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4 正しい猫とは

 人間の魂が、猫に入るのだ。

 儀式やら、呪文やら、魔法陣やら……いろいろ複雑な工程を経て、かと思っていたのに、あっさりと猫になってしまった。

 度の合わない眼鏡をかけた時のように、見るものは少し歪んで見える。

 色もなんだか薄いというか、少ないというか……全体に黄色っぽく見える。


「ニャー、ニャニャニャ……ニャ……?」


 さっきまでは違和感がありつつも話せていたが、今は『ニャー』という鳴き声しか出ない。

 本当に自分が猫になったのか見てみようと、右手、というか右前足を上げてみると、バランスを崩してコロッと転がってしまった。


「最初は慣れないだろうが、じき馴染んでくるさ。四足で歩く練習をするといい。ああ、それから、意思は言葉にするんじゃなくて、直接頭に語りかけるんだ。何か話してごらん?」


 そう言われ、『これ、大丈夫な状態なんですか!?』と語りかけてみたものの、


「……何か言っているのか? 全くわからんな……。まあ、だんだんとわかるようになる……といいが……」


 と不安な言葉が返ってきた。


『ええっ!? わたしが言ってる事、伝わっていませんか!?』


「ん? また何か言っているか?」


 考えを読むように腕を組み、じーっとリリーを見つめていたが、


「……わからんな。とりあえず、食事でもするか」


 そうあっさり言うと、カミーユは部屋を出て行ってしまった。


(う、ううっ……どうなっちゃうの? わたし……)


 不安で泣きそうになったリリーだったが、ふいに顔に触れるものがあり、驚いて横を見ると、


(あ、お母さん猫に舐められた?)


 心配そうに自分を覗き込んでいる母猫の顔があった。


(もしかしてわたしの事、自分の子供だと思っているのかな? 子供が生き返ったと思っていたら、なんだか申し訳ないな……)


 そんな事を考えながら母猫を見上げると、


「ごめんなさいね。わたしのうかつな行動のせいで、あなたを死なせてしまって」

「ニャ!?」


 猫が喋っている。


「あなたが助けてくれなければ、わたしも死んでいたかもしれない。気が動転してしまって……もう死んでしまったとわかっていたのに、あの場を去る事ができなかったの。本当にごめんなさい。せめてあなたが猫としての生活に早く慣れるよう、できるだけ協力をしたいと思っているから、なんでも聞いてね。わたしはルウ。よろしくね、リリー」

「ニ、ニャァ」


 よろしくお願いします、と言ったつもりだったが、口からは猫の鳴き声しか出ない。

 しかし、ルウにはちゃんと気持ちが伝わったらしい。ペロペロと顔や頭を舐めて毛づくろいをしてくれた。




「おや? ルウ、リリーと仲良くなったのかい?」


 しばらくすると、パンやらスープやらを載せたトレイを持って、カミーユが部屋に入ってきた。


「ええ。今回の事は全てわたしが悪いのだもの。本当の子だと思って責任もって世話をするわ」

「ん、そうだな、そうしてくれ。猫の事は猫が教えてやるのが一番だ。自己紹介はもう済んでいるかもしれないが、リリー、こちらはわたしの長年のパートナー、黒猫のルウ。母親だと思ってなんでも教わるように。そうそう、5日後には別の屋敷に行ってもらいたいから、わからない事はどんどん質問するんだよ」

「ンナーッ!!」

「5日後なんて早すぎるって、抗議しているけど?」

「おや? ルウにはリリーの言っている事がわかるんだね、それは助かる。……いいかい、リリー。子猫の成長は早いんだ。あんまり遅くなると大きくなりすぎて、飼ってもらえなくなるかもしれないだろう? だから頑張って早く慣れておくれ。さあ、とにかく今は食事だ」


 自分の前にパンとスープと鶏の香草焼きを並べ、リリーとルウの前には、鶏と野菜を煮たスープのようなものが入った深皿を置いた。見ると、リリーの方の具材は、食べやすいようにだろう、小さく刻まれている。


「うちでは猫もテーブルで食事をするけれど、他に行くとそういうわけにはいかないからね、気を付けるんだよ」


 そう言いながら、グラスに赤ワインを注ぐカミーユ。


「……うん、熱くないから大丈夫。いただきましょう」


 先に鼻先を近づけて熱くないのを確認してから、ルウはリリーを促した。


「ニャ」


 いただきます、と心の中で言い、リリーはスープを食べようとしたが、


(ど、どうやって食べればいいの?)


 食べ方が、わからない。


(えーと、ルウさんは、と)


 横を見るとが、ルウの口元は皿の陰になってよく見えない。


(つまり、口で直接食べるんだよね。うん、そうだ、猫ってそうやって食べていた)


 あまり真剣に見た事がなかった猫の食事風景を一生懸命思い出しながら、リリーは皿に顔を近づけ、


「ゲフッ」


 すぐさま鼻にスープが入り、咽る。


「ケッ、ケッ、ニャウウ」


 慌てて鼻を拭こうとしてよたつき、その拍子に前足が皿に入ってしまった。


(……絶望的……)


 足を皿に入れたまま、茫然と立ちつくすリリー。


「フッ、フフッ、フフフ」

「カミーユ! 笑っていないで布を濡らしてきて! リリー、ゆっくり前足上げて……そうそう、横に置いて……」


 ルウの誘導でなんとか皿から脱出したものの、その後どうしたらいいか解からず困っていると、カミーユが鼻先と前足を濡れた布で拭いてくれた。


『……お手数をおかけしてすみません……』

「あー、いい、いい。こっちこそすまなかったね。食べ方が解からないのを忘れて、ん? 言っている事がわかるようになった。いいね、順調だ」


 本当に順調なのか怪しいが、今はその言葉を信じるしかない。


「どうだい? 猫の体は。何か気になる事はないかい?」

『そうですね、まだちょっと動くのが難しいのと……あと、少し歪んで見えて、色があまり判らないです。全体が黄色っぽいというか』

「へー、そういうものかい。人と猫とで見え方が違うなんて、おもしろいもんだね。ルウもそうなのかい?」

「ん~、そう言われても、わたしは人として物を見たことが無いのだから、違いは判らないわ」

「ははっ、そりゃそうだ! まあ、その辺はだんだん慣れてくるだろう」

『……はい』


 力なく頷いたリリーの頭を、カミーユは指先でくすぐるように撫でながら笑った。


「元気を出して。いいかいリリー、猫にとって一番大切な事を教えてやろう」

『一番、大切な事ですか?』

「そう。猫にとって一番大切なのは、可愛い、ということだよ」

『かわいい?』

「そう。人が猫に求めるのは、可愛さだ。そしてあんたはもう、しっかりそれができているから安心おし。さっき皿に足を突っ込んでしまったのを見て笑ったが、それは、可愛いと感じたからだ。人はそんな猫の可愛い姿を見て癒され、喜んで世話をするのだから、猫は堂々と世話されていればいいのさ。それが、正しい猫の在り様さ」

『可愛さが、一番……』


 その言葉に、目の前の霧がサーッと晴れたような気がした。

 不安でいっぱいだった心が軽くなっていく。

 そういえば、自分も猫が好きだ。

 好きだからこそ、今回死んでしまったとも言える。

 しなやかで柔らかくてフワフワの姿は、見ているだけで癒されるし、運よく触れた時などはその日一日幸せな気分になる。

 突然の事で今まで思い出さなかったが、日なたで昼寝している姿を見て、何度『猫になりたいなぁ』と思ったことか。


(……そう、わたしは猫になりたかったんだ! 猫は可愛ければ、もうそれだけでいいんだ!)


 そういう結論に達したリリーの考えが解かったのか、それとも、さっきのカミーユの言葉への返答か。


「まあ、それが真理ではあるけれど、それだけじゃ通用しないこともあるから、その辺はわたしが教えてあげるわ。まずは、食べ方からね」

 冷静な口調でルウにそう言われ、リリーは『ニャ!』と元気に返事をした。




猫大好きです! 昔は一緒に住んでいましたが、今はペット不可の所にいるので、年中猫不足です。


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