29 脱出
リリーとミッシェル、二人は無言のまま見つめ合った。
(な、なんで? 眠っていたよね?)
じっと自分を見つめているミッシェル。
(……あれ? 驚いていない? あ、もしかして寝ぼけて……)
「リリーだよね?」
(なかったー! 起きてるー!)
「あ、あの、わたし……」
どう説明しようか、焦るリリー。
そんなリリーに、ミッシェルはベッドから降りて近づき、
「これ、リリーのだもんね」
そう言って、床に落ちていたリボンを拾った。
「あ、はい、そうです。」
さっきまで首に巻いていたリボン。引っかけて首が絞まらないようにとキャシーが考えてくれ、取れやすいように細く切れやすい糸で付けたボタンで留められていた。
(いつもは変身する前にリュカ様が取ってくれてたけど、今回はこれのおかげで助かったわ。キャシーありがとう! って、今はそれどころじゃなく!)
動揺しながら「えーと、えーと」と言葉を探していると、
「はい、どうぞ」
ミッシェルが、自分の上着を脱いで差し出す。
「小さいけど」
(ううっ優しい、ミッシェル君。お父上とは全然違う!)
感動しながら、リリーは「ありがとうございます」と頭を下げた。
「でも大丈夫ですよ、ミッシェル様。シーツがありますからそれを借りますね」
アンジェレッタが起きないように気を付けながらシーツを取り、身体に巻いて胸の上できつく縛る。
「ほら! もう大丈夫です」
「うん、良かった」
にっこり笑い、上着を着るミッシェル。
「あのう、ミッシェル様……驚かないんですか?」
不思議に思いたずねたリリーに、ミッシェルはブンブン首を横に振った。
「びっくりしたよーぉ! 目が覚めたらリリーがいなかったから、どこ行ったんだろうって探して。あ、いた、って思ったら、なんかどんどん大きくなってって……びっくりした!」
「そうですか。……大きな声を出さないで下さって、助かりました」
「アンジェちゃんが見てたら、悲鳴を上げていたかもね」
「そうですね」
顔を見合わせて笑った後、ミッシェルはしげしげとリリーを見つめた。
「……リリー、触ってみてもいい?」
「はい、どうぞ」
ミッシェルの身長に合わせ、触りやすいようにとリリーは床に正座した。
そんなリリーの頬を確かめるように触り、手を握ってみるミッシェル。
「温かい。本物だぁ」
「はい、本物です」
「ねえ、リリーは人間なの? 魔法で猫に変えられちゃったの?」
「そういうわけではないのですが、なんと説明すればいいか……普段は猫で、夜の間、人間の姿になるんです」
「ふうーん……父上はこの事を?」
「ご存じです。それで、皆にばれないよう、夜はお父上様のお部屋に匿っていただいてます」
「そっかー、そうなんだ。すごいねリリー! でも僕、最初からリリーは普通じゃないってわかっていたよ。だってまだ赤ちゃんなのに、僕を助けてくれたでしょ? お話もできるし、いろいろ知ってるし。普通の猫があんな事できるわけないもんね! だからびっくりしたけど、やっぱり、とも思ったんだ。……ねえ、リリーは黒猫なのに、髪の毛は金色なんだね」
その言葉にリリーは思わず笑ってしまい、ミッシェルは不思議そうに首を傾げた。
「僕、なんかおかしい事言った?」
「いえ、すみません。実はリュカ様にも同じ事を言われたものですから、それを思い出しちゃって」
「そうなの? フフッ、父上もそう言ったんだ」
嬉しそうに笑うミッシェルを見ていると、こういう状況だが、少し気持ちが明るくなってくる。
「リリーの髪、まっすぐできれいだね。いいなー」
「ミッシェル様の髪も綺麗ですよ」
「んー、でも僕、父上と一緒のまっすぐが良かったなぁ。母上に、よく言われたんだぁ、父上に似れば良かったのにって」
「ミッシェル様……」
クルリとしたくせっ毛を引っ張りながらそう言う姿が寂しそうに見え、リリーはミッシェルの髪を撫でた。
「わたしはミッシェル様の髪、とても素敵だと思います。クルクルフワフワ柔らかくて大好きです。じゃれたくなるのを必死に我慢しなくちゃならないんですけど」
「えー? ときどき、ガマンできてないよね」
「んー……確かにそうですね」
心当たりがあり苦笑するリリーにミッシェルは笑ったが……ふいに、キュッと抱き付いてきた。
「……リリーがいてくれて良かった。……僕、こわかったんだ」
「……アンジェレッタ様を守って、よく頑張りましたね。絶対、無事に帰りましょう」
「うん。……父上、心配しているよね」
「ええ、そうですね」
小さなミッシェルの背中を撫でながら、リュカの事を思う。
(きっと、すごく心配して探してくれている。でも、あそこに残った仲間の男が嘘を言っているだろうから、なかなか探せないよね。……リュカ様……会いたいです、もう一度)
不安と恐怖で泣きそうになった、その時、扉の鍵がガチャガチャと音を立てた。
「大変! 誰か来るよ」
「やだ! ミッシェル様、わたし隠れます!」
「うん! 早く早く!」
急いでベッドの下に潜り込み、息を殺す。
その直後、扉が開く音がし、誰かが部屋に入って来た。
「……あなたは?」
ミッシェルの問いかけに、返事は無い。
「えっと……」
戸惑ったような声。
(なに? どうかしたの? 入って来たのは誰?)
耳を澄まし、状況を把握しようとする。
ベッドの下から見えるのは、入ってきた人物の黒いローブ。声は聞こえない。そして、
「ドサッ」
音がし、ミッシェルが床に倒れた。
(えっ? ミッシェル君! どうしたの? どうしちゃったの!?)
ベッドの下からはい出そうか、我慢した方がいいのか。
(こんな姿見られたら大変な事になる。でも、ミッシェル君が……どうしたらいいの?)
そんなリリーの目の前に、突然二つの光が現れた。
「っつ!」
驚き、思わず身体を起こしてベッドに頭をぶつけてしまう。
「大丈夫? リリー、久しぶりね」
「え、えーっ!? いたっ!」
「まったく……体は大きくても、まだまだ子供ね。動揺しすぎよ」
また頭をぶつけてしまったリリーを見て、苦笑交じりに声が掛けられる。
二つの光。
それは、光る猫の目だった。
「お、お母さん……ルウお母さん! あいたっ!」
「ちょっと! 頭ぶつけすぎ。さっさと出てらっしゃい」
「う、うん」
もぞもぞとベッドの下から這い出し、改めて、懐かしい姿を見る。
真っ黒で艶やかな毛並み、緑に輝く目、しなやかな肢体、長い尻尾。
「ルウお母さん!」
久しぶりの再会に、リリーは目を潤ませながらルウを抱きしめようとしたのだが、
「はいはい、そういうのは後にして。さっさと逃げるよ!」
扉の鍵をクルクルと回している、黒いローブ姿の黒髪の女性。
「カミーユさんっ!」
「久しぶりだねぇ。まずはこれを飲んで」
小指の爪ほどの丸薬を渡される。
「解毒剤よ。今、眠り薬を焚いているからね」
それを聞き、慌てて飲みこむ。
ミッシェルが床に倒れているのは、その眠り薬のせいだろう。
「服を着て。準備ができたらすぐに出るよ」
渡された袋を開けると、中には黒いワンピースと黒いローブ、そして靴が入っていた。
恥ずかしがっている場合じゃないと、すぐさまシーツを外して着替える。
「あれ? 下着はないんですか?」
「あー、慌てていて忘れたね。まあ、なくても平気でだろう? じゃあ、そのシーツで坊ちゃんを包んで。隠して運んだ方がいい。」
そう言うカミーユは、アンジェレッタを床に落ちていた麻袋に入れた。
子供二人を隠して部屋を出ると、隣の部屋では二人の男が椅子に腰かけ眠り込んでいる。
「こいつらは2時間くらい起きないと思うけれど、心配なのは仮面の男が戻ってくるんじゃないかという事。わたしはここまで馬で来たし、外にはこいつらの馬もいたから、それで逃げたいんだけど……リリーは乗れるかい?」
「え、どうだろう。子供の頃、農家の手伝いに行った時に何度か乗せてもらったことはあるけど、手綱を引いてもらってだったから……」
「全く乗った事が無いよりだいぶ良い。よし、行こう」
外に出ると、ルウは「先を見てくるわ!」と走り出した。
カミーユとリリーも、急いで馬に子供達を乗せ、後ろから抱くようにして自分達も乗った。
「そっちの馬には、わたしの後をついてくるように呪文をかけたから、リリーはとにかく自分が落ちないように、坊ちゃんを落とさないようにしっかり見てるんだよ」
「はい!」
月の光を頼りに道を進み、時々ルウが戻って来ては前方の様子を伝える。
そうして暗い森の中を、リリー達は慎重に進んで行った。
ミッシェル君は紳士。




