3 『あなたは魔女ですか?』と尋ねると、彼女は自分を『識る者』だと言った
薄暗い部屋の中で、カミーユはテーブルの上を片付け始めた。
まあ、片付けと言っても、目の前にある瓶や薬草を端に押しやるくらいの事だが。
その様子を見ながら、リリーは小さな声で「あなたは魔女ですか?」と尋ねてみた。
すると「あんたの思う魔女とはどういうものだい?」と逆に尋ねられてしまった。
『えっと……不思議な事ができて……あ、魔法が使える女の人、かな……?』
「じゃあ、魔法が使える男は魔法使いかい?」
『は、はい。子供の頃読んだ本にあったんです。冒険とか、竜を退治するとか、心優しい娘が王子様に見初められるとか……そういう話に魔法使いや魔女が出てきて、不思議な力で主人公を助けてくれたり、敵対して戦ったり……。カミーユさんも不思議な力をもってるみたいだから、そうなのかと思って……』
それを聞き、カミーユは「なるほどね」と苦笑した。
「病気を治した、人を呪い殺した、人を蛙に変えた、ネズミを人間に変えた、空を飛んだ……いろいろあるからね、そういう話は。だから魔法使いや魔女と呼ばれる者は不思議な力を持っていて、望む事を何でもできると幻想をいだく輩が出てくるんだよ。そんなわけないのに」
テーブルの中央に銀の皿を置き、その上に乾燥させた葉っぱや花びらを山の形に置いて火を点けると、部屋に甘い香りと白い煙が細く立ち上る。
次に子猫の体を手前に置くと、包んでいた布をゆっくり開き、優しく頭を撫でながら話し始めた。
「ずっと昔の話だがね、このエルドナ国の国王が、国内の魔法使いや魔女と呼ばれる者達を城に集めて言ったそうだ。
『儂は死にたくない。儂がずっと生き続けられるようにして欲しい』
魔法使いは言った。
『人間は死ぬものです。ずっと生き続けることなどできません』
魔女も言った。
『そのような業は、誰も持っておりません』
しかし王は納得しなかった。そして自分が永遠に生きる続けられる為の方法を見つけ出すまで城の外には出さないと、彼らを監禁してしまった。
最初の頃は、研究に必要だと言えば外出も許した。『隣国にあるという古魔術書が必要だ』『秘密の場所に自生する薬草に効果があるかもしれない』そんな理由をつけ城の外に出た者は、二度と戻らなかった。
だが、そのうち王も考えた。
必要と言われた物を本人に取りに行かせず、全て王が用意した。森を焼き、人を脅し、殺し、隣国を滅ぼしてでも手に入れた。このエルドナがここまでの大国になったのは、実はそのおかげなのさ。
魔法使い達が警戒し、呼ばれても城に赴かなくなれば、家族や弟子を誘拐して呼び寄せた。エルドナの魔法使いがいなくなれば他国からも同じような方法で集めた。しかしいくら研究し、鍛練したって、永遠に生きる方法など無かったのだよ」
話を聞いているうちに、部屋の中は煙と香りが充満していた。
嫌な感じはない。
穏やかな、まるで満ち足りた夢の中にいるような気分だ。
「……何十年もの時が経ち、王は九十歳を超えてまだ生きていた。魔法使い達の努力は、延命にはある程度効果があった。しかし、永遠に生き続けるなんて都合の良い奇跡の業は無く、王は満足しなかった。そして魔法使い達を恨んだ。『こいつらは不思議な力を持っているのに、なんでも叶える力を持っているのに、儂の望みを叶えなかった!』とね。
王は、迫りくる死を魔法使いや魔女のせいにし、とらえていた人質たちも全て道連れにして死んだ。
この国の魔法使いや魔女はほとんど殺され、どうにか隠れ住んでいた者達も老い、亡くなっていった。そんな時代に弟子を育てる事は難しく、後継者は少なかった。いにしえからの知恵、技術、精霊との交渉方法、魔法陣、呪文……多くの物が失われたのだよ。今かろうじて残っているのは、少しのまじないと、薬草と薬の知識くらいか」
『……じゃあカミーユさんは、その数少ない後継者なのですか?』
「まあ、そんなところだ。ただ、わたしは『識る者』と名乗っている。魔法使いも魔女も『なんでもできる不思議な力を持っている者』と勘違いされる言葉となっているから、使いたくないんだよ。
わたしは、『識る者』。
体を離れた魂がさまよっているのを見つけ、それを保護する方法を識る者。魂の抜けた小さな身体を、癒す方法を識る者」
ひょい、と、首根っこを掴まれたような感覚があった。
そう、まるで親猫が、子猫を運ぶ時のような。
次に、ギュッと上から押されるような感覚があり……、
「に、にゃー……」
「そして、その身体に、魂を入れる方法を識る者さ。さあリリー、新しい人生の始まりだ!」
入っちゃった。