30 再会
どれくらい、時間が経っただろか。
「カミーユさん! 明かりが! 街が見えてきました!」
ようやく見えた光に、リリーが嬉々として声を上げる。
「ああ、そうだね、ようやく」
そう答えるカミーユの声にも、安堵の響きがあった。
幸い誰とも会う事無く、リリー達は森を抜けることができた。
「気は抜けないけど、ひとまず安心だ。よく頑張ったね、リリー」
「カミーユさん、本当にありがとうございました、助けに来てくれて」
「もっと早く行けたら良かったんだけどね。なかなか場所がわからなくて」
「そうだ! どうして今回の事がわかったんですか?」
少し緊張がほぐれ、ずっと気になっていた事を尋ねる。
「カミーユさんは何でもわかるんですか?」
「なんでもって事は無いさ。言っただろう? わたしは何でもできる魔法使いじゃないって」
「でも、鳥の仮面の男の人の事も知っていたし」
「まあ、そうだね、リリーに説明しなくちゃいけない事があるのは確かだが……移動のついでにってわけにはいかない。きちんと話す場を設ける事にしよう。まずは無事にこの子達を親元に戻してやらないと」
「確かにそうね。どうするの? 伯爵か侯爵の屋敷に連れてくの?」
カミーユの馬に一緒に乗ったルウが尋ねる。
「ここから屋敷は遠いねぇ。街の、兵士の詰所に届けるか……」
「リュカ様か団長さんがいればいいんですけど。今、どのあたりを探しているんだろう……」
そんな会話をしているうちに、街に入った。
酒場はまだ開いているが、人通りが多いわけではない。
「馬車がつかまれば、それで送り届けてもらおう。一応、詰所も覗きつつ……おや? あそこ、なにか取り調べていないかい?」
そう言われて前方を見ると、大通りにかがり火が焚かれ、多くの兵達がいる。
「まずいね……ここで戻ったら怪しまれるだろうし……もう、あそこで保護してもらうしかないか」
「子供達だけ置いていくのよね?」
「えっ?」
ルウの言葉にリリーは慌てたが、カミーユは「そうだね」とあっさり頷く。
「わたしはこの件に係わっていると知られたくないんだよ」
「それにリリーだって説明できないでしょう? 自分が何者で、どうやって子供達を助け出したのか」
「確かにそうだけど……」
「心配なのはわかるが、ここは子供達だけ置いて、私達は姿を消した方がいい。この辺でゴソゴソやっていれば、不審に思って見に来るだろうさ」
そう言うとカミーユは馬から降り、アンジェレッタの入った麻袋を地面に降ろした。
ここで放り出すのは不安、と思いつつも、確かに説明できないと自分を納得させ、リリーもそれに倣った。
二人を地面に降ろすと、カミーユはそれぞれの馬に手をかざし、何やら呪文を唱えてる。
「あの、なにを?」
気になって尋ねたリリーに、カミーユは「ああ」と答える。
「そっちの馬には、自分がいた場所に戻るよう命じた。兵達がどう判断するかは知らないが、これについていけば、やつらのいる小屋にたどり着ける、が……目が覚めてもう逃げてるかもしれないね。で、こっちには目くらましをかけた。さあ、わたし達はこれで退散するよ。今日のところはうちに泊まるといい」
「はい、そうさせてもらいます」
その時、
「おい! お前達そこで何してる!」
数人の兵士達が近づいて来た。
「さあ、早く行こう」
先に馬に乗り、リリーを引き上げようと手を差し伸べるカミーユ。
「はい!」
慌ててリリーも、馬に乗ろうとしたのだが、
「あ……大変! カミーユさん、わたしやっぱり残ります!」
「なんだって!?」
「あの中に、誘拐犯の仲間がいるんです! ミッシェル君とアンジェちゃんはあの男が仲間だって知ってるから、ばれないように殺そうとするかもしれない!」
「っっ……しかたない。それじゃあわたしも」
「カミーユさんは行って下さい。わたしだけで、なんとかします。もし駄目だった時の為に、カミーユさんは」
「わかった。なにかあったら助けに行く。無事帰れたら、後日ベルナルド伯爵と一緒にわたしの店に尋ねておいで!」
そう言うと、カミーユは馬の手綱を引き、脇道へと姿を消し、残ったリリーは、急いでこれからどうすればいいか考える。
「おい女!」
近づいて来た兵達が、厳しい口調で問う。
「何してるんだ、こんな夜更けに。それは何だ」
落ち着くために深呼吸をし、リリーは兵をしっかりと見つめて言った。
「……ベルナルド伯爵様は、いらっしゃいませんか?」
「はっ? なんだお前は。伯爵様をご存じなのか?」
「わたしは、伯爵様に仕えている者です。大至急、伯爵様にお目にかかりたいのです」
「伯爵様に仕えているだと? その、足元にあるのは?」
「これは……」
誘拐犯の仲間がすぐそこにいるので、リリーは言い淀んでしまったが、
「おい! 今、うちの旦那様に仕えてるって聞こえたが?」
「ニック!!」
この窮地の場面で良く知る顔を見つけ、リリーは思わず声をあげてしまった。
「ニック! 早く来て! こっち!」
「え? あ、うん?」
名前を呼ばれ、慌てて駆け寄ったものの、そこにいたのは見覚えのない女性で……。
ニックは戸惑いながらリリーを見た。
「えーと、誰だ? 伯爵家のメイドか?」
「あー、えーと……まあ、そういう感じです。それより! ミッシェル様とアンジェレッタ様を取り返してきたんです」
「はっ? お前何言って……ええっ!?」
リリーがシーツをめくってミッシェルの顔を見せると、ニックは大きな声を上げた。
「ミッシェル様! じゃあそっちの袋はもしかして侯爵令嬢?」
「そうです! 早く安全な所に!」
「わかった。おい! みんな来てくれ! 侯爵令嬢とミッシェル様だ!!」
辺りが騒然とし、その騒ぎで、犯人から拝借してきた馬が驚いて暴れ出した。
「ああっ! あの馬追っかけて下さい! たぶん犯人のいる所に戻るから!」
「はっ? 本当か? おい! 追跡するぞ! 馬をひいてきてくれ!」
さらに騒がしくなり、兵士達は報告に向かったり、追跡の用意を始めた。そんな中、
「ちょっと! ニックは残って!」
慌ててリリーはニックの手を掴み、小声で言った。
「ミッシェル様達を守らないと! どこに敵がいるかわからない、というか……」
グイッと腕を引き、屈ませて耳元に口を近づける。
「そっち見ないで下さいね。そこにいる侯爵家の人、あの人、犯人の仲間です」
「……本当か?」
「本当です。何かしてくるかもしれないから、お願い、残って二人を守って下さい」
「……わかった」
険しい顔で頷き、ニックは兵達と話をする。
その結果、五、六名の兵士達が馬の追跡をし、残った数名の兵士達と共に、リリーは詰所の中に入った。
まだ眠っているミッシェルとアンジェレッタは仮眠に使われているベッドに寝かされ、そのベッドの横の椅子に、リリーは腰かけた。
(あの男も残ったわね。油断しないようにしないと)
そう思いながら子供達を見ていると、
「ちょっといいか?」
そう言ってやって来たのは、ニックだった。
リリーの前に立ち、胸の上で腕を組む。
「さっきは慌ててうやむやにしてしまったが、お前、名前は? 俺の事を知っているようだが、いくら考えてみても覚えがないんだよなぁ」
(まずい、やっぱりスルーしてもらえなかったわね)
「あんたみたいな女性なら、来たばっかりだって噂になってると思うんだよ。それに、どうやって二人を救い出したんだ?」
「あ~、えーとですね……」
返答に困り、目線を外して俯いたリリーを、ニックは下から覗き込む。
「一体、何者だ? 本当に伯爵家に仕えているのか? 名前と、所属を答えろ」
「…………」
「答えられないなら、ちょっと来てもらおうか」
「やっ! なにするの?」
腕を掴まれ立たされそうになったリリーは、ニックの手を振り払った。
「リュカ様がいらっしゃるまで、ここを離れるわけにはいきません!」
「だったら、何者なのか答えろ! ひょっとして、誘拐犯の一味なんじゃないか? 捕まりそうになったから適当な事言って注意を逸らして、隙を見て逃げるつもりでは?」
「違います! そうだったら最初っから逃げてます!」
「じゃあなんで、名前を言えないんだ!」
「だ、だって……」
(リリーです。伯爵家で、みんなを癒すお仕事しています……なんて言えるわけないじゃない!)
下唇を噛み、上目使いに自分を見上げるリリーの腕を、もう一度ニックが掴もうとした、その時、
「子供達が見つかったというのは本当か!」
その声に、リリーはパッと椅子から立ち上がった。
(リュカ様!)
「子供達はどこにいる? 怪我は無いか?」
「はい、ご無事です。こちらに……」
近づいてくる足音に、リリーは嬉しさでいっぱいになりながらソワソワと待ち……、
「リュカ様!」
部屋に入ってきたリュカを見て、すぐに嬉々として名前を呼んだのだが、
(あ……まずかった……?)
一瞬驚いたように自分を見て、すぐに視線をはずしたリュカに、スッと血の気が引く。
「ニック、子供達は?」
「はっ、こちらで眠っておられます。怪我は無いのですが、騒がしくしても起きる様子が無いので、おそらく薬か何かで眠らされているかと」
「そうか……」
そう言うとリュカは厳しい顔つきのままベッドに近づき、子供たちの様子を確認する。
一方、呼びかけを無視されたリリーは、そーっと椅子に座り直し、キュッと背中を丸めた。
(ヤダわたしったら。リュカ様が喜んでくれるとか思っちゃって……こんな、説明できない存在のわたしが出てきちゃったら、リュカ様だって迷惑よね。やっぱり残ったのは間違いだった。カミーユさん達と一緒に行けば良かった。どうしよう……そうだ、このままそっと外に出て……)
ゆっくりと立ち上がり、目立たぬよう中腰で戸口に向かおうとしたが、
「旦那様、この女が、ミッシェル様達を救い出したと言っているのですが」
(ニーック! バカ! なんで今言うのよ!)
逃げ出すタイミングを奪われ、リリーは心の中でニックを罵った。
「伯爵家に仕えていると言うのですが、私には見覚えが無く、名前も言わないのです。もしかしたら一味の者の可能性もあるかと」
その言葉に、付近にいた兵達がサッと戸口をふさぐ。
違うと言いたいが、納得してもらえる説明はできそうにない。
周りの兵士達の視線も集めてしまい、動けなくなったリリーを、リュカが振り返った。
(リュカ様……怒ってる?)
厳しい表情で、ゆっくり近づいてくるリュカ。
(こんな所に出てきてすいません!!)
心の中で謝罪した、その時、
「んっ!」
いきなり抱きしめられ、唇が塞がれた。
一瞬、何が起きたかわからず、茫然としてしまったリリーだったが、
(……これって……キスされてる!?)
あまりにも突然で閉じ損ねた目に、信じられないものを見る表情のニック見え、慌てて目を閉じた。
(うそうそうそ! なんで? なにがどうしてこうなってるの!?)
ギュッと目を瞑り、その精神的衝撃に耐えるリリーだったが、一向に唇が離れる気配が無い。
それどころか、更に強く抱きしめられる。
「んーっ!」
耐えきれなくなり、リュカの背中をバンバン叩くと、ようやく唇が離れた。
しかし、体は密着したまま。
まつ毛が触れてしまうのではないかと思うほどの間近で、リュカが絞り出すように声を出す。
「……クッキーを、入れるんじゃなかったと……」
「えっ?」
「あの時照れてしまって、ごまかそうとクッキーを口に入れた事を、心の底から後悔した。もう会えなかったらどうしようと、自分の気持ちを伝えなかった事を死ぬほど後悔した。……リリー、愛している。……無事で、本当に良かった。ミッシェルを救ってくれてありがとう。生きていてくれて、本当にありがとう」
「……リュカ様」
『わたしもリュカ様を愛しています』
そう言いたかったが、その前に再び唇を重ねられ、リリーは目を閉じた。
その口づけは長く、
「子供達が無事に見つかったって……ええっ? リュカぁ!?」
知らせを受けて走り込んできたデューイの、戸惑った声が響くまで続いた。
「本当にリュカかっ!? 心配し過ぎておかしくなった!?」「……なってません」




