し、鳴き叫ぶ猫のリリーを抱きながら、リュカはマグノリア孤児院に連絡したり、孤児院で育った人間を探したりしてくれた。
勿論、リリーが色々な情報を伝えていたからということもあるが、今日の午前中には、デューイに報告することができた。
『昨日は一晩中、わたしの事慰めてくれたし、悲しんで泣いてばかりいられない。今日もわたしの我が儘を聞き入れてくれて、一緒に連れて来てくれたんだもん。犯人を捜すために頑張らなきゃ!』
今リリーは、リュカと、近衛騎士団副団長のダイアン・ホップと一緒に、馬車を待っていた。
これから、コールドウェイ侯爵家に行くのだ。
リュカは馬で行くつもりだったのだが、リリーも一緒だと知ったダイアンが、『猫も連れて行くのなら馬では危ないだろう。馬車にしろ。』と言ったので、急遽馬車を用意する事になり、それを待っているのだ。
『この人、ミッシェル君の誘拐を指示した人の可能性があるから、注意するように言われてた人だよね』
細身で、身長はリュカよりも少し低く、黒髪には白髪が少し混じっている。
細いつりあがった目と薄い唇が、冷酷そうな印象を与える。
『さっきリュカ様にも嫌なこと言ってたしな。……ところで、これから出かけるんだから、その前にちょっと、おトイレ行ってた方がいいかも』
リリーはジタバタと動き、地面に降ろしてもらった。
「どうした? リリー」
リュカの言葉に、地面を前足で掻くような仕草をしてみせる。
「ああ、わかった、行っておいで」
「ニャーン」
リリーは急いで少し離れた木陰まで走って行き、姿が見られないよう気を付けながら用を足した。
そして、ジグザグに走りながら戻る。
『どうしてトイレの後にはこう、騒ぎたくなっちゃうんだろう。不思議だわ。ん? リュカ様がいない!?』
元いた場所には、ダイアン一人の姿しかない。
『え~、どうしたんだろう……』
不安になりながら近づいて行くと、
「お前の主人は、団長に呼ばれて行ったが、すぐ戻るぞ」
意外にも、ダイアンが声をかけてくれた。
『怖そうに見えるけど、この人、猫好きなのかな』
そう思いながら、『ニャーン』と鳴いて、足元に座ってみる。
「ほお……お前、なかなか賢そうだな。これなら、団室に置いてきても大丈夫だったんじゃないか? おい猫、ほらほら」
『……うん、猫好き決定!』
じゃれさせようと、自分の手を鼻先でパタパタさせるダイアンに応え、リリーは顔をすり寄せた。
「おお、そうかそうか、いい子だ。お前の主人は優しいか? ん? そうか、良かったな」
何も答えなくても会話ができる。猫好きとは、そういうものらしい。
「お前の主人は将来有望だぞ。これは秘密だが、次に副団長になるのは、あの男がいいと思っているんだ」
『え? そうなの? 副団長さんって、リュカ様の事嫌いじゃないんだ』
驚くリリーに、ダイアンは続ける。
「団長は、確かに強く、人望も厚いが、考えが浅い所がある。お前の主人はそういうとこがしっかりしていて冷静だから、いいと思う。……一応やる気を見せないと、と思ってデューイとは競っているようなふりをしているが……私は早く引退したいんだ。妻が、身体が弱いんでね、のんびり静養できるような田舎で暮らしたいんだよ。そう、猫でも飼って」
『え? ちょっとちょっと、そうなの? えー? なんか、イメージと全然違うんだけど。副団長さん、いい人……』
頭や背中を撫でられながらそう思っていると、
「すいません、お待たせしました」
馬車が横づけされ、すぐ後からリュカも走ってきた。
その時にはまた、ダイアンは仏頂面になり、『猫の毛が付くから、こっちには寄こさないようにしっかり抱いていろ』と言ったりしていたが、リリーは『帰ったらリュカ様に報告しなくちゃ!』と、思いながら、リュカに抱かれて馬車に乗った。




