28 森の中の小屋
男はしばらく森の中を進み、小道に出てさらに進み、小屋に辿り着いた。
馬が止まるとすぐにリリーは飛び降り、木の陰に姿を隠した。
(こんな森の奥に……狩人が使う小屋とか?)
男が麻袋を両肩に担いで中に入って行ったので、リリーもそっと後に続く。
入ってすぐの部屋のテーブルには、パンや干し肉、酒の瓶などが乗っている。
(案外大きい。奥にも部屋があるんだ。ミッシェル君達は、そこに閉じ込めておこうってわけね。よし、リュカ様に知らせに戻ろう。結構遠くまで来ちゃったけど、たぶん戻れる!』
その時、バタンと大きな音がして小屋の扉が閉められ、驚いて振り返った時にはもう、リリーはスキンヘッドの大きな男の手に首根っこを掴まれてぶら下げられていた。
(しまった! 気づかなかった!)
逃れようと体を動かしてみるが、弛んだ皮のせいで揺れるだけだ。
「おいガンス、この黒猫なんだ?」
「は? 黒猫って……おいおい本当かよ」
奥の部屋から出てきた男は、正面、そして左右からリリーをしげしげと見た。
「その猫、侯爵家からついてきやがった。伯爵の飼い猫らしい」
「はあ? 本当か?」
「子供を運ぶ時、やたら騒いで俺に飛びかかってきやがったんだ。ラッツ、そのまま縊り殺してやれよ」
「はあっ? 猫なって殺したら祟られるだろうがよ。殺したいならお前がやれ。ほら」
「祟られる? なんだそりゃ。本気で言ってんのか、そんな事」
「悪いかよ。とにかく俺は絶対嫌だからな。ほら、お前やれよ、ほら」
「……チッ、そいつも奥の部屋に入れとけ。外に出すなよ、人を呼んでくるかもしれないから」
「お前こそ本気で言ってんのかよ。犬じゃあるまいし」
「でもここまで追っかけて来たんだぜ? とにかく絶対逃がすなよ」
「へえへえ、わかりましたよっ」
乱暴に部屋に投げ込まれ、扉を閉められた。ガチャガチャ音もする。鍵がかけられたようだ。
(もおっ、酷い! 猫だから無事着地できたけど! でもまあ、あのスキンヘッドの人のおかげで殺されなかったわ。良かった~、ヒヤヒヤした)
奥の部屋にはベッドと小さなテーブルがあるだけで、窓も無く、閉じ込めておくには都合が良い部屋だ。
ミッシェルとアンジェレッタは気を失ったまま、床に転がされている。
(酷い、こんな床に直接……えっ? やだちょっと! ミッシェル君の顔、腫れてるじゃない。殴られたの? ひっどい! 子供を殴るなんてサイテー)
プリプリしながら部屋の中をくまなく見て回ったが、逃げられそうな所も、武器になりそうな物も何も無い。
(だからこそ、二人を縛らずそのまま放置しているんだろうけど……困ったな……どうしたらいいんだろう)
そうして何も出来ないまま、時間だけが過ぎて行った。
「ん……いた……やだっ! 新しいドレスがっ!」
しばらくして、アンジェレッタが目を覚ました。
「ひどいわ! ドレスが汚れてる! ああっ! ここ破れてる!」
その声でミッシェルも目が覚めたらしい。
「んん……アンジェちゃん……大丈夫?」
寝ぼけたようにそう言いながら身体を起こし、
「うわ! リリー!? リリーだよね! リリーも連れて来られちゃったの?」
(違う、付いて来たのよ。でもうっかり捕まっちゃった、ごめんなさい)
ミッシェルにぴったり寄り添って寝ていたリリーは、頭をミッシェルの手に擦り付けた。
(でも、気が付いて良かったわ。頭痛くない? 吐き気とかしない? ほっぺは大丈夫?)
フンフンと鼻を近づけてミッシェルの身体や顔を確認していると、
「ミッシェル君!」
アンジェレッタが勢い良くミッシェルに抱きついてきたので、慌てて横に飛びのいた。
「ミッシェル君、顔大丈夫!? わたくしを助けようとして殴られちゃったでしょう?」
「大丈夫だよ。ごめんね、アンジェちゃん。僕が弱いから、助ける事ができなくて」
「弱くなんかない! 相手は大人で剣も持っていて……それなのに、ミッシェル君はわたくしを助けようと立ち向かってくれたじゃない!」
「お姫様を助けるのは騎士として当然だから! ……負けちゃったけど……」
シュン、と項垂れるミッシェル。
しかしその言葉にアンジェレッタは大きく目を見開き、
「……ミッシェル様……」
今度は瞳をウルウルさせ、両手を胸の前でキュッと合わせながらミッシェルを見つめた。
(おおっ! 君から様に! リュカ様に似てないとか自分より背が低いとか散々言ってたけど……まあそうよね、ミッシェル君の行動も今の言葉も、カッコイイもんね』
思わずニヤニヤしてしまったリリーだったが、
(……と、それどころじゃない。これからどうするか、よね……)
可愛い恋の為にも、無事にここから逃げ出さなくてはならないのだ。
(ここには役に立つようなものは何も無い。あの男達の目的は何? これから二人をどうする気なんだろう)
拉致された時の事を思い出してみる。
『そいつも連れてけ。そのガキはベルナルド伯爵の一人息子だ』
『ついてるぜ。騎士団長の娘ともう一人の邪魔者の子供も手に入るなんてな。さぞかし礼金をはずんでくれるだろうよ』
(つまり、狙われていたのはアンジェちゃん。でもミッシェル君も標的にされた。団長さんとリュカ様を邪魔に思う者がいて、誘拐の依頼を受けたのがこの男達。ということは、この男達が侯爵家や伯爵家と取引をするわけではなく、その依頼された人に子供達を引き渡す?)
一生懸命考えを整理していると、扉の鍵がガチャガチャと音を立てた。
「どうぞ、見て下さいや」
「……なるほどなるほど。間違いなくディガル侯爵のご息女と、ベルナルド伯爵のご子息だな」
誘拐犯のガンスの横には、黒いフード付きのマントの男が立っていた。鳥の嘴のついた仮面を着けていて顔は判らないが、声は若そうだ。
「じゃあ約束通り、残りの金をいただけますかい?」
「それはまだだ。私は一度戻る。指示を仰がなくては」
その言葉にガンスは『はっ?』と抗議の声を上げる。
「こいつら連れてってくれねえのかよ!? 子供のお守りはもう飽き飽きだぜ!」
「だが、ベルナルド伯爵の息子は予定外の事。私一人で判断できない。約束の礼金とは別にこれをやるから、このまま待機していろ」
鳥仮面の男が胸元から小さな袋を出し、ガンスに渡す。
「お……いいんですかい。へへっ、わりいな」
袋の中身を確認し、ガンスの機嫌が良くなる。
「場合によっては子供らの始末も頼むかもしれないが……とりあえず今は生かしておけ」
「へい、わかりました」
そう話しながら、男達が部屋を出て行く。
(あっ、閉められちゃう!)
置かれた状況がわかるかと話を聞いていたリリーは、ちょっと迷ったが扉に向かって走った。
(このチャンス、生かさなきゃ! 助けを呼ばなきゃ)
「ギニャーッ!」
つんざくような猫の悲鳴。
部屋を抜け出そうとしたリリーは、猫の祟りなど信じないガンスに蹴られて、部屋の隅まで吹っ飛んでしまった。
「ったく、このクソ猫が!」
「ああっ! リリーをいじめるな!」
「乱暴するなんてひどいですわ!」
蹴られた腹と壁にぶつかった背中が痛くて丸まっているリリーを、アンジェレッタが抱き上げてくれる。
「お前達、何者だ! 僕達をどうする気だ!」
「これはこれは。ベルナルド伯爵のご子息らしく、勇ましい。だが、大人しくしているんだな。非力な子供など、いつだって簡単に殺す事ができるんだからな」
鳥仮面男はそう言い、大きな音を立てて扉が閉められた。
「リリー、大丈夫?」
心配そうに、アンジェレッタの腕の中のリリーを覗き込むミッシェル。
「苦しんでいないから大丈夫だと思うけど……かわいそうに……痛かったでしょう?」
(大丈夫よ……ありがとうね、アンジェちゃん)
そっと撫でてくれるアンジェレッタに、リリーは『ニャーン』と鳴いた。
「……良かった、大丈夫そうだね。とりあえずベッドの上に行こうか、床は痛いから」
「はい! ミッシェル様」
「え、あのぉ……」
元気よく返事をするアンジェレッタを、ミッシェルは訝しげに見る。
「僕の事、なんでミッシェル様って呼ぶの?」
「ミッシェル様は未来の旦那様ですもの。様をつけて呼ぶのは当然ですわ!」
「え、ええ……」
「なんですの? イヤなんですの!?」
強い口調に、ミッシェルはタジタジになりながらも、
「え……う~ん、僕、そういうのよくわかんないかも……」
そう言って、アンジェレッタの反応を伺った。
「今はまだそれでいいですわ。わたくし、ミッシェル様に好きになっていただけるよう努力します。……昼間は失礼な事を言ってごめんなさい。許していただけます?」
「う~ん、それはぜんぜんかまわないんだけど……昼間みたいに話してくれた方が仲良くなれると思うし、様も付けなくていいよ。ねっ、アンジェちゃん」
「ミッシェル様……ううん! ミッシェル君! アンジェ、ミッシェル君の事、だーい好き!」
ニコニコと上機嫌でミッシェルに抱き付くアンジェレッタと、どうしていいかわからず、されるがままになっているミッシェル。
(かわいいなぁ。この子達の為にも、どうにかこの危機を切り抜けなきゃいけないわ)
ベッドの上に並んで座りながら、これからの事を考える。
(黒幕は別にいるのよね。そいつの目的は一体なんなの? 団長とリュカ様が邪魔な人物……失脚や、復讐が狙いなのかしら。ところで、今何時くらいなんだろう。わたし……変身してしまったらどうしよう……』
そんな事を考えながら、リリーはいつの間にか眠ってしまった。
どれくらい時間が過ぎたのか。
(……まずい、変わる……)
ふいに目が覚め、リリーは慌てて立ち上がった。
痛いとか苦しいという事はないが、猫から人間に変わる時には身体がムズムズしてくる。
(ミッシェル君達は……よしよし、ぐっすり寝てるわね)
ひらりとベッドを降り、床に丸まり、人間に変わるのを待つ。
(朝まで誰も来なきゃいいけど……ベッドの下に潜り込めるから、念のため隠れていよう。でもその前にシーツを借りなきゃ。ミッシェル君達が寝る前に、密かに端に寄せておいたのよね。二人を起こさずに取れるはず)
完全に人間の姿なるのを待って立あがり、ベッドを振り返ったリリーはビクッとし、凍りついた。
そこには、まばたきもせず、しっかりと自分を見つめているミッシェルがいた。
バレちゃった!




