【追加】ディガル侯爵邸、再び
『……ウサちゃん……ふわふわ……かわいい……』
真っ白いウサギに、リリーの目は釘付けとなった。
『その辺にいるウサギと違う。すごく毛が長い。さすが侯爵令嬢のウサちゃんね。触ってみたい』
怖がられないよう、そーっと手を伸ばしてみたが、ウサギはビクッとしアンジェレッタのスカートの陰に隠れてしまった。
『ああっ! 怖がらないで! 何もしないから!』
そう話しかけてみたがウサギから返事はなく、そしてリリーは自分が、おしりを高く上げてフリフリしているのに気づき、慌てて座って毛づくろいを始めた。
『うわー、無意識のうちに、狩りをする体制に入っていたわ。これじゃあ、怖がられて当然よね』
今日はディガル侯爵の嫡男、アレックス・ディガルの十歳の誕生日。
盛大な誕生会に招待され、リュカ、ミッシェルと共にリリーも侯爵邸へやって来たのだ。
「フェアリーちゃんは、リリーちゃんが恐いみたいね。爪や牙があるからかしら」
ドレスの中に潜り込んでいこうとするウサギを抑え、アンジェレッタはもう一度リリーと対峙させる。
「リリーちゃんは恐くないわよ。とっても賢くていい子なんだから」
『はーい、フェアリーちゃん、リリーですよー。噛まないし、爪も出さないですよー。仲良くしましょう』
ウサギと話ができるかわからないが、リリーは出来る限り穏やかで優しい声で話しかけたが、
『コワイ、キライ、コワイ、キライ、コワイ……』
『あらー、これは無理みたいね』
ひたすら『コワイ』と『キライ』を繰り返している白ウサギ。
『まだ子供みたいだし、無理させちゃ可哀そう。わたし、離れた方がいいみたいね』
床に座り込んでフェアリーとリリーの対面を見ているアンジェレッタとミッシェルを、少し離れた所から見守っているリュカの所へ、リリーは向かった。
「リリー、アンジェレッタ嬢のウサギとは仲良くなれなかったか」
「ニャー」
抱き上げてもらい、リリーはリュカの肩にあごを乗せた。
『わたしの事が恐いらしくて。可哀そうだからこっちにいますね』
「そうかそうか、よしよし」
言葉がわかるわけではないが、なんとなく会話ができている。
背中を撫でてもらい、リリーがゴロゴロと喉を鳴らしていると、
「まあ、ベルナルド伯爵様、猫ちゃんを抱いてらっしゃるんですか?」
「あら、本当だわ。ウフフ、ベルナルド伯爵様は、猫がお好きなんですね。猫ちゃん、すっかり慣れちゃって」
美しく着飾った貴婦人達が寄ってきて、リュカを取り囲んだ。
「侯爵家の猫ちゃんかしら?」
「いえ、これは私の猫です」
「えっ? 伯爵様の?」
「連れてらっしゃったんですか?」
「逃げませんの?」
貴婦人達がリュカを囲む輪がグッと小さくなり、リリーは強い香水の匂いに顔をしかめた。
『うー、鼻が痛くなってきた。あっ! ヤダ、あの人、リュカ様にさりげなく胸押し付けてるじゃない! あっ! この人もいつの間に!』
「可愛いですわね~」
「わたくしも猫は大好きですわ」
『いや、そんな事言って、わたしじゃなくてリュカ様を狙ってるでしょう! ああっ! 胸の谷間にリュカ様の腕を入れようとしてる! ダメーッ!』
「シャーッ!」
そうして、リリーがリュカに迫ろうとしている貴婦人達に向かって威嚇している頃……。
「なんなのよ、あなた方」
アンジェレッタは三人の男の子に絡まれていた。
「アレクお兄様のご友人方だったら、お兄様はあっちよ。早く行ったら?」
「挨拶はもう済ませたからいいんだよ。オイ、お前、ここの娘のアンジェレッタだろう?」
先頭に立った同じ年くらいの男の子が、横柄に尋ねる。
「それが何か? 本当になんなのよあなた方。無礼だわ!」
さっきまで一緒にいたミッシェルは『俺の友達に紹介するから、ちょっと借りてくぞ』とアレックスが連れて行ってしまった。
何人か招待されている女の子も、親に『アレックス様のお目に留まるように!』と言われていて、ちょうどアンジェレッタは一人だった。
もちろん、護衛や侍女達はたくさんいるが、子供同士、仲良く話しているのだろう、としか見ていない。
ここは自分でどうにかしなければ、と、アンジェレッタは背筋を伸ばして言った。
「わたくし、あなた達とお話ししたくないの。あっちに行ってくださる?」
「生意気な女だな。僕は、ヴァリー・コールドウェイだぞ? コールドウェイ侯爵家の一人息子だ。わかってんのか?」
先頭の金髪の少年がそう言うと、後ろにいた二人も『そうだぞ! ヴァリー様のお父上は、コールドウェイ侯爵様だぞ!』などと言ってくる。
「初めて会ったのに、知ってるわけないじゃない! ちゃんと名乗りもしないなんて、侯爵家の跡取りとしてどうなのかしら。ほんっとに、無礼な方ね」
「なんだと? おい、お前! 将来、僕の妻にしてやってもいいと思っていたのに、なんて口のききようだ! しつけ直してやらないといけないようだな」
「はあっ? なに言ってるの? なんであなたなんかと結婚しなきゃいけないのよ! 絶対にイヤだわ!」
「なんだと? おい、お前達、そのウサギ、つかまえろ!」
ヴァリーがそう指図すると、後ろの男の子二人が、ウサギに向かって突っ込んでいった。
「ああっ! フェアリーちゃん!」
アンジェレッタは驚いて悲鳴を上げたが、ウサギはするっと男の子たちを躱し、ピョンピョンと跳ねて逃げて行った。
「まてー!」
「逃げるなー!」
二人はそれを追いかけ、その場にはアンジェレッタとヴァリーだけになった。
「あなたって、本当にイヤな子ね! お父様に言いつけてやるわ!」
「お前こそ、女のくせに気が強くて、サイアクだな。少しは女らしく、大人しくしてろよ!」
そう言うと、ヴァリーはいきなり、アンジェレッタの髪飾りを取った。
「やっ! ひどい! 返してよっ!」
このあたりになると、さすがに侍女も黙ってはいられない。
「どうかなさいましたか?」
何か様子がおかしいと、ハラハラしながら見ていた侍女が『この悪ガキ、うちのお嬢様に何してるの!』と言いたいのを堪えて声をかけたが、
「うるさい! 侍女のくせに、黙ってろ!」
ヴァリーが喚いた。
「僕は、侯爵の息子だぞ! お前なんて、簡単にやめさせられるんだぞ!」
「なに言ってるの? あなた。彼女はうちの侍女よ。あなたにそんな事できるわけないでしょう? バカなの?」
「なんだと? お前、僕をブジョクしたな! お前、あやまるなら今だぞ! 僕と結婚できなくて、泣く事になるぞ!」
「泣くわけないじゃない! あなたと結婚なんて、死んでもしたくないわ! だいたいわたくしには、ちゃんと心に決めた方がいるの!」
「ハッ! なにが心に決めた人だ! 生意気なお前なんてなあ、だれからも好かれるわけないんだよ!」
「……そうなの?」
不意に、会話に入ってきたその言葉に、アンジェレッタとヴァリーは声の方を見て、
「ミッシェルくん!」
「なんだお前」
それぞれ、声を上げた。
「アンジェは生意気だから、男の子に好かれないの?」
ちょっと首を傾げながら尋ねたミッシェルの言葉に、アンジェレッタは顔を真っ赤にし、ヴァリーは『そうさ!』と声を上げて笑ったが、
「そっかー。じゃあ、ちょうど良かった」
ミッシェルはにっこりと笑った。
「僕はアンジェの事、生意気だとは思わないし、かわいくて、元気で、一緒にいて楽しいから大好きなんだ。他の男の子たちがアンジェの事好きになるより、その方が都合がいいよ。あ、それ返してね。アンジェの髪飾りでしょ?」
そう言って手を差し出したミッシェルに、今度はヴァリーが顔を真っ赤にする。
「お、お前……僕にそんな口きくなんて……お前、誰だ! 名前を言え!」
「僕はミッシェル・ベルナルド。気にくわないならあっちに行くから、早くアンジェの髪飾り返して」
「うるさいっ! こんなものっ!」
手にしていた髪飾りを床に叩きつけ、ヴァリーは叫んだ。
「ベルナルドって、伯爵家だな? 僕の父上は侯爵だぞ! だから僕はお前よりえらいんだぞ!」
「ああ、そうなんだ」
おっとりと答えるミッシェルに駆け寄り、アンジェレッタが耳元で囁く。
「……ああ! 君、ヴァリー君か。僕たち、いとこなんだよね。赤ちゃんの時に会った事はあるって聞いてるけど、大きくなってからは会った事ないから、わからなかったよ。叔父上は今日いらしてるの?」
「…………」
親し気に話しかけられ、ヴァリーはバツが悪そうに黙った。
「それにしても、今日はディガル侯爵家のアレックス様のお誕生会だよ? それなのに、妹のアンジェレッタにいじわるしたら、アレクお兄ちゃん、悲しむと思うけどな。ねえ?」
「くそっ……」
ヴァリーがそう呟いたところに『ヴァリー様~』と、さっきウサギを追いかけて行った二人の少年が走ってきた。
「ちょうど良かった。オイ、お前ら、こいつを」
「ヴァリー様! 助けてください! クロネコがっ!」
「クロネコ?」
「ウサギを追いかけてったら、クロネコがっ! あっ! 来たっ!」
「ヒッッ!」
怯えてしゃがみこんだ少年たちを、黒と白の二つの塊が追い越して行き、
「ニャーン」
「………」
ミッシェルの足元にリリーが、アンジェレッタの足元にはウサギのフェアリーがピッタリを体を寄せた。
「あっ、リリー」
「まあリリーちゃん、フェアリーちゃんを連れて来てくれたの? ありがとう!」
嬉しそうにフェアリーを抱き上げるアンジェレッタを見ながら、リリーは毛づくろいを始めた。
「なんだ、お前ら! ネコなんて怖がって!」
「だってそのネコ、さっきすごい声でうなってたんだ!」
「ツメでひっかこうとしたし」
そんな声を聞きながら、リリーは『何の事だか』というように、前足を舐めては頭をこすり、興奮を抑えこんだ。
『確かにさっきまで、毛は逆立つは、尻尾は三倍くらいになるわ、シャーシャー言うわ、で凄かったからね。それにしても、フェアリーちゃんが『コワイー、タスケテー』って逃げてきたから、何事かと思ったけど……この子達が何か嫌がらせしたのかしら。あっ、アンジェちゃんの髪飾りが!』
口に咥え、急いでアンジェレッタのところへ持って行くと、ウサギを抱いている彼女の代わりにミッシェルが受け取った。
「さあアンジェ、あっちに行こう」
何か言いたげな三人に背を向け、ミッシェルはアンジェレッタを促して歩き出した。
「お菓子食べようよ。アンジェの好きなタルトとかケーキ、いっぱいあったよ」
「ええ……でもわたくし、髪を直さないと……せっかく早起きして可愛く結ってもらったのに……」
シュン、とするアンジェレッタに、ミッシェルが『あっ! それなら!』と言う。
「結い直す前に僕、アンジェの髪を三つ編みしたい!」
その言葉に、アンジェレッタは驚いたようにミッシェルを見た。
「まあ! ミッシェルくん、三つ編みできるの?」
「僕、アンジェの赤い髪キレイで大好きだから、いつか三つ編みさせてもらおうと思って練習したんだ」
「うれしい! ミッシェルくん、大好き!」
「えへへ、リリーに教えてもらったんだよ。あっ、リリーってネコじゃなくて人の方ね。それで、父上の髪で練習させてもらったんだー」
「まあステキ! なかよしなのね。ああ、リュカ様とリリーさん、早く結婚すればいいのに」
「うーん……そうなんだけど、ちょっと色々むずかしくて……もちろん、父上はリリーの事を愛していて、すごく大切にしてるんだよ。いつもだっこしてね、可愛いねー、きれいだねーってなでてるんだ。でもね……あっ! リリー、リリーもだっこしてほしいの?」
足に前足をかけて立ち上がったリリーを、ミッシェルは『よいしょ』と抱き上げた。
「リリー、アンジェの髪飾り、持ってきてくれてありがとね」
『それはいいですけど、あまりリュカ様との事言わないで下さい! というか、だっこして撫でているって、それ、猫の時の事ですよね! 後ろで聞いてるアンジェ様の侍女さんが勘違いして赤くなっていますから!』
伝わらない事はわかっているのだが、リリーは『ニャニャニャ』とミシェルに文句を言った。
「そっかー、リリー、父上に会いたいんだね? たぶんあっちの方にいるんじゃないかなぁ」
『ちーがーいーまーす!』
「降りる? 探しに行く? リリーは父上が大好きだもんねー」
「ねこのリリーちゃんもリュカ様が好きなのね?」
「そう。どっちのリリーも、父上が大好きなの。もちろん父上も、リリーが大好きなんだよ」
「ニャーッ!」
「ねーっ」
かみ合わない会話は続き、諦めたリリーは、一生懸命アンジェレッタの髪を三つ編みにするミッシェルを見守る事にし、キャッキャとはしゃぐ二人のそばで横になった。
そしてその隣には、リリーにすっかりなついたウサギのフェアリーが、ピッタリとくっついていた。
完結後の追加話です。違和感あったら申し訳ございませんが、書きたいエピソードだったんです!




