31 愛しています
体が、フワフワする。
周りの人達の声が、遠く聞こえる。
「彼女は、私が内密に使っている者です。素性は明かせませんが、決して怪しい者ではありません」
「まあ、お前がそう言うのなら……しかし、どうやって子供らを救い出したのか、犯人はどうしたのか、そのあたりの事をだなぁ」
「犯人がいた森の奥の小屋に、眠り薬を焚いて二人を救い出したようです。ここへ来るのに使った犯人の馬を、今兵士達が追っているそうです。その場所まで行けるかどうかは分りませんが」
「彼女にその場所まで案内してもらおう!」
「街の明かりを探して必死に逃げてきたそうです。わかる限りの事を聞いて、可能性がある場所を割り出し兵に行かせます。が、これから彼女に案内させるのは無理です。もう、休ませないと。あんな状態ですから」
「確かに気が抜けてしまって、心ここにあらず、って感じだが……お前のせいじゃないのか?」
「は? 私の?」
「お前がこんな所であんな事するから……」
デューイとリュカの会話を、ぼんやり他人事のように話を聞いていたリリーは、真っ赤になって俯いた。
「……はぁ、なんなんだ、全く。昼間、再婚はいいだの、リリーがいればいいだの、さんざん言ってたくせに」
「彼女がリリーですよ」
「はあ!? どう見たって猫じゃないだろうが!」
「彼女、リリーという名なんです」
しれっと言うリュカに、デューイは溜息をついたが、
「まあいい、わかった」
そう言うとリリーの前に移動し、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「私は近衛騎士団団長のディガルだ。アンジェレッタは私の娘なんだ。救ってくれた事、心から感謝する。詳しい事は後日聞くことにしよう。今日はゆっくり休んでくれ。あー、あと、何か困ったことがあった時には力になるからな。いつでも頼ってくれ」
「は、はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたリリーの肩に、リュカが手を置く。
「さあ、帰ろう」
「はい……えっ、どこに……」
「屋敷に決まっているだろう。ミッシェルと一緒に」
「えっ? でもわたしはお屋敷に行くわけには……」
「もう、一瞬だって手放す気はないからな」
慌てるリリーに、リュカは真顔で言う。
(座ってなきゃ倒れてるわ、絶対……)
リュカの変わりようにリリーはついていけず、真っ赤になってうつむくしかなかった。
そのうち、馬車の用意ができたと知らせが入り、アンジェレッタを抱いたデューイと、ミッシェルを抱いたリュカが外に出る。
(リュカ様はああ言ったけど、本当についてっていいの?)
そう戸惑っているリリーのところに、ニックがやって来て頭を下げる。
「旦那様の大切な方だとは知らず、先ほどは失礼致しました」
「ああっ! いえ、こちらこそ! ちゃんと説明もせず……その……なんと説明していいのか、本当にわからなかったんです。すみませんでした」
「いいんですよ。さあ、旦那様がお待ちです、行きましょう。……それと」
声を潜め、リリーの耳元で囁く。
「さっき言ってた犯人の件。リュカ様に、そして侯爵様にも報告済みなので安心して下さい」
「あ、ありがとうございます」
そう、この事件はまだ終わってはいないのだ。
(でも、この先は団長さんやリュカ様にお任せしよう)
そう思いながら、リリーはニックに促され、リュカの待つ馬車に乗り込んだ。
疲労と安堵と、照れからくる気まずさもあり、馬車の中では二人とも無言のままだった。
屋敷に着き馬車を降りるとすぐ、目を真っ赤に泣きはらしたキャシーが駆け寄ってきた。
「ああ、ミッシェル様! よくご無事で!」
「ん……あー、キャシー」
眠り薬の効き目がようやく切れてきたミッシェルが、薄く目を開ける。
「あ……父上……リリーも……ここは、おうち? アンジェちゃんは……」
「安心しなさい、アンジェレッタ嬢も無事だ。彼女も屋敷へ戻ったよ」
「よかった……」
そう言うと、また眠そうに目を閉じる。
「ミッシェルを部屋に運んでやってくれ。私も後で行く」
「かしこまりました。」
ニックがミッシェルを抱き、キャシーが横にピッタリとついてミッシェルの部屋に向かう。
「旦那様、本当にご無事でなによりです」
「ああ、心配かけたな、ロイド」
執事のロイドは、心底ホッとしたような笑顔だったが、
「旦那様、そちらのお嬢様は……」
リュカの後ろにピッタリくっつき隠れているリリーに気づき、尋ねた。
「彼女が、ミッシェルを救い出してくれたんだ」
「それはなんと! ありがとうございます」
片手を胸に当て、深々とお辞儀をするロイド。
そんなロイドにリュカは、些細な補足、というように、
「そして、私の最愛の女性だ」
とさらりと言う。
「……さようでございますか」
内心は驚いているだろうが表情には出さず、ロイドは笑顔を浮かべた。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、中へ」
屋敷の中は、少しの使用人しかいなかった。
「ミッシェル様がご無事だったとの知らせを受けましたので、少数を残して休ませました。あまり、騒がしくしてはと思いまして」
「ああ、その方がいい」
「厨房の火は落としておりません。何かお持ち致しましょうか」
「そうだな。ミッシェルと彼女に、食べやすい食事を。彼女の分は私の部屋に運んでくれ」
「かしこまりました、すぐに用意させます」
そんな会話をしながら自室に向かうリュカの影に隠れるように、リリーはちょこちょこついて行った。
良く知る屋敷内だが、猫の姿で歩くのと、人間の姿で歩くのとでは印象が全く違う。
しかも、少数とはいえ使用人達がいるので、その視線も気になる。まあ実際は、教育がしっかりとされている使用人達は頭を下げ、主人の恋人の姿を見ないようにしていたのだが。
緊張しながらようやくリュカの部屋に着き、二人きりになったのだが、
(これはこれで、緊張するんだけど……)
そう思いながら、リリーはリュカに促されていつものソファに座った。
リュカは隣りに座り、すぐにリリーの手を握る。
「ミッシェルの事、感謝する。君が無事で本当に良かった」
「いえ、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
「……ああ……本当に、心配した……」
そう言って、リュカはリリーを抱き寄せた。
「考えたくはなかったが、二度と会えないんじゃないかと不安になった。これまでは、そんな事無いと自分をごまかしていたが、今回の事で、私はリリーを愛しているのだと思い知らされた。今こうやってリリーを抱きしめる事ができて、本当に良かった。」
「でも……わたしは孤児だし、しかもほとんど猫だし、とてもリュカ様にそう言っていただけるような人間ではなく」
「リリーは?」
「えっ?」
「リリーは、私の事をどう思っている?」
少し体を離し、目をじっと見つめながら問われる。
「わ、わたしは、その……」
見つめられ、頭がクラクラしてくるのに耐えながら、リリーは答えた。
「リュカ様は素敵です。かっこよくて、大人で、冷静で、優しくて……」
「…………」
「そのぉ……」
続く言葉を。
並べたてた褒め言葉以外の言葉をリュカが待っている事は、リリーにもわかっていた。
(ちゃんと、言わなきゃ。わたしの、本当の気持ち)
緊張で息苦しくなり、深呼吸を繰り返してから、リリーはリュカ見つめた。
「わたし、リュカ様を愛しています。庶民だから、猫だから、好きになってもどうしようもないってわかっていても、気持ちを変える事はできません。リュカ様の事が大好きです!」
「君がそう思ってくれていて良かった……リリー」
「リュカ様……」
ゆっくりとリュカの顔が近づいてきて、リリーはそっと目を閉じた。が、
「コンコンコン」
大きなノックの音が響く。
驚いてリリーは目を開けたが、リュカは気にせず口づけをしようと迫ってきていて、
「リュ、リュカ様! 誰か来ました!」
「……放っておけ」
「放っておけません!」
真っ赤になったリリーが顔をクッションでガードしてしまったため、リュカは溜息をついて「入れ」と声をかけた。
「失礼致します」
扉を開けて入ってきたのは、ロイドとワゴンを押したメイドだった。
「お茶と食事をお持ちしました。そちらにご用意しても?」
「ああ、頼む。」
二人の前にお茶と焼き菓子、そしてリリーの前には具沢山のスープとパンが置かれた。
「簡単な物で申し訳ございません」
「いえ! すごくおいしそうです、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるリリーに、ロイドは優しげに微笑んだ。
「ミッシェル様のところにも運ばせました。それと、入浴の準備もできておりますがいかがいたしましょう」
「リリー、どうする?」
「えっ? えーと……」
地面を転がったり、ベットの下に潜り込んだり、馬に乗ったり……見ると、全身汚れている。
「入りたいです、もし良ければ」
「かしこまりました。食事が済んだ頃に、お手伝いする者をよこします」
「ああ。それなりの者を頼む」
「はっ、かしこまりました」
そう言うと、ロイドは下がって行った。
「それなりって……?」
「噂話をしたりしない、しっかりとした者でないとな」
そう言うと、リュカはさっきの続きとばかりに、もう一度リリーを抱き寄せようとしたが、
「じゃ、じゃあ、わたし、食事いただきます!」
照れたリリーがスープを食べ始めてしまったので、苦笑しながら、自分もお茶に手を伸ばした。
リュカの変化にタジタジ。




